49話 掉尾の勇は神品を降ろす (前編)
時は少し遡り、ミラキュリアたちが周囲の蔦を掃討した頃。エーテスは磨きたてのデスクにティーカップを2客並べ、メネレテを自室に呼び出していた。対話ではなく、横並びの座談として。
「この紅茶、とても美味しいですね」
「あ、ああ。そうだな」
しかしいわゆる雑談には程遠く、社交辞令の応酬がぎこちなく続く。一言二言話しては、沈黙の繰り返し。その埋められない静寂に、エーテスは眼前の画面に逃避する。
『よし、アイツらは無事花園に到着したようだな。ミラキュリアに緑帽隊も派遣したし、少しは休めそうだ。とはいえ――』
残された時間は少ない。そう時計に背中を押されて口火を切ったのは、エーテスだった。
「あのさ、その……一つ質問がある。この戦いが終わったら、お前たちはどうするんだ?」
「この国を離れ、近隣の村、もしくは国に移動する予定です」
「そうか。……」
“どうかしましたか?”と首をかしげるメネレテに、エーテスは紅茶を勢いよく飲み干す。目が泳ぐ様も相まって不審極まりない一連の流れだったが、それでも彼女は饒舌に話を進める。
「っ……あのさ、この国を拠点にして活動出来ないのか? 確かに、各地を渡り歩いた方が追われにくくなるかもしれない。だが同時に、各地に痕跡を残すリスクに繋がる。その点、イルミスは皆無と言っても過言ではない。何せ、これだけ協力してくれたんだ。きっと、アイツらも手を貸してくれる」
「エーテス王子……」
「資金や物資だって、大量に持ち歩く訳にはいかないだろ? 馬だって限界がある上に、たった一度、野盗に襲われたら無一文になってゲームオーバーだ。その……だから――」
次第に震える声。顔を伏せる彼女に、メネレテはうつむいた頭を優しく撫でる。
「……ありがとうございます」
「っ……!」
「最初お会いした時は暴言を吐かれ……なんて恐ろしい王子なんだろうと、常に監視の目に怯えていました。ですが――素直になれなくて、でも寂しがり屋な天の邪鬼だと知ってから。以前お話ししてくださったように、私もあなたに親近感が湧いています」
「な――クソっ、離せ! 子供扱いするな! 言っておくがな、ボクはお前よりも年上なんだ! じ、人生の先輩なんだぞ!」
軽く肩を叩いて抵抗する様は、まさしく幼子のようで。メネレテは、微笑みながらもやんわりと離れる。
「ふふっ、申し訳ありません。つい癖が出てしまいました」
「あのなあ……ボクが寛大だから許されてるだけで、普通は不敬罪で即牢屋行きなんだからな?」
「では、王子だけにすることにします」
「はあ!? そういう問題じゃない!」
エーテスは目を吊り上げると、普段よりも低い声で凄む。
「――気が変わった。やはり今、この場で不敬罪として貴様を処す」
だがメネレテは、怯むどころか目を細める。そして、耐えきれずに笑みをこぼした。
「ぷっ……それ、国王の真似ですか?」
「く……アハハッ! どうだ、似てただろ!」
「ええ、瓜二つでした。っ、思い出したらまた……ふふっ」
涙を浮かべて笑うメネレテに、エーテスは満足げに腕を組む。
「ったく、外が大変だってのに気を緩ませるな。そうだエリン、何か変わった動きはあるか?」
《――マセン》
「ん?」
《声紋認証、照合……エラー。エーテス王子ニ、エリンノ命令権ハアリマセン》
「はあ!? おいエリン、お前までふざけたこと言ってる場合じゃないぞ!」
彼女を映す端末をガタガタと揺らすも、エリンは淡々と音声出力を継続する。
《マスターカラノ命令、受諾。オールクリア。只今ヨリ、リーサル・ウェポンヲ起動シマス》
「!? おいバカ止めろ!」
《対象エリア、イルミス全域。開放率、5%……13%、25――》
エリンの顔が消え、代わりに表示されたパーセンテージ。そこで息つく間もなく上昇する赤い数値に、エーテスの余裕が奪われる。
「クソっ――マズいマズいマズいマズい!」
「落ち着いてください! 一体何が起きているのですか!?」
一心不乱にキーボードを叩くエーテスは、画面を前に叫ぶ。
「最終兵器が強制起動されている! このままだと、国中が火の海だ!」
また時は移り、視点はシュラピュテ王妃が中央に座した広場に切り替わる。ロアは周囲を気にかけながら、事の真意を復唱する。
「独りよがりの、救済……?」
「そう。けほっ……巻き込んでしまった貴方たちにも、聞いてもらいたいの」
「それは構いませんが……失礼」
ロアはかがむと、小声でリベラに訊ねる。
「……ねえ、何か音がしない?」
「? あ――ほんとだ。これって……動物さんの声?」
耳を澄ますと聞こえてくる怪音。その種類は高低透濁と多種多様で、百鬼夜行の如く騒々しい。
「おや、ようやく起動しましたか」
話の腰を折られた一同が身構える一方。ネクフィスは、飄々と鳴るガラスの天井を見上げる。
「貴様……、この場に及んでまだ抵抗するつもりか」
「ええ。エーテスの生物兵器を利用させてもらいました」
「!? 何故貴様が――」
ナグレインが怒号を放ちかけた直後、耳をつんざく衝撃音が響き渡る。
「きゃああああ!!」
「伏せろ!」
割れたガラスとともに降り立ったのは、額に角をもつ、翼の生えた大蛇のような生物が一匹。月の光に煌めく白い鱗は、神聖でありながら、そこはかとなく妖艶さを漂わせる。しかし牙は殺意に尖り、薄桃色の瞳で品定めをしていた。
20mはゆうに超える、動く厄災。その巨躯からか、所狭そうに尻尾を外の建物に巻きつけている。ナグレインは眼前の魔物を見据えたまま、サフィラスに声だけを向ける。
「……いけるか?」
「問題ないよ。ロア、リベラ。ただちにこの場から撤退を」
「っ――、分かったわ!」
ロアはリベラの手を握ると、誰よりも早く駆け出す。デュゼリアも後に続きながら、硬直したままの国王たちに発破をかける。
「ふたりとも、急いで」
「はっ……! う、うん! 今行くね!」
「けほっ……ネクフィス! 貴方は本当に、それで――」
車椅子を押した国王が扉を抜け終えると、サフィラスは左手に、ナグレインは右手に剣を取る。そうして互いに背中を預けるように剣を構えるナグレインたちに、ネクフィスは清々しい笑みを浮かべ両腕を広げる。
「――さあ、物語も最終局面です。せいぜい大団円になるよう足掻いてみてください!」




