43話 幽世は主命に牙を剥く (前編)
国王はサフィラスを見下ろしたまま、おもちゃを与えられた子供のようにはしゃぐ。
「あははっ。中々効果が出ないから、混ぜた量が少なかったかなってヒヤヒヤしてたよ」
「く……っ! ――Eracラ、ユー……ク、シュ厶……!」
術を紡ごうとするも、息は虚しく喉を過ぎていく。他の打開策を見出そうにも、徐々に思考は鈍り、呂律も回らなくなる。
「……っ!」
遂には自立すらも困難になり、膝から崩れ落ちる。すると国王はしゃがみ込み、神妙な面持ちで自身の懐をまさぐる。
「……流石の魂晶師も、術を使えなければただの人と変わらないんだね。でも見たところ武器も持ってきてないみたいだし、流石にちょっと油断し過ぎてるんじゃないかな?」
『くっ……、こうなったら――!』
咄嗟に指先を舌の奥まで伸ばすも、国王に腕を掴まれる。
「あー、だめだよ吐いちゃ。せっかく吸収され始めてるんだから」
「お前、は……! こん、な卑劣、な……手を用いてま、で……。なに、を……」
「するつもりだって? それはね――」
国王は、注射器片手にサフィラスのチョーカーを外す。そして、明かされた喉元に目を丸くした。
「……あれ? きみって男の人だったんだ。でも大丈夫、スティアの技術なら性別関係なく“生成”出来るからね!」
「……!? まさ、か……!」
「そう! 血液を使って、人工的に生き物を作るんだ。ポッドの中の家族たちはみんな優しいから、きっと仲間に入れてくれるよ」
生ぬるい針が頸動脈に触れる。同時にフラッシュバックするは、幼い頃の記憶。自身を取り囲む白衣のヒトに国王の姿が重なり、サフィラスは観念したようにまぶたを閉じる。
「うんうん、じっとしててね。下手に動くと変なとこ刺しちゃうから」
『ああ……。また、私は……』
国王が吸子を引こうとした、その矢先。床に落ちたチョーカーが、カタカタと小刻みに揺れ始める。まるで前震と言わんばかりに、余裕を見せる振動。案の定揺れは次第に威力を増していき、内蔵から煽られる恐怖に国王は手を止め硬直する。
「な、何? この揺れ……」
そして間もなく、突き抜けるような重い衝撃が彼らを襲う。
「うわわっ! じ、地震!?」
《――違う! 花園の蔦が暴走してるんだ!》
「えっ!? この声は――」
サフィラスのローブを捲り、その手首に目をやるや否や、国王は驚愕に注射器を手から滑らせる。
「え、エーテス!? そ、そんなところで何してるの?」
《こっちのセリフだクソオヤジ!! だが今は喧嘩してる場合じゃない。サフィラスを連れて、早くそこから逃げろ!》
「それってどういう――うわっ!?」
直後。天井から床まで何かが穿く。パラパラと落ちる瓦礫の先には、人が束になって飛び降りられるくらいの穴が空いていた。そこから息継ぐ間もなく伸びてきたのは、幹が如く太い、一本の蔦だった。
「そうだ、これってネクフィスの――」
《後ろだ!》
「わわっ!!」
国王が身体を伏せた瞬間、背後から巨大な蔦が通過する。その衝撃により配管はぐらつき、一部から液体が漏れ出した。
「ああっ! ぼくの家族が!」
《今は待避が先だ! 研究所の門に車を手配した、振り向かずに走れ!》
「……っ、分かった!」
国王はサフィラスを抱え、崩壊する研究所を全力疾走で脱出する。しかしその先に広がっていた光景も、また地獄のような有り様だった。
車の窓を越え、いくつもの焦燥が、国王の耳をつんざく。
「逃げろ逃げろ! 足を止めたら死ぬぞ!!」
「避難経路はあっちだ!」
幽世の花園から湧き出る、縦横無尽に暴れる蔦。そして市街を埋め尽くす、あてもなく逃げ惑う民衆。渦中には勇ましい者もいれば悪漢もおり、退路を確保しようと弱者をはね除ける。
「邪魔だ!」
「いたっ……! ちょっと、割り込まないでよ!」
「うるせぇ! お前がぐずぐずしてっからだろうが!」
「ひっ……!」
振り上げられた拳は母親の鼻を直撃し、あざ笑う悪漢はその場からさっさと立ち去った。背中に隠れていた子供は、震える母親を見上げると悲痛に叫ぶ。
「うわぁぁぁん……! おかあさーん、おかあさーん!」
「よしよし……。あなただけは、私が守ってあげるからね」
母親は鼻から血を流したまま、我が子を抱きしめた。
最短距離で移動して、向けられた視線から目を背け。悲鳴に耐えかね、耳を塞いでうずくまり。されど脳にこびりついた惨状に、高台に到着した国王は、両手を地面につく。
「ああ、そんな……! ついさっきまで、皆あんなに楽しそうにしてたのに! どうして、一体どうして――」
《こんなことになったか、だって? そんなに知りたきゃ教えてやるよ》
車に寄りかかったまま動かないサフィラスを一瞥すると、エーテスは冷ややかに説明する。
今日の通信は何者かにジャミングされた形跡があり、解析したところ、ネクフィスによる妨害と判明。そこから芋づる式に彼の工作が発覚した結果、どうにか潜伏先を辿れたものの、時既に遅し。彼は幽世の花園で生育している植物を暴走させ、市街を破壊しているという。
《幸いにも死傷者は出ていない。だが、それも時間の問題だ。市街を蹂躙する蔦どもは規律性があり、まるで軍隊のようにピンポイントで施設を破壊して回っている。……花園から市街地を目がけ、道中の病院や公共機関を残さず潰しながら。ボクのAIたちも頑張ってはいるが、もって一時間だろうな》
淡々と言い放つエーテスに、国王は前のめりに端末を覗き込む。
「そんな……どうにかできないの!? ――そうだ、今こそ国防兵器の出番かもしれない。急いで城に戻らないと……!」
《話を最後まで聞け、クソオヤジ。緑帽隊やミラキュリアたちも総出で加勢している。あの化け物を完全に鎮静化させるのは困難に等しいが、ボクに考えがあるんだ。まずはサフィラスの解毒をしろ》
「わ、分かった!」
国王は懐から小瓶を取り出すと、サフィラスを起こす。
「えっと……これ、飲める?」
「……だ」
「え?」
しかしサフィラスは車体に沿うように立ち上がり、国王から遠ざかろうとする。
「いや――だ。これ以上……得体のしれないものは、摂りたく、ない……!」
「その……さっきはごめんね。で、でもこれを飲まないと治らないから、お願い!」
国王は小瓶を差し出そうとするも、サフィラスは渾身の力で打ち払う。
「――あっ!」
国王から弾かれた小瓶は空中に弧を描き、やがて地面に打ち砕かれた。まき散らされた液体に彼が気を取られている間、サフィラスは言葉を紡ぐ。
「――Eraclla,Uknisym!」
ようやく紡がれた術は全身を巡り、毒を解く。すると反動から、耐えきれずにむせ返る。
「う――げほっ! っ、あ……」
地面に伏せると、端末越しにエーテスと目が合う。彼女は画面を両手で掴んでいるのか、眉尻を下げた顔が大きく映り込んでいる。
《……おい、平気か?》
「……ああ、どうにかね。それより、策を狂わせてすまなかったね。改めて、今私が為すべきことを聞かせてもらえるかい?」




