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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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38話 秘し隠されし心は披瀝に解ける (中編)

 時は少し遡り。視点は廊下を走るミラキュリアたちと、それを追うメネレテに切り替わる。


 息せき切る彼女の遥か前方を行くは、天井の明かりが霞むほどの閃光を放ち、青い髪をなびかせる少女たち。対してメネレテは一歩一歩絨毯を蹴り上げながら、必死に声を荒らげる。


「そこのおふたり! 待ちなさい!」

「アハハッ! おーにさーんこーちら〜、てーのなーるほーうへ〜!」

「ミラ姉さま、前を見ないと危ないよ」

「だいじょーぶ! こう見えてちゃんと気をつけてるよ〜!」


 後ろ向きに滑るミラキュリアに、メネレテは一層早く駆け抜ける。


「くっ……、一度ならず二度までも! 今度こそ逃しません!」


 持ち前の対抗心をバネに、ただひたすら轍を辿る。床を擦る音の聞こえる方へ、小馬鹿にする笑い声が響く方へ。体力は既に限界を迎えていたが、悲鳴を上げる脚を無理矢理働かせる。



 しかしローラーシューズに真っ向から挑んだところで、自前の脚が勝てる訳もなく。少女たちはつむじ風のように床を荒らし、どこかへ消えてしまった。


 膝に手をつくメネレテは耳に掛けた端末に、息も絶え絶えな謝罪をする。


「……っ。エーテス王子、大変申し訳ありません。またしても二人を逃してしまいました」

《いや、こればかりは仕方ない。アイツらが動くとは踏んでいたものの、結託することを考慮しなかったこちらの責任だ。だが安心するといい。どうやら彼は状況を逆手に取り、上手いこと路線変更したみたいだ》

「どういうことですか?」

()()()()()()()()のさ。二人は恐らくネクフィスの指示のもと、サフィラスの仮面を奪い、術そのものも剥がそうとした。けれどクソオヤジは伊達に国王を務めてない。彼の手を取り、まるで踊るようにアイツらをかわし――そして国民の前で辛酸を嘗めさせた。結果としてクソオヤジの株は上がり、二人は出しにされて終わったというワケだ》


 癪に障ると訴える声色に、メネレテは口を閉ざす。エーテスも数秒沈黙するが、すぐに不服を言い表す。


《おい、いきなり無言になるな。通信が途絶えたかと思っただろうが》

「! 申し訳ありません、国王の手腕に感動していました。そして、エーテス王子とその……似ているところがあると思っていました」

《――ボクが、クソオヤジと似ているだって?》

「はい。公私で言葉遣いや立ち振舞いを巧みに切り替えられているご様子が、特に親子でいらっしゃると実感させられます。公の場では、民を牽引する偉大なる王族として。私の場では、責務から解放されたひとりの人として、過ごされているように見えます」

《……》

「ですが、異なる部分もあります。エーテス王子は公私共に素直になれず、人に誤解されてしまうことが度々あるように見えます。私としては、素のお姿をもう少し皆さんに見せて欲しいのです。そうすればきっと、エーテス王子はご家族の方と打ち解けられると思うのです」


 言い終えた後にふと気まずさを覚え、メネレテは乳酸が溜まった脚を動かし廊下の突き当りを目指す。しかしいくら待っても返事は来ず、不安に歩みを止める。すると間もなく、吐き切るような長いため息が彼女の耳に響く。


《お前なあ……雇われてひと月も経ってないくせに、よくそんな知った口を叩けるな。しかもあろうことか、王子であるボクに()()ときた。20年以上生きているが、こんな無体を働かれたのは初めてだ》

「も、申し訳――」

《……だが、おかげで自分を客観視できそうだ。礼を言うぞ》

「……! はい、お役に立てて光栄です!」


 フッ、とエーテスが端末に小さく笑ったその背後。エリンは密かに彼女に光を当て、現時点の体調を測定する。


《――副交感神経優位、心拍数、血圧、イズレモ正常値。体重、僅カニ減少傾向。……彼ラト出逢ッテカラ、マスターノ心身ハ好転シテイマス。デスガ、彼ラガ今後スティア国ニ定住スル確率ハ――0.1%。別レハ避ケラレマセン。……コンナ時、マスターノオ母様ナラドウサポートスルデショウカ》


 エリンはうつむきざまに、デスクの上のガラスの箱と写真を一瞥する。微笑みをたたえる彼女は自分とよく似た骨格をもっており、創られた胸中に計算不能なノイズが走った。



 それから少し経ち。息を整えたメネレテは、次の作戦を実行に移すべく人気のない廊下を歩いていた。彼女の頭に重くのしかかるは、新たに命ぜられたエーテスの指示。


《将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ。ヤツらが総出でボクらを潰しにかかってくる以上、4本の脚を先に叩く必要がある。アイツはこの時間は自室でコーヒーでも飲んでいるはずだが、油断するなよ。何せアイツは――》

