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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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4話 取り遺された記憶 (前編)

 リベラは早速駆け寄ると、籠一杯の青果を並べる老婆に微笑む。


「こんにちは、おばあさん。この赤いリンゴ4つと、あと――これとこれも、3個ずつください!」

「あれまあ、沢山買ってくれてありがとなあ。全部で銅貨4枚だべ」

「えっと、銀貨1枚で足りますか?」

「もちろんだぁ。ほら、銅貨6枚のおつりさね」


 リベラがお釣りを受け取ると、老婆は、形も大きさも異なる青果を隙間なく袋に詰め込んでいく。そして最後に、11個目の野菜を差し込んだ。


「ほれ、潰さんよう気ぃ付けてけれ」

「あれ? おばあさん、これ間違えて入れてるよ?」

「んやんや、めんこいお嬢さんへのオマケだす。これで万能ネギの粥さ作って、病人に食わせてやるべし」

「ありがとう! ……って、どうして分かったの?」

「くっ――あはははっ!」


 不思議そうに首を傾げるリベラに、老婆は手を叩いて笑う。


「なーに、たいしたもんでねぇ。長いこと店やってっと、買うものの組み合わせや客の顔で何となく分かるようになるってだけだ。 ……なあ、お嬢さん。旅ば楽しいか?」

「うん。色々大変なこともあるけど、それ以上に毎日楽しいよ」

「そーかそーか、えがったなあ!」


 老婆はリベラの肩をポンポンと叩くと、サフィラスの顔を覗き込む。


「んで、そこのべっぴんさんはどうなんだ?」

「……私かい?」

「んだ、他に誰もおらんじゃろ」

「そうだね、私は――」


 「悪くないと感じているよ」と言うと、老婆は満足げに頷いた。



 そうして二人は、両腕に紙袋を抱えながらホテルを目指す。気が付けば陽は街並みを橙色に染め上げ、生き物達に帰宅を促していた。

 人々も皆、溢れんばかりの紙袋を持ち、雑談を楽しみながら軽い足取りで石畳を踏んでいる。


 やがて彼らと共に信号機の下で立ち止まると、リベラは口に手を当て穏やかな声を漏らす。


「ふふっ。それにしても、優しくて面白いおばあさんだったね」

「そうだね。けれど、あれは何処の国の言葉だったのだろう」

「うーん……きっと、昔どこかの国で使われてた言葉だと思う。絵本で見たんだけどね、昔は同じ国の中でも、色んな話し方があったんだって。でも同じ所の生まれじゃないと言いたいことが伝わらなかったから、少しずつ話そうとする人がいなくなった……って」

「……そうか、道理で。何処へ赴こうと、この言語一つで会話が可能な筈だ」


 視線の先に、売れ残った青果の籠を引き摺りながら歩く老婆が映る。続いて人々が前進し始めると、サフィラスは独言した。


「……であれば、残された最後のひとりは。誰と言葉を交わすことなく、静かに朽ちていくのだろうね」



 時は、市場巡りまで遡り。サフィラスとリベラの行動を、終始遠方から観察する者が居た。


『ほう、やっぱりエリンの行動予測は正しかったな。たまにポンコツになるとはいえ、伊達にこの国のメインシステムを司っていない』


 ベージュのキャスケットとロングコート、それにサングラスを合わせた奇抜な装いの彼女は、ジュースの入った瓶を片手に市場を牛歩する。


「ねぇあなた、あの人大丈夫かしら……」

「ああ……どうする、緑帽隊(りょくぼうたい)に通報するか?」


 周囲から警戒の眼差しを向けられているとは露知らず、彼女は棚の陰から顔を覗かせ、二人を視界に留め続ける。

 

『う〜ん……それにしても、随分買い込んでるな。籠城でもするつもりか? ホテルにはレストランもあるというのに』


 一定の距離を保ちながら、彼女は尾行を続ける。すると不意に、サフィラスが振り向いた。


「――!」


 彼女は咄嗟に脇道に逸れ、一般客に紛れる。そうして数十秒後に元いた場所へ戻るも、彼らは忽然と姿を消していた。


『まずい! エリン、エリンってば!』


 彼女が腕に巻いた丸い端末を連打すると、エリンの顔が表示される。


《マスター、オ呼ビデショウカ》

「目標を見失った! 次の行動予測を教えてくれ!」

《カシコマリマシタ。ターゲットノ、ログヲ参照シマス。 ――13:21ヨリ入場。反時計回リデ移動ノ形跡有リ。現在ノ時刻、15:09。 ……未ダ市場内ヲ観光シテイル確率、89.37%。ヨッテ、市場北西部ニ向カウ事ヲ推奨シマス》

「オーケー、助かった!」


 彼女は端末の電源を落とすと、駆け足でエリンの示した場所を目指す。


「っ、はあ、はあっ……げほっ! こ、こんなに動いたのは、1年ぶりだ……っ!」


 隙間を縫いながら、瞬きを惜しんで。何度か肩をぶつけては謝り、彼女は前進する。


「痛って! 馬鹿、気を付けろ!」

「ご、ごめん!」


 やがて、息も絶え絶えになった頃。


「――いた! はあっ、げほ……っ!」


 遂に彼女は、サフィラスを捉えた。


『……というか、今更になって気付いたが……この後、どうやってコンタクトすればいいんだ?』


 両膝に手を置く彼女は、はたと我に返る。


『いや、思い出せ。ボクのスマートかつ、パーフェクトな誘い文句を――!』


 ロングコートの内ポケットに忍ばせた、緑色の蝋で閉じられた封筒に手を伸ばす。


『けど、その前に……』


 彼女は瓶の蓋を外すと、腰に手を当て一気にジュースを飲み干した。


「……っぷはあ! やっぱ、喉が乾いては戦は出来ないよな!」


 口元を拭い、満面の笑顔で瓶を傍らのリサイクルボックスに突っ込む。そうして今度こそ封筒を手に取るも、サフィラス達は既に移動した後だった。


「……ああ! また見失った!!」

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