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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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49話 掉尾の勇は神品を降ろす (前編)

 時は少し遡り、ミラキュリアたちが周囲の蔦を掃討した頃。エーテスは磨きたてのデスクにティーカップを2客並べ、メネレテを自室に呼び出していた。対話ではなく、横並びの座談として。


「この紅茶、とても美味しいですね」

「あ、ああ。そうだな」


 しかしいわゆる雑談には程遠く、社交辞令の応酬がぎこちなく続く。一言二言話しては、沈黙の繰り返し。その埋められない静寂に、エーテスは眼前の画面に逃避する。


『よし、アイツらは無事花園に到着したようだな。ミラキュリアに緑帽隊も派遣したし、少しは休めそうだ。とはいえ――』


 残された時間は少ない。そう時計に背中を押されて口火を切ったのは、エーテスだった。


「あのさ、その……一つ質問がある。この戦いが終わったら、お前たちはどうするんだ?」

「この国を離れ、近隣の村、もしくは国に移動する予定です」

「そうか。……」


 “どうかしましたか?”と首をかしげるメネレテに、エーテスは紅茶を勢いよく飲み干す。目が泳ぐ様も相まって不審極まりない一連の流れだったが、それでも彼女は饒舌に話を進める。


「っ……あのさ、この国を拠点にして活動出来ないのか? 確かに、各地を渡り歩いた方が追われにくくなるかもしれない。だが同時に、各地に痕跡を残すリスクに繋がる。その点、イルミス(ここ)は皆無と言っても過言ではない。何せ、これだけ協力してくれたんだ。きっと、アイツらも手を貸してくれる」

「エーテス王子……」

「資金や物資だって、大量に持ち歩く訳にはいかないだろ? 馬だって限界がある上に、たった一度、野盗に襲われたら無一文になってゲームオーバーだ。その……だから――」


 次第に震える声。顔を伏せる彼女に、メネレテはうつむいた頭を優しく撫でる。


「……ありがとうございます」

「っ……!」

「最初お会いした時は暴言を吐かれ……なんて恐ろしい王子なんだろうと、常に監視の目に怯えていました。ですが――素直になれなくて、でも寂しがり屋な天の邪鬼だと知ってから。以前お話ししてくださったように、私もあなたに親近感が湧いています」

「な――クソっ、離せ! 子供扱いするな! 言っておくがな、ボクはお前よりも年上なんだ! じ、人生の先輩なんだぞ!」


 軽く肩を叩いて抵抗する様は、まさしく幼子のようで。メネレテは、微笑みながらもやんわりと離れる。


「ふふっ、申し訳ありません。つい癖が出てしまいました」

「あのなあ……ボクが寛大だから許されてるだけで、普通は不敬罪で即牢屋行きなんだからな?」

「では、王子だけにすることにします」

「はあ!? そういう問題じゃない!」


 エーテスは目を吊り上げると、普段よりも低い声で凄む。


「――気が変わった。やはり今、この場で不敬罪として貴様を処す」


 だがメネレテは、怯むどころか目を細める。そして、耐えきれずに笑みをこぼした。


「ぷっ……それ、国王の真似ですか?」

「く……アハハッ! どうだ、似てただろ!」

「ええ、瓜二つでした。っ、思い出したらまた……ふふっ」


 涙を浮かべて笑うメネレテに、エーテスは満足げに腕を組む。


「ったく、外が大変だってのに気を緩ませるな。そうだエリン、何か変わった動きはあるか?」

《――マセン》

「ん?」

《声紋認証、照合……エラー。エーテス王子ニ、エリンノ命令権ハアリマセン》

「はあ!? おいエリン、お前までふざけたこと言ってる場合じゃないぞ!」


 彼女を映す端末をガタガタと揺らすも、エリンは淡々と音声出力を継続する。


《マスターカラノ命令、受諾。オールクリア。只今ヨリ、リーサル・ウェポンヲ起動シマス》

「!? おいバカ止めろ!」

《対象エリア、イルミス全域。開放率、5%……13%、25――》


 エリンの顔が消え、代わりに表示されたパーセンテージ。そこで息つく間もなく上昇する赤い数値に、エーテスの余裕が奪われる。


「クソっ――マズいマズいマズいマズい!」

「落ち着いてください! 一体何が起きているのですか!?」


 一心不乱にキーボードを叩くエーテスは、画面を前に叫ぶ。


「最終兵器が強制起動されている! このままだと、国中が火の海だ!」



 また時は移り、視点はシュラピュテ王妃が中央に座した広場に切り替わる。ロアは周囲を気にかけながら、事の真意を復唱する。


「独りよがりの、救済……?」

「そう。けほっ……巻き込んでしまった貴方たちにも、聞いてもらいたいの」

「それは構いませんが……失礼」


 ロアはかがむと、小声でリベラに訊ねる。


「……ねえ、何か音がしない?」

「? あ――ほんとだ。これって……動物さんの声?」


 耳を澄ますと聞こえてくる怪音。その種類は高低透濁(こうていとうだく)と多種多様で、百鬼夜行の如く騒々しい。


「おや、ようやく起動しましたか」


 話の腰を折られた一同が身構える一方。ネクフィスは、飄々と鳴るガラスの天井を見上げる。


「貴様……、この場に及んでまだ抵抗するつもりか」

「ええ。エーテスの()()()()を利用させてもらいました」

「!? 何故貴様が――」


 ナグレインが怒号を放ちかけた直後、耳をつんざく衝撃音が響き渡る。


「きゃああああ!!」

「伏せろ!」


 割れたガラスとともに降り立ったのは、額に角をもつ、翼の生えた大蛇のような生物が一匹。月の光に煌めく白い鱗は、神聖でありながら、そこはかとなく妖艶さを漂わせる。しかし牙は殺意に尖り、薄桃色の瞳で品定めをしていた。


 20mはゆうに超える、動く厄災。その巨躯からか、所狭そうに尻尾を外の建物に巻きつけている。ナグレインは眼前の魔物を見据えたまま、サフィラスに声だけを向ける。


「……いけるか?」

「問題ないよ。ロア、リベラ。ただちにこの場から撤退を」

「っ――、分かったわ!」


 ロアはリベラの手を握ると、誰よりも早く駆け出す。デュゼリアも後に続きながら、硬直したままの国王たちに発破をかける。


「ふたりとも、急いで」

「はっ……! う、うん! 今行くね!」

「けほっ……ネクフィス! 貴方は本当に、それで――」


 車椅子を押した国王が扉を抜け終えると、サフィラスは左手に、ナグレインは右手に剣を取る。そうして互いに背中を預けるように剣を構えるナグレインたちに、ネクフィスは清々しい笑みを浮かべ両腕を広げる。


「――さあ、物語も最終局面です。せいぜい大団円になるよう足掻いてみてください!」

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