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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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51話 掉尾の勇は神品を降ろす (後編)

 演説の果て、じいやと呼ばれた老人は深々と頭を下げる。だが突然の展開と見知らぬ人物に、民衆は困惑せざるを得なかった。するとひとりの男が、導線を引くように挙手をする。


「お――俺は聞きます! 先ほどは助けていただき、ありがとうございました!」

「あんたは……って! 別に、そんなにかしこまんなくていーから! あたしがやりたくてやっただけなんだから!」


 ミラキュリアが照れ隠しに眉を釣り上げると、男の傍らに立つ女性も(しと)やかに頷く。


「はい、私も聞きます。もちろん色々言いたいことはたくさんありますが、こんなに飾り気のない演説は初めてなので」

「あ! 母さんが賛成するならオレも賛成ー!」


 彼女が手を挙げると、息子とおぼしき少年も元気いっぱいに真似をする。すると彼らの叩頭を皮切りに、次から次へと賛同の声が湧き上がる。


「……わ、わたしも賛成です!」

「ふむ。せっかくじゃし、ワシも手を挙げてみようかの」


 共感は共感を呼び、終わらぬ連鎖反応が続いていく。中心から末端に広がっていく様は、さながらオールに揺れる水面のようだった。


 何千という人々が、自分に好意を向けてくれた。その事実にミラキュリアは、声を震わせながら喜びを露わにする。


「みんな……!」


 彼女が囲いから身を乗り出して手を振ると、歓声が沸き起こった。気が付けば怪物は忽然と消えており、遥か遠方では意気軒昂の緑帽隊たちがことの処理にあたっていた。それら全てを確認したじいやは満足げに目を細めると、ミラキュリアに一礼する。


「さて、わたくしに出来ることはここまででございます。ご武運を祈りますぞ、ミラキュリア王女」

「っ……うん! 任せなさい!」


 ミラキュリアは大きく息を吸い込む。込み上げる嬉しさと、引いていく悲しさ。その両方を“王女”の内側に押し留めるように、彼女は一層明るい笑顔で指揮を執る。


「じゃーみんな、友だちや家族とはぐれないように、しっかりついてきてー! お城の地下まで案内するから、明日の朝までゆっくり休んでね〜!」



 国民がミラキュリアに連れられ、地下シェルターに避難を開始した頃。ネクフィスは、大蛇を前に苦戦する二人にエールを送っていた。


「ほらほら、おふたりとも。音を上げるには早計ですよ。もっと抵抗して、頑張って倒してみてください!」


 巨躯から幾度となく繰り出される、突進と薙ぎ払い。その勢いは空気を揺らし、着実に倒壊の焦りを蓄積させる。ナグレインは回避しながら剣を鱗に突き立てるも、容易く弾き返されていた。


「くそっ……! 剣がまるで通らん! そっちはどうだ!?」

「キミと同じだよ。ただ――」


 サフィラスは剣の切っ先を床に向けたまま、大蛇とナグレインの攻防を観察する。


『装甲に当たったが如く弾かれる時もあれば、霞を斬ったかのようにすり抜ける時もある。絡繰があるのは明白だけれど、それよりも確実なのは――』


 広場後方に引き下がると、ナグレインもそこに飛び退く。


「どうした! 何か分かったのか!?」

「……ああ。けれど、確証を得るにはキミが囮になる必要がある。頼めるかい?」

「お安い御用だ。だが、俺とて体力は無限でない。迅速に頼むぞ」


 前を見据えるナグレインは、息を荒らげながらも、迫りくる大蛇に立ち向かう。角を真っ二つにへし折ろうと剣を振るい、鱗を削ごうと隙間の肉を狙う。


「くっ……! やはり一筋縄ではいかんな!!」


 瞳は目蓋に阻まれ、舌は牙に護られ。次第にナグレインの勢いも衰えを見せ始める。だがサフィラスはその様子を見つめたまま、微動だにしない。


「はあ、はあ……っ。おい、まだか!」

「キシャアアアア!!」

「っ――!」


 一瞬。ナグレインが目を離した瞬間を、大蛇は見逃さなかった。大口を開け、彼を飲み込もうと頭を振り下ろす。


「――Ecreip(穿て).Ikdnomaid(ダイヤが如き),Oyhsalf(閃光よ)

「!?」


 閃光とともに飛び散った、大量の鮮血。ナグレインが直感のままに回避した直後、巨躯がぐらりと崩れ地響きを立てる。


「キ、シィィ――ィイ……イ……」


 一矢報いるべく身体をくねらせるも、大蛇は間もなく沈黙する。動かなくなったソレに角はなく、代わりに口蓋から脳天にかけてぽっかりと風穴が開いていた。


「おや、流石は魂晶師。内側からとはいえアルステングラ(この世で最も硬い金属)の鱗を、容易く打ち抜き(たお)してしまうとは。発動前の耳馴染みのない言葉は、いわゆる“呪文”ですか?」

「……」

「ふふ、貴方もつれませんね。ですが――」


 一対二の、形勢逆転大勝負。もはや彼らの勝利は明白に思われたが、ネクフィスは悠然と花の蜜を手に絡める。


「……如何なる傷であろうと、たちどころに治す霊薬。この花がある限り、何度穿とうと無意味なことです」


 そう言って彼は大蛇に歩み寄ろうとするも、ナグレインに切っ先を向けられる。


「――動くな。両手を上げ、地面に膝をつけろ。さもなくば、花ごと斬り捨てるぞ」

「……おやおや。丸腰の弟にも容赦ないですね」

「当然だ。身内であろうと関係ない」

「ふふ、そうですか。――であれば、ひとつ願いを聞いていただけませんか」


 先程の威勢は既に無く。しおらしく膝を折るネクフィスに、ナグレインは剣先を下ろした。


「……話してみろ」

「あの花を……。彼女が苦しまぬよう、ひと思いに一刀両断していただけますか。大蛇は復活しなくなりますし、貴方にとっても悪いお話ではないはずです」

「……言われなくとも、そうさせてもらう」


 ナグレインは植物と向き合うと、竹を割るが如く一太刀に切り裂いた。静かに色を失う花びら、ゆっくりと床に広がる黄金の蜜。ネクフィスはうなだれると、遂に白旗を揚げる。


「……降参です。僕の手札は今度こそ底をつきました」

「そうか。では直ちにこの場を撤退し、ミラキュリアとともに国民の避難に尽力しろ」

「な――正気ですか? 僕が再び、一波乱起こす可能性は考慮しましたか?」

「万策尽きているのだろう? 俺はその言葉を()()()

「ナグレイン……、貴方はどこまで……」


 差し出された、激闘に擦り切れた手。ネクフィスは一瞬ためらい見せたが、それを受け入れ立ち上がる。一方でサフィラスは植物に目を向けたまま、手短に用件を伝える。


「であれば、二人は先に向かっていてほしい。私は後から合流させてもらうよ」

「承知した」


 そうして二人が立ち去ると、サフィラスは植物に歩み寄り、しゃがみ込むと手を伸ばす。


「――Luosruoy(汝の御霊),Erehem(我が許に).Edlaedi(在るべき),Eamatpeels(姿で眠り給え)


 彼の言葉に呼応するように、光の玉がふわりと浮かび上がる。――出処は、密に塗れた花びらからだった。

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