45話 幽世は主命に牙を剥く (後編)
ミラキュリアは、最大限の速さでデュゼリアのもとまで駆け寄る。幸いにも、彼女は蔦の隙間に倒れていただけだった。
「っ、ああ〜もう! 何このツタ、奥まで手が伸ばせないんだけど……!」
いくら自慢の細腕といえど、そこには数センチ程度しか空きがなく。彼女の身体を浮かせることは出来なかった。
「……ごめんね、デュゼ。なるべく痛くしないようにするから、少しだけガマンしてね」
ミラキュリアは両腕を彼女の脇の下に挟むと、様子を見ながら慎重に引き摺る。脚に傷が残らないように。肩に負担がかからないように。
そうしてつま先まで救出し終えると、彼女の傍らに座り込み声をかける。
「……デュゼ、デュゼってば。お願いだから、返事をして……!」
しかし呼び声虚しく、彼女はピクリとも動かない。ドレスはぼろぼろ、髪には土埃のついた、満身創痍の妹。肩に触れてもまぶたを閉じたままの彼女に、ミラキュリアは遂に涙ぐむ。
「どうしよう……あたしのせいだ。あたしが調子にのったから、デュゼが――!」
頭が混乱し、ただデュゼリアの手を握る。温かい手は彼女が生きている証拠であったが、依然として自身への叱責は積もっていく。
「ううっ……ぐすっ。あたしがもっとしっかりしてたら、デュゼはこんな目にあわなかった。デュゼはあいつの弱点見つけたのに、あたしはただ……ふざけてばっかで……!」
自責の念とともに、涙がこぼれ落ちる。すると間もなく、か細い声がミラキュリアの耳を震わす。
「ミラ、姉さ……ま……」
「! デュゼ!」
「……泣かないで。わたし、は……平気だから」
「ぐすっ、良かった……。待ってて、今ナグ兄呼ぶから!」
ミラキュリアは腕に巻いた端末を起動させようとするが、デュゼリアはおもむろに手を伸ばして制止する。
「ううん……せっかく順調なんだもん。わたしのことは、放っておいて……。ミラ姉さまは、ナグ兄さまたちの助けに行ってあげて」
「でも!」
「……お願い。このままじゃ……この国が無くなっちゃう。わたしたちが……ネク兄さまを止めないと」
「っ……!」
浅い呼吸を繰り返す妹に、ミラキュリアの瞳が揺らぐ。しかしデュゼリアは端末を手のひらで覆うと、小さく首を振った。すると姉は涙を拭って立ち上がり、決意を露わにする。
「……分かった。デュゼの分まで、あいつを蹴り飛ばしてくる。絶対、ぜったい……仇をとってみせるから!」
「うん。……約束」
ミラキュリアは歪んだ口を隠すように、髪をなびかせ走り去った。やがて音が聞こえなくなる頃、デュゼリアは微笑む。
「……ありがとう、ミラ姉さま。こんなわたしを好きでいてくれて」
やがて彼女は、眠るように目を閉じた。
美しい姉妹愛が展開していた頃。それはナグレインが、花園に下り立たんと車の速度を緩めた時と同時期だった。
「間もなく車を停める。……此処から先は奴の手中だ。気を抜くなよ」
「「はい!」」
返事をした直後。リベラは夜空を飛行する、白銀の色を目に留める。
「ナグレインさん、見て!」
「どうした、敵襲か! ……って、何だあれは。エーテスの無人航空機か?」
「ううん、サフィラスが戻ってきたみたい!」
リベラが降車すると、間もなくサフィラスも地面に足をつける。しかしその表情はどこか虚ろで、リベラは真っ先に駆け寄り抱きつく。
「サフィラス! もう身体は大丈夫なの?」
「ああ、問題ないよ。それより、リベラの方こそ負傷したと聞いているけれど」
「うん、少し靴ずれしちゃった。でもそのおかげで、みんなと仲良くなれたんだよ。ミラさまに薬を塗ってもらって、そのあとはデュゼリアやロアと一緒にティーパーティーしたんだ」
「……そうか。ともあれ、無事で安心したよ」
笑顔を浮かべるリベラに、ネーヴェもポシェットから顔を出し、元気そうな姿を見せる。だが、穏やかな空気も束の間。視線を感じたサフィラスが顔を上げると、剣を提げたナグレインは重々しく口を開く。
「貴様が噂に聞く魂晶師か」
「……だとしたら?」
サフィラスが見据えると、ナグレインは頭を下げる。
「どうか我々のために、力を貸してもらえないだろうか。貴殿には関係のない諍いだというのに、都合が良い申し出をしていることは充分に理解している。だが、国民を誰一人として犠牲にしたくないのだ。……頼む」
「……」
ロアとリベラが見守る中、サフィラスは暫しの間口を閉ざす。そしてひと言、冷ややかに言い放った。
「生憎と、キミの頼みは聞き入れられない」
「な――」
「既にキミからは一つ依頼を聞いているからね。故に、私から取引をさせてもらう。“研究による無辜の生命を生み出さないこと”。その対価として、私はキミに助力しよう。引き受けてもらえるだろうか」
「!」
その言葉に、心配そうに指を組んでいたロアとリベラは、一転して安堵の表情を浮かべた。そしてナグレインも同様に、緊張を解いて頷く。
「――ああ。願ってもない幸条件だ。書面こそないが、ロアとリベラ、そしてエーテスを証人とし、正式に交わそう」
「交渉成立だね。では、後始末は任せたよ」
ロアから剣を受け取ると、サフィラスは先陣を切った。
花園の内部は、外観と等しく蔦にまみれていた。活き活きと咲いていた花はことごとくへし折られ、イルミスを再現していた緻密な建物たちも、軒並み崩壊している。かろうじて明かりは点いているものの、隠しきれない凄惨さにロアはため息をつく。
「酷い有様ね……。それにしても、何でこんな大事になっちゃったのかしら」
すると先陣を切るナグレインは、前を向いたまま応える。
「……そうだな。ネクフィスの座する場に着く前に、一度整理するとしよう。貴殿らはエーテスと手を組み、当初は国王の暗殺を図っていた。しかしそこの娘の発案のもと、奴の母の死の真相を暴く方針に転換した。そして俺達は――」
「私達を踏み台にし、国王に何やら“罰”を与えようとしていたみたいだね」
淡々と核心をつくサフィラスに、ナグレインは目を伏せる。
「……そうだ。国王は表向きは“善良な賢者”として君臨しているが、その本性は“残忍な研究者”。我らが母も、例外なく犠牲となった。幸か不幸か、俺の母は生き長らえたが……」
「身体が木の枝のようになり、あげく花まで咲いてしまった……といったところかな」
「!? 馬鹿な、何故貴様がそれを知っている!」
ナグレインは驚愕の声とともに振り向くが、サフィラスは平然と会話を続ける。
「先程ディオス国王からヒントを得てね。けれどあの病は発生条件が極めて特殊で、彼単独では到底成し得ない。キミは協力者に心当たりはあるだろうか」
「あるにはある、が……。立場上、迂闊に発言することは避けたい」
「……いいや、構わないよ。その言葉だけで、おおよその検討はついたからね」
サフィラスの脳裏をよぎったのは、旅を始める原因になった人物であり、不倶戴天の敵だった。記憶というのは残酷なもので、忌まわしい過去も同時に呼び起こされる。
「……」
湧き出した憎悪を抑えるように、サフィラスは以降口を閉ざした。




