47話 自己犠牲は美徳となるか (中編)
リベラは彼女の有り様を見るや否や、困惑の声を上げる。
「デュゼリア、どうしてそんなにぼろぼろなの!?」
「ミラ姉さまを助けたから。一緒に蔦を倒しに行くところ、リベラも見たでしょ?」
平然と言ってのける彼女は、腕にこびりついた血をそのままに首をかしげる。しかし視線はリベラを見ているようで、何処か焦点が定まっていない。まるで壊れかけた人形の彼女に、ナグレインは柄に手を乗せたまま問いかける。
「……だが、肝心のミラキュリアは何処へ行った?」
「知らない。“ナグ兄さまの助けになってあげて”って言ったはずだけど、来てないの?」
デュゼリアは目だけで周囲を探ると、悲しげに目蓋を閉じる。
「……そう。でもいいの。わたしはわたしの夢を叶えるだけ」
「夢を、叶える……だと? デュゼリア、お前まで何を言っている?」
「……わたしが負けたら教えてあげる」
すると突然デュゼリアはドレスを裂き、裾をパニエの如く短く広げさせる。そして端切れが足元に落ちた瞬間。彼女のローラーシューズから、青い閃光がほとばしった。
「――行くよ」
「っ!」
ナグレインは咄嗟に剣を鞘ごと手に取り、顔面に迫ったシューズを弾く。開戦を告げてから、僅か一秒の殺意。髪の焼けるにおいにナグレインが眉を寄せるも、デュゼリアは涼しい表情で着地する。
「……惜しい。もう少しで当たったのに」
「デュゼリア! 冗談では済まされんぞ!」
「うん。だってわたし、本気だから。これだってネク兄さまにお願いして、速さをもっと上げてもらったくらい。……もう一度行くね」
「くそっ――!」
軽い身のこなしから繰り広げられる、息つく暇もない攻撃の連鎖。一方でナグレインは利き腕を狙われ、すねを掠め、シャツの裾に焦げ跡をつけられる。
「何故だ! お前もこの国が滅んでも構わないと言うのか!」
「ううん。でも、それで夢が叶うなら仕方ないと思う」
「莫迦者! 大勢の人間を犠牲にしてまで叶える夢が、大層なものである筈がない!」
説教は鞘に乗り、シューズに重い一撃を与える。デュゼリアは空中でよろめいたが、すぐに体制を整え、一層激しく稲妻を放つ。
「……ナグ兄さまには分からない! 今までずっと我慢してきた辛さが。生まれた頃から、よく知らない人のために人生を尽くす虚しさが! ……教えて。自分のわがままは、いつになったら叶えられるの?」
「デュゼリア――」
「……お願い、邪魔しないで!」
「!」
彼女の悲痛な叫びとともに、弾かれた剣が落下する。すぐさまナグレインは床に手を伸ばすも、彼女のつま先が容赦なくのしかかる。
「ぐあっ……!」
「……もう、自分を縛り付ける鎖たちはいらないの。だからこれでおしまい」
「ナグレインさん!」
堪らずリベラが駆け寄ろうとするが、ナグレインは背を向けたまま牽制する。
「来るな! ……先程言ったはずだ。弟妹を止めるのは、兄である俺の役目だと」
「でも……!」
僅かな距離の先に横たわる剣。しかし問答をしている間にも、右手は刺すような痛みに蝕まれる。苦悶に唇を噛むナグレインに、デュゼリアは小さくため息をつく。
「……本当に、頭が固い兄さま。プライドと自分の命、どっちが大事なの?」
「双方大事に決まっているだろうが。っ……とはいえ、死んでは行持も保てはしないがな」
「ならどうして、後ろで立ってるだけの仲間に助けてもらおうとしないの? どうして、剣を抜いてわたしを斬らないの?」
「我が命以上に、お前たちを……っ。掛け替えのない存在だと、思いなしているからだ」
「え――」
不意に重なった視線に、デュゼリアは言葉を失う。だが背後から感じる無言の圧に、首を振るってはねのける。
「っ……ううん、嘘。本当にそう思ってるなら、どうしてわたしたちのことを全然知ろうとしてくれないの? ネク兄さまは、わたしやミラ姉さまの好きなものやしてほしいこと、みんな知ってるし叶えてくれる」
「……」
「けどナグ兄さまはその反対。わたしたちのことを呼ぶのは、いつも会議のときだけ。プライベートのときも話したくて、お茶会に何度も誘ったのに、今まで一度も来てくれなかった。自分の用があるとき以外は会ってくれないのに、信じられるわけがない」
閃光が消えると、痛々しく焼けた手の甲が露わになる。しかしナグレインは、寄り添うような声色で話し続ける。
「……少しでも、お前達に自由な時間を堪能してもらいたかったからだ。聞かされていない……だろうが、デュゼリアやミラキュリアに本来課された職務は……およそ二人が捌ききれないほど設けられている。疑問に思わなかったか? 自分たちに与えられた、余暇の多さに」
「!」
するとデュゼリアは、わなわなと手を震わせ顔を覆う。
「そん、な……。わたしたちはただ、子供だから何も任されないだけだと思ってた。……毎日暇なのにどこにも行けなくて、ミラ姉さまと文句言ってたのに。でもそれは、ナグ兄さまが作ってくれていた大切な――」
弱々しく呟く彼女の足の力は緩み、ナグレインは目を見開き剣に手を伸ばす。
「――そこだ!」
「あ……!」
その僅かな隙にナグレインは鞘を抜き、ローラーだけを叩き斬った。バランスを崩した彼女は尻餅をつき、残された左脚のローラーも破壊される。
「……わたしの負け?」
「ああ。大人しく降参しろ」
「――」
ただの靴と化した武器に、デュゼリアは暫しの間、呆然と宙を見つめる。しかしナグレインが手を差し伸べると、彼女は嬉しそうに小さく笑う。
「……分かった。約束通り、わたしの願いを聞かせてあげる」
よろめきながら立ち上がった彼女が指したのは、サフィラスだった。
「わたしの願いは、そこのひとの“瞳”をもらうこと。宝石みたいにきれいな紫色の瞳は、今まで見たことない。だから、わたしのコレクションにしたかった」




