37話 秘し隠されし心は披瀝に解ける (前編)
身構えるロアに対し、ミラキュリアは両手を頬に当て、あざとく身体をくねらせる。
「ジャマとかヒド〜イ! あたしたちはただ鬼ごっこして遊んでただけなんですけど! それより、早くその子を手当てしたくない?」
「ミラ姉さまと一緒に、救護室まで案内してあげる。その代わり、あなたたちとお話しさせて」
不敵に笑うミラキュリアと、無表情で見つめてくるデュゼリア。明かされた彼女たちの正体に、ロアは腕に力を籠める。
『間違いないわ……この子たち、ミラキュリア王女とデュゼリア王女じゃない。突然現れたと思ったら護衛もつけずに交渉だなんて、一体何を考えてるの? ……ああもう、次から次へとイレギュラーが発生しすぎよ!』
ロアが端末に触れようと指先を動かすと、それを見透かしたかのようにミラキュリアが一歩脚を踏み出す。
「あ、もしイヤって言うなら今ここでナグ兄呼んじゃうよ。そうなったら大変なのはあんたたちだけどいいの〜? 「王女に対して無礼な言動を働いた」って知られたら〜、間違いなくそれなりにヤバいペナルティー受けちゃうよ?」
「うん、ミラ姉さまの言う通り。それにナグ兄さまは、この国で一番強い。きっと丸腰のあなたは、歯向かうことすらできないと思う」
「そーいうこと。一応考える時間をあげるけど、あたしたちがタッチする前に答えてね〜」
ギュルギュルとローラーシューズを鳴らし、じわじわと接近をし始めるミラキュリアたち。一方で相対するロアは、前を見据えたまま固唾をのむ。
『どうする……どうするべき? どう考えても、アタシが独断していい重さじゃないわ。うっかり判断を間違えて作戦に響いたら、それこそ本当に連携がとれなくなっておしまいよ』
考えている間にも、二つの音は着実に耳との距離を縮め続ける。しかし思考は焦りに乱れるばかりで、一向にまとまる気配はない。冷や汗が首筋を伝うと、ネーヴェが袖のボタンにちょっかいを出す。
『……いいえ、弱気になっていちゃダメ。さっきアタシはリベラちゃんに誓ったんだもの。「もしアクシデントが起きたとしても、上手くカバーしてみせるから安心して」って――!』
そしてミラキュリアの手が、リベラの腕に触れる一歩手前。ロアは降参と言わんばかりに眉尻を下げると、彼女たちに待ったをかける。
「……分かったわ、案内して頂戴。アナタたちが望むなら、いくらでも話し相手になってあげる。リベラちゃんもそれで良いかしら?」
「うん。もしかしたら仲良くなれるかもしれないもん、一緒にお話してみよう!」
「……ええ。けど、無理はしないで頂戴ね」
心配そうに見つめるロアに、リベラはグッと両手にこぶしを作った。
そうして特に会話も無いまま、ロアたちは揃って救護室に辿り着く。薬品のにおいがこびりついた室内は、空調が効いていないのか薄っすらと寒い。しかしリベラが身震いすると、デュゼリアがすかさず壁に駆け寄りスイッチを押した。
「……ごめんね。ここ、わたしたちしか使わない場所だから。少ししたら暖かくなると思うから、それまでこれ……使って」
渡されたのは、ふかふかと柔らかな肌触りの毛布。リベラは早速広げると、マントのように羽織る。
「わあっ……! これ、ふかふかですっごくあったかいね! ありがとう、えっと――」
「デュゼリア。あなたの名前は?」
「わたしの名前はリベラっていうの。よろしくね、デュゼリア!」
「……うん、よろしく」
デュゼリアが淡く笑うと、すかさずミラキュリアが彼女たちの間に挟まる。
「あ! ちょっとデュゼ、抜けがけ禁止〜! ちなみにあたしはミラキュリアだよー。気軽にミラ様って呼んでね!」
「ふふっ。よろしくね、ミラ様!」
「それと、そこのあんたにも一応挨拶だけはしておくわ。たしか、ロアだったよね?」
「ええ、おっしゃるとおりでございます。その……ミラキュリア王女。先ほどは度重なる無礼を働き、大変失礼いたしました」
ロアが両手を揃えて頭を下げると、ミラキュリアは不快そうに顔をしかめる。
「あー、やめやめ。そんなの今さら気にしなくてもいいから。かしこまってちゃ、お互い本音でぶつかれないでしょ?」
「本音で、ぶつかる……」
「そー。でも先にリベラの手当するから、そのへんのベッドに座っといて?」
彼女たちの周囲には薬品棚や手洗い場、そしてシーツが敷かれたまっさらなベッドが、一定の距離を保ちながら規則正しく設置されている。医者や看護師こそいないが、まるで小さな病院のような充実ぶりに、ロアはベッドに腰を下ろすと辺りを見渡す。
