40話 まほらばは哀傷に眠りて (前編)
そうして、ロアが自作の茶葉の製法エピソードについて存分に語り終えた後。デュゼリアはカップをソーサーの上に置き、アルカイックスマイルで礼を言う。
「ありがとう、聞いててとても楽しかった。今度のお茶会のときには、持ってきてくれると嬉しい」
「もちろんよ! ふたりの好みも分かったし、絶対忘れないようにメモしておくわ」
「うん、約束。……次は、わたしたちが答える番。何を聞きたいのか教えて?」
「そうね、けど――」
『ホントに踏み込んでいいのかしら』。エーテス王子からの指令とはいえ、プライベートを根掘り葉掘り訊ねるのは気が引ける。そこでリベラに目配せしようとすると、先にミラキュリアが痺れを切らす。
「あーもう、じれったいわね! どーせママのことなんじゃないの?」
「え、ええ。そう……アタシが聞きたいのは、アナタたちのお母さんのことよ」
「ふうん、ちゃんと言えるじゃない」
誇らしげに腕組みをする彼女に、ロアは呆気にとられる。それはまるで、二の足を踏めない自身に助け船を出したかのようだった。半ば感心していると、ミラキュリアはムッと頬を膨らませる。
「何よ。さっきも言ったけど、こう見えてあたし色々分かるんだからね?」
「……ふふっ、そうだったわね。じゃあ遠慮なく質問させてもらうけど、もし現王妃にお子さんがいらっしゃるなら、それもあわせて教えてほしいの」
「んー、どーしよっかな〜。てか、そんなコト聞いてどうするつもり?」
「……エーテス王子が現王妃のことをひどく嫌っているって、エリンちゃんから聞いたの。だからその辺りの原因とかを探れたらと思って」
「! ……あいつ、ほかに何か言ってた?」
一瞬にして、ミラキュリアは真剣な表情に様変わりする。隣に座るデュゼリアもつまみ食いの手を止める中、ロアはエリンからもらった情報を頼りに言葉を紡ぎ合わせる。
「“4人の兄妹はどいつも嫌いだ。血の繋がりもあってないようなものなのに、なまじ時期国王に選ばれてしまったせいで、ボクにずっとちょっかいを出してくる。だが、じいやを除いて四面楚歌のボクを理解してくれるやつもいない。……そうだ。生きる理由もないし、せめて死んだ母親の復讐として、クソオヤジを暗殺してやる。その後のボクの人生なんか、知ったことじゃない”……って」
ロアが話し終えると、その場にいる全員が口を閉ざす。そして気まずさに目逸らすが、ミラキュリアだけはロアをきっと睨みつける。
「――。あんたたちがパパを狙ってたのも、それが理由?」
「いいえ、違うわ。確かに最初は、エーテス王子にそう取り引きを持ちかけられた。けどリベラちゃんの説得のおかげで、方針を転換したの。“誰も死なず、みんなが仲良くなれるような作戦”にね」
するとミラキュリアは、呆れたようにため息をつく。
「ねえリベラ、今の話はホント?」
「うん。何もうそついてないよ」
「そっかあ……つまりあんたたちは、“みんなで仲良くハッピーエンド”にしたいってこと?」
リベラは頷くと、つまらなそうに髪の毛を指に絡ませるミラキュリアに説得を続ける。
「絵本みたいに、最後はみんなで笑顔になってほしいの。でもそれには、ミラ様やデュゼのお手伝いが必要なんだ。……だめ、かな?」
ミラキュリアは一瞬だけリベラの方を見るも、すぐに視線を手もとへ伏せる。そして救護室は、ひとつ下の階で優雅な舞踏会が行われているとは思えないほど静まり返った。
さながら4すくみの如く、挙動を静観しあう最中。今まで閉口していたデュゼリアが、ぽつりと細い声で独りごちる。
「……そんなにわたしたちに笑顔になってもらいたい?」
「アハハッ! たしかにデュゼは全然笑わないもんね~」
「ううん、ミラ姉さまが特殊なの」