「と、言われましたが……。まさか王子と真っ向から立ち向かえと命ぜられるとは、思いもよりませんでした」


 昇降機を利用し、警らする緑帽隊をかわし、迷路のように入り組んだ廊下を突き進んだ果て。メネレテは、一枚のドアの前で立ち止まる。


 飾り気もなく、一見するとただの事務室のような、何の変哲も無いドア。しかしプレートに刻まれた王子のサインに、肉食動物に丸腰で挑むような底知れない恐怖が湧き上がる。


「……大丈夫。落ち着いて、深呼吸をして……」


 緊張で腹部がキリキリと痛む。喉が渇き、手足が冷える。……落ち着け、落ち着け、落ち着け。波打つ心を穏やかにし、彼と一度きりの駆け引きをするんだ。


「……よし」


 コンコンコン、とリズムよくドアノックを叩く。するとドアは独りでに開き、入れと言わんばかりに道を譲った。メネレテは深く一礼すると、目的の人物に凛々しさを送る。


「お忙しいところ失礼します。緑帽隊第一部隊所属メネレテ、エーテス王子の命を受け馳せ参じました」

「……ようやく来たか。奴の目論見を、洗いざらい吐く覚悟はできているだろうな?」

「っ――、はい」


 その先では、濃紺色の正装を着たナグレインが腕を組み佇んでいた。腰には紋章の刻まれた剣を()いており、磨かれた鞘がメネレテを牽制する。


「そうか。ならば其処に着席し、これより執行する俺の訊問に嘘偽りなく簡潔に答えろ」

「……承知いたしました」


 視線で促されるがまま、メネレテは椅子に腰を下ろす。すると突如として、ひじ掛けから金属の枷が生えた。


「!?」


 咄嗟に脚に力をこめるも、離脱は叶わず。それは寸分の隙を与えることなくメネレテの手足を拘束し、ピタリと動かなくなった。


 手のひらを天に返すことも、つま先を床につけることすら不可能な、絶対的屈伏仕草。身じろぎひとつ許されない中、メネレテは彼に恐る恐る真意を問う。


「……ナグレイン王子。こちらはいったい、どういうおつもりですか?」

「莫迦者。俺が鵜呑みにすると思っているならば、貴様は大した世間知らずの高枕だな」

「私たちを――いえ、エーテス王子を裏切ると?」

「“罪ある者は拘束のち、穢れを(そそ)ぐ清き制裁を与えん”。俺は国の道理に(のっと)ったまでだ」

「お待ち下さい! 私たちは――」

「黙れ。確かに時期国王はエーテスだ。だが現状、長兄である俺が国王に次いで執行権をもっていることを忘れたか」


 一言一言が鉄塊のように重くのしかかり、メネレテは遂に頭を垂れる。


『これが、ナグレイン王子の圧力……! ですが私は、負けるわけにはいかない……っ!』


 圧し折れそうな心を仲間たちの想いで支え、ナグレインを見上げる。


「……お言葉ですが。それは裏を返せば、ナグレイン王子も国王に敵わないということでお間違いないですか?」

「ほう。泣き喚き無罪を主張するかと思ったが、まさか事実確認をしてくるとはな。だが、至極当然な事柄を今更追及して何になる?」

「エーテス王子でも、あるいは全員が束になろうと、ゲルディナ国王に歯向かうことはできない。ですがおひとり、対等に渡り合える方がいらっしゃるのではないですか?」

「……何が言いたい」


 ――ここが正念場だ。されど勿体ぶることはせず、メネレテは真っ先に対象人物の名を伝える。


「シュラピュテ王妃についてです。今は病床に伏していらっしゃるとエーテス王子にお聞きしましたが、その後の容態も芳しくないそうですね」

「だとしたら何だ。王妃でも人質にとるか?」

「いいえ。その逆……むしろ私たちは、病に苦しむ王妃をお救いしたく存じます」

「――」


 “病に苦しむ王妃を救いたい”。その言葉に、ナグレインの片眉は僅かに上がる。しかしメネレテが瞬きするうちに彼の表情は強面(こわもて)に戻り、ただ静かに問いただす。


「……どうするつもりだ。聞かせてみろ」


 メネレテは桃色の瞳を真っ向から受け止め、おもむろに口を開く。


「はい。王妃を救う、その方法とは――」

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