42話 まほらばは哀傷に眠りて (後編)
二人が研究所に立ち入ると、暗闇だった視界は一気に明るくなる。
「う、う〜ん……。やっぱり、何度来ても慣れないな」
国王は目を細めながら、真っ白な壁を見渡す。その先にはガラス窓のついたドアがいくつも並んでおり、初めに来たときと変わらぬ佇まいで口を閉じていた。
最後に出入り口を振り向くと、国王はサフィラスに話しかける。
「そ、それにしても、ここに来たいって言われたときはびっくりしたよ。もしかして、ディオスの研究所も見てきたの?」
「……いいえ。ライア村にも同じ建物があるのですか?」
「あ、あれ? 意外だなあ……。ディオスのことだから、てっきり案内したのかと思ったのに」
サフィラスが小首をかしげると、国王はまごつきながら会話を続ける。
「う、うん。実はすごく似たようなのがあるんだ。ディオス村長とぼくは、生物を育てる研究をしててね。彼は新種担当、ぼくは絶滅危惧種担当なんだ」
「――陛下が私によくしてくださるのも、それが理由ですか?」
「……城で話したとおりだよ。えっと、早速だけど時計回りに案内するよ。あんまり長い間城を離れてると怒られちゃうから、掻い摘んで説明していくね」
そう言ってぎこちなく微笑む国王は、サフィラスから目を逸らしたまま施設を巡回する。衣類や道具の機能を噛み砕いて説明する様は、さながら借りてきた猫のようだった。
やがてメインとなる“作品たち”が眠る仄暗い部屋に辿り着くと、国王はようやくサフィラスに目線を合わせる。
「――そしてここが、絶滅危惧種の子たちを保護する場所だよ。隣の部屋も保管所なんだけど、エーテスが通してくれなくて。その……ぼくのとこしか見せてあげられなくてごめんね」
「いいえ、ここが見られただけで充分です。ありがとうございます」
「えへへっ、良かった」
彼の言葉の通り、ポッドに眠る生命は世界から姿を消そうとしているものばかりだった。目尻から頬にかけて赤い線を伝わせる犬のような生き物や、臼のように分厚い歯を持つ偶蹄類。そして最奥には、翼を丸めた巨大な鳥が揺蕩っている。
サフィラスは端から端まで見渡すと、前を向いたまま感想を零す。
「……これだけの数がいると、流石の私でも圧倒されてしまいます。彼らは本当に、生きているのですね」
「うん。それでね、必要な栄養と酸素は、この太い配管からあげてるんだ。みんな好き嫌いがあるし、適切な温度も違うから結構大変なんだ」
微笑む国王は、愛おしそうにポッドを撫でる。その様は、まさに子を育む親のようだった。するとサフィラスの口からは、率直な疑問がついて出る。
「ところで、陛下は彼らを何とお呼びしているのですか?」
「えっとね、あの子がアカナキで、あの子がイシバミ。そしてあの子はウェラシで――」
「お待ちください。まさか、彼ら全員に名を与えているのですか?」
「そうだよ。大切な家族をただの記号で呼ぶなんて、ぼくは嫌だから」
「家族……」
「うん! ここにいるみんな、生まれてからぼくとずっと一緒なんだ!」
彼の言葉に、ポッドの中の生命たちは僅かに上下する。その前で胸を張る国王に、サフィラスは一歩歩み寄る。
「今なら、先程はぐらかした質問に答えていただけますか?」
「……不思議だな。今まで誰にも話してこなかったのに、きみにだけは隠せそうにないや」
気恥ずかしそうに頭を掻くと、国王は台座に腰を下ろす。
「表向きの理由は、舞踏会のときに話した通りだよ。きみを傍に置こうとしたのは、きみが絶滅したはずの魂晶師の末裔だったから。でも本当の気持ちは、あとふたつあるんだ」
「本当の気持ち……ですか?」
「うん。ひとつ目は、本当に傍にいて欲しかったから。実はぼくには、現王妃のシュラピュテ以外にも4人の妻がいたんだ。でも何故か全員、子を産んで一年経たずに死んだ。……産後の容態はすこぶる良くって健康そのものだったのに、ある日突然帰らぬ人になってしまったんだ」
「……」
エーテスですら明かさなかった真新しい情報に、サフィラスは向かい合ったまま耳を傾ける。
「あの時は辛かった。悲しかった。食べ物も、ろくに喉を通らなかった。現実が受け入れられなくて、何度も冷たくなった彼女たちを抱きしめた。でも、骨を見てようやく受け入れた。……受け入れなきゃいけなかった。それをぼくは、4回も繰り返したんだ」
『……先程からやけに饒舌だけれど、さしずめ本性の特性といったところか。……しかし、こうも差が激しいと調子が狂う』
「不思議とシュラピュテだけは、まだ生きてくれてる。でもそれも、もうすぐおしまいになるんだ。……彼女からも、この花が生えてきたから」
そう言って国王が取り出したのは、一本の白い花。それはまさしく、ディオス村長から取り除いたものと一致していた。
「! 陛下、その花は――」
しかしサフィラスの声は届かず、国王は独擅場を続ける。
「きみは寿命も長いし、そもそも人とは違う存在だ。だから今度こそ、家族を失わずに済むって。……そう、思ったんだ」
『っ……! 急に、目眩が……』
突然視界がぐらつき、足もとがおぼつかなくなる。咄嗟に近くの台座に手を置くと、今度は国王がコツ、コツと靴音を鳴らし始める。
「……あははっ。そんなに顔を青くしてどうしたの? もしかして、具合でも悪い?」
『何だ、この……全身を巡る不自然な麻痺と、今にも気を失いそうな息苦しさは。さながら人為的に作られた毒薬のような……』
「そして、ふたつ目はね――」
まるで牙を剥いた悪魔の如く、醜悪な笑みと伸ばされた手。その時サフィラスの脳裏をよぎったのは、一杯のワイングラスだった。
『まさか――!』
「……ようやく効いてきたみたいだね。あははっ、やっぱりネクフィスの薬は最高だよ!」
サフィラスの肩を掴む国王は、至極満悦と言わんばかりに口角を上げた。




