44話 幽世は主命に牙を剥く (中編)
国王らが高台に避難する、その少し前。混乱にまみれた市街を逆走する、一台の白い大型車があった。開放的なフロントガラスの後方には広いスペースが設けられており、「これはまさしく軍用機だ」と嫌でも認識させられる。
ドアを開放する車体には総勢5人と1匹が乗っており、彼らの耳には早速ロアの悲鳴が聞こえる。
「ちょっと、流石にコレは想定外よ!! アンタたち何てモノ作ってんの!?」
「知らないし! てかあたしたちだって、こんなこと起きるなんて思ってなかったんですけど〜!?」
ミラキュリアは蔦に襲われる民を見つけては、ローラーシューズで救い出す。デュゼリアも無言で彼女をサポートし、完遂しては帰還を繰り返す。一方でナグレインはハンドルを握り、荒々しい運転を披露していた。
「くそ……! よもやネクフィスに足元を掬われるとはな!」
その傍らで瓶を抱えるリベラは、ロアとともに、発光する液体をひたすら道に撒いていた。それは轍を青く染めあげ、まるで彗星の尾のように輝く。
やがて瓶が空になると、リベラは次の指示を仰ぐ。
「ナグレインさん、次は何をすればいい?」
「ここに着席しろ。上空を警戒し、異変があればただちに報告してくれ」
「分かった!」
指されたのは、ナグレインの隣の座席だった。リベラは早速座ると、眼前の景色を注意深く見つめる。次いでナグレインは、声のみを後ろに飛ばす。
「よし、ただ今より次の作戦に移行する。ミラキュリアとデュゼリアは囮になり、国民全員が避難するまで市街を駆け回ってこい」
「はあ!? ちょっとナグ兄ヒドくない!? これでも結構疲れてきてるんですけど〜!」
「案ずるな。そのシューズの性能及び、二人の実力を踏まえた上で指示している」
「っ……!」
「これはお前たちにしか託せない。……頼む」
ナグレインの横顔を見ると、ミラキュリアは大きくため息を吐く。
「あーもー! はいはい、分かりました~! 行けばいいんでしょ行けばー!」
「わたしも。ミラ姉さまが行くなら着いていく」
「助かる。……くれぐれも油断するなよ」
二人は頷くとドアを飛び降り、瞬く間に何処かへ疾走していった。ロアは彼女たちを見送ると、独り言のようにナグレインへ声をかける。
「ふふっ。聞いてたとおり、アナタって中々厳しい人なのね」
「なに、焚き付けられているのを自覚しているうちは無事だろう。……それよりも、厄介なのがネクフィスだ。これから対峙することになるが、話し合いに応じるかは不明だ。万が一交渉が決裂した場合は――」
「自分の手で処罰するって?」
ロアが見たのは、床に置かれた剣。その視線に気付いたかのように、ナグレインは重々しく口を割る。
「……そうだ。仮に奴が白旗を上げようと、俺手ずから裁くことに変わりはないがな」
「……なるべくアタシたちもサポートするわ。とは言っても、出来ることは場を和ませるくらいだけど」
「フッ、存外役に立つかもしれんぞ。何せこれだけ絶望的な状況だからな」
枯れた草花の上に佇む、蔦を纏う花形の建物。もはや国で一番の観光名所の面影は残っておらず、その禍々しさは、まさに魔王城そのものだった。
「――行くぞ」
ナグレインはハンドルを強く握ると、ただ眼前を見据えた。
人気がほとんど消えた、市街を駆け抜け。ミラキュリアたちは、天井の抜け落ちた広場で蔦と対峙していた。
「ふふーん? ホントに案外ヨユーで避けられるじゃん?」
大木の如く太いとはいえ、所詮は蔦。その動きはいたって単純で、ミラキュリアたちを狙い刺そうとする以上のパターンを見せない。そんな蔦を嘲笑うかのように、彼女らはいとも容易く回避していく。
「んー。最初は面白かったけど、だんだん飽きてきたかも〜」
「うん。舞踏会のときみたいな楽しさがない」
「じゃあ〜、ルールとか追加しちゃう? 片足しか使っちゃダメとかアリかも!」
すると蔦は動きをピタリと止め、一箇所に集中する。次いで縄を解くように枝分かれしたかと思うと、一気に二人を目がけて降り注いできた。そしてそのうちの一本が、ミラキュリアの腕を掠める。
「きゃあっ!? ……何あいつ、ムカつくんだけどー!?」
「! ミラ姉さま、血が……」
「アハハッ、へーきへーき! それより、なんかさっきより賢くなってない?」
「うん。それに、数も倍くらいになった」
「ふーん? まあでも、あっちから難易度上げてくれるなんて好都合じゃん?」
どうやら蔦は市街から徐々に集まっているようで、広場が騒がしくなる分崩落の音は減っていく。しかし落下する瓦礫により、一本、また一本と街灯が消えていった。それを尻目にミラキュリアが淡々と避けていると、デュゼリアが距離を詰める。
「ミラ姉さま、このままだとらちが明かないよ」
「ん〜、たしかに。でも〜、倒せないし仕方なくない?」
「……ううん。あるよ、弱点」
「ホント!?」
「あれは本物の蔦。つまり、火に弱いの。だからわたしたちのシューズを使えば――」
「……あっ! 分かった、そーいうコト!?」
ミラキュリアが片足を上げると、デュゼリアは頷く。
「オッケー! 早速かましてアゲる!」
ミラキュリアは速度を上げると、床に火花を散らす。更に疾く風を切り、青い稲妻をローラーシューズに纏わせ――そして、蔦の最も太い部分に飛び込んだ。
「――トリプルアクセル!!」
すると見事命中し、蔦はバチバチと音を立て燃え始めた。
「アハッ! まだまだやっちゃうよ〜?」
満面の笑みで繰り返される放火に、蔦はたまらずその手を引っ込めていく。しかしミラキュリアの追撃は絶えることなく、一層過激さを増していく。
「ほらほら、さっきまでの勢いはどうしたの〜? もっと楽しませて〜?」
「ミラ姉さま!」
「えっ――」
突如として響いた、デュゼリアの逼迫した声。ミラキュリアが振り向くもそこに彼女の姿はなく、代わりに動かなくなった蔦が炎をあげていた。
「……デュゼ? ねえデュゼ、どこ!? 返事してってばー!」
青褪める彼女をお構いなしに、残り僅かな蔦が最後の抵抗を見せる。
「〜〜っ! あんたたちと遊んでるヒマはないの!!」
稲妻を走らせ、全ての蔦を消し炭にしたミラキュリアは、すっかり静まり返った広場を歩く。力を出し尽くした脚は、思うように動かず。それでもなお周囲を巡っていると、ふと青い髪が目に留まる。
「……デュゼ!?」
彼女の視線の先には、蔦の下敷きになったデュゼリアの姿があった。