『あまり使った形跡はないけど、軽いケガならここで処置してるってことかしら。まあ、王族はおいそれと外に出られないでしょうしね……』
城内のイメージとはかけ離れた質素な椅子にリベラを座らせたミラキュリアは、いそいそと取っ手のついた箱を持ち出す。そして自身も同じ作りの椅子に着席し、元気よくグローブを外した。
「おまたせー! じゃあ、さっそく手当しちゃうよ〜」
「うん、お願い! それでね、痛いとこはここなんだけど……」
リベラは靴とストッキングを脱ぎ、フットレストに足を横向きに乗せる。するとミラキュリアは患部をまじまじと観察した後、手元の箱を開いた。
「あー、靴擦れか〜。コレ地味に痛いんだよねー。ちなみに、他に違和感とかはあったりする? しびれてたり〜、熱があるような感じとか」
「ううん、大丈夫」
「ん、おっけ〜」
薬の詰まった茶色いビンや磨かれたピンセットなど、軽いケガを治療できるようなものがきっちりとしまわれていた。そこからピンセットを取り出し、摘んだ布にクリームを浸すと、リベラの足を軽く持ち上げる。
「いくよー、少ししみるけどゴメンね~」
「っ……!」
リベラは目をつむり、かかとに走る痛みを堪える。ミラキュリアはそんな彼女の表情を一瞥すると手早く処置を施し、被膜のようにぷるぷると柔らかそうなシートを救急箱から取り出した。
「あとは上から防護シートを貼って……っと。うん、これでもう大丈夫かな〜。予備もあげるから、剥がれちゃったときに使って」
「わあっ、ありがとう!」
「ふふん、どういたしまして!」
デュゼリアからの尊敬の眼差しも相まって、鼻を高くする彼女。そのすぐそばで、ロアは静かに感心する。
『……本当に普通に手当てしただけだわ。もしかしてアタシの考え過ぎだったのかしら。でもわざわざ対面で話がしたいって、そういうことじゃないの?』
相手側――すなわち王族側は作戦を察知しており、この場で何らかの交渉がおこなわれるのは火を見るよりも明らか。しかしどのタイミングで切り出されるか分からずミラキュリアを見つめていると、不意に彼女と目が合う。
「――あ。アンタ今、また失礼なこと考えてたでしょ。やっぱナグ兄呼んじゃおっかな〜」
「えっ!?」
「アハハッ、うそうそじょーだん。ホントは罰のひとつくらいあげたいとこだけど、そういうの慣れてるし見逃してあげる」
「……どういうこと?」
「別に〜、そんな期待するほど重い話じゃないよ? ほら、あたしって王女でしょ? だから今までに何度も誤解されたり、都合のいいように利用されてきたっていうか。あ、流石に見逃せないものはホントに罰をあげてきたから、変に同情だけはしないでよね〜?」
苦しそうに笑う彼女に、デュゼリアが寄り添う。その様が幼い頃の自身と妹の面影に重なり、ロアの口は独りでに詫びる。
「……そういうことだったのね。ごめんなさい、アタシもアナタたちのことを勘違いしてたわ」
「アハハッ! 素直に謝れてよろしい! ……この勢いで聞いちゃうけど、あんたたちはどうなの?」
「えっ?」
「どうしてパパのことを狙うのか、どうしてエーテスと組んでるのか。……そして、あんたたちはどういう人なのか。この子を抱えたまま動けないでしょ? 王女ふたりが直接聞いてあげるんだから、嘘偽りなく話してよ」
年相応のあどけなさと王女の風格が混在する、公私の狭間に揺らぐ瞳。対峙した時とはまるで異なる姿に、ロアはフッと穏やかな笑みを浮かべる。
「……そうね。この際だから色々お話ししましょ。でもその代わり、アナタたちも正直に話してよね?」
「もちろん! よ〜し、決まりね! じゃああたしお菓子持ってくるから、あんたたちはそこで座ってまってて!」
それだけ言うとミラキュリアは救急箱を抱え、元の場所に戻すとドアの向こうへと滑り抜けていった。次いでデュゼリアも立ち上がると、リベラたちに振り返る。
「わたしは紅茶を用意する。ふたりは、お砂糖やミルクはいる人?」
間髪入れずに繰り広げられる、話し合いという名のお茶会への準備。予想だにしない展開に、リベラはきょとんとしながらも受け答えをする。
「えっと……わたし、ミルクがほしいかも。ロアは?」
「え? あ――ええ、アタシもリベラちゃんと同じでお願いしようかしら」
「分かった。すぐに戻ってくるね」
デュゼリアは小さく頷くと、姉と同じく滑るようにドアを抜けて何処かへと立ち去る。残されたロアとリベラは、為す術もなくただ二人を見送った。