「アハッ、ほめても何もでないよ〜?」
ミラキュリアの笑い声に、冬の夜空のように冷たかった空気は、春の陽だまりのような心地の良い雰囲気へと変わる。そうして姉妹は顔を合わせると、頷いてロアたちに向き直る。
「……ふたりとも、後悔しないって約束できる?」
リベラも頷き、覚悟を露わにする。
「できるよ。そのために今もみんな、自分の役割をがんばってるから」
「分かった。じゃあ、順番に答えるね。ロアの予測通り、わたしたちのお母さまはみんな違う人。そして――」
少しためらい、デュゼリアはとある人物の名を告げる。
「今のお母さまは、ナグレインのお母さまなの」
それは意外なようで、道筋を辿れば当然の答えだった。ロアは明かされた真相の一角を復唱するように、彼女に質問を重ねる。
「ナグレイン王子……って確か長兄よね? シュラピュテ王妃以外の名前はデータベース上に無いし、表向き通り一途な王様ってワケね。けどどうして、側室として堂々と全員迎え入れてあげないのかしら」
「……それはお母さまたちが、表舞台に出しちゃいけないひとだったから」
そう言ってデュゼリアが物悲しげに目を伏せると、リベラは控えめに訊ねる。
「もしかして“けっとう”のせい?」
「そう、血統のせい。ネク兄さまやわたしたち、そしてエーテスのお母さまも。全員“王族に相応しくない”っていう理由で、誰にも知られないようにお城に閉じ込められていた」
彼女たちの会話を聞きながら、ロアは記憶の中の城内マップを思い起こす。それは地下、人目の触れぬ階。全く同じ広さの部屋は横一列に並び、城の隅にひっそりと存在していた。
『確かに、省略されてた部屋はいくつかあった。けどまさか、そういう風に利用されていただなんて……』
ロアは一旦推測を止め、質問を続ける。
「……エーテス王子のお母様は、既に亡くなっているって聞いたわ。アナタたちやネクフィス王子のお母様は、今どうしているの?」
「……みんな死んじゃったよ」
「「!?」」
強烈なひと言に、たまらずリベラは前のめりになる。
「ミラ様のお母さんもデュゼのお母さんも、ふたりともいないの?」
「そー、とっくにね。あたしのママは、あたしが生まれて半年もしないうちに死んじゃったんだって〜」
「わたしのお母さまも、わたしの一歳のお誕生日をお祝いする前に。ネクフィスのお母さまも、一歳になる前にいなくなったみたい」
平然と言ってのける二人に、ロアは目眩を覚える。
「でも不自然じゃない? 5人中3人がほぼ同時期――子供が生まれて一年以内に亡くなるなんて、そうあることじゃないわ」
「ね〜。だからナグ兄がどっかのタイミングでこっそり調べてたみたいなんだけど、それが中々のヤミっぽくって誰にも話せてないらしいよ~」
「わたしもミラ姉さまも気になって、ナグ兄さまに聞きに行ったことがあるの。でも、「守秘義務だ」って教えてくれなかった」
「うんうん。いちおーパパにも聞いてみたんだけど、まあダメだったよね〜」
ミラキュリアは王女としての集中力が切れたようで、片手でバスケットに蓋をする。だが、それもそのはず。救護室に来てから、既に一時間が経過していた。ロアも紅茶を飲み干すと、最期の質問を置く。
「……ねえ。その“闇”を暴く作戦がひとつあるって言ったら、手伝ってくれる?」
「何? まさかあんたたち、やるつもり?」
「ええ、そうよ。まさか、こんな雑談みたいなノリで話すことになるとは思わなかったけど」
重苦しい会話が続くも場は適度に解れ、出会った当初よりも距離は縮まった。話すなら今しかないとロアは畳み掛ける。
「ナグレイン王子やネクフィス王子、そしてアタシたちの仲間全員で合流して、真相をゲルディナ国王に訊ねに行かない?」




