36話 ヒールに紅をさす (後編)
チョコレートに舌鼓を打っていたミラキュリアは、一転して眉間にシワを寄せる。
「は? 急になに言ってんの?」
デュゼリアも包み紙を開ける手を止め、ミラキュリアとの距離を一層縮めてネクフィスから遠ざかる。
「……もしかして、ネク兄さまってそういう趣味? だからわたしたちにいつもお菓子くれたりするの?」
「いえいえ滅相もない。僕の恋人は、この国に根を張る植物達ですから。貴女達に甘いのは妹だからですよ」
「それはそれでどうかと思う……」
「ふふ、ひとまず本題に戻りましょう。お二人は、以前お渡しした資料に描かれていた少女を覚えていらっしゃいますか?」
「うん、覚えてる。赤い瞳の子だよね」
デュゼリアは即答するも、ミラキュリアは首をかしげ、煮え切らない返事をする。
「ん? ――あ、髪の長い子が描いてあったような……なかったような〜」
「ええ、正解です。早い話、貴女達には彼女とご友人になって頂きたいのです」
「なんで?」
「貧すれば鈍する、一宿一飯の恩義に絆される……。要するに、彼女と親しくなりエーテスに手を貸す理由を尋ねて頂きたいのです。本来であれば首魁である“鬼”に問うべきですが、如何せん彼は、胸中を明かすことを頑なに拒んでいらっしゃるようなので。何より歳の近い同性でしたら、貴女達も話しやすいのでは?」
「ふ〜ん?」
ミラキュリアはコロコロとチョコレートを口の中で転がしながら、適当に返事をする。
「また良いように使われてるような気もしなくはないけど、あたしも気になるし――って、え?」
「どうかしましたか?」
「いや、アイツ男だったの!?」
「ええ。何故か国王含めた全員は気付いていないようですが。何らかの幻術でも使っているのかもしれませんね」
「ウソでしょ……? 頭痛くなってきたんですけど〜……」
あっけらかんと言うネクフィスに、ミラキュリアは愕然と額に手を当てる。すると今度は、デュゼリアが会話の相手を引き受ける。
「それで、その子はどこにいるの?」
「ええ、少々お待ち下さい。――おや、これは想定外。どうやら保護者の方も揃い踏みで、こちらにお越しくださるそうです」
「お父さまの隣にいたひと?」
「いいえ、また別の方ですね」
「そっか……」
言葉尻とともに期待の籠もった声は消え、デュゼリアはシュンと肩を落とす。
「おや、デュゼリアが人に興味をもつとは珍しい。あの方に何か魅力でも感じましたか?」
「うん。あのひと、瞳が宝石みたいに綺麗だった。だからもう一度、今度は誰にも邪魔されずにしっかり見たかったの」
「なるほど……そういうことでしたか。ではその願い、僕が叶えて差し上げましょう」
そう言ってネクフィスが微笑みかけると、デュゼリアの表情は花が咲いたように明るくなる。
「! ……本当?」
「ええ、二言はありません。こちらの頼みを引き受けて頂く手前、何も返さないのは僕の理念に反しますから。さて……「いい加減紅茶のひとつくらい寄越しなさい」と目で訴えてくる方がいらっしゃるので、ポットをお借りしますね」
ミラキュリアが親指を立てると、ネクフィスは奥にあるキッチンへと向かう。その途中、彼はガラスケースを横目にひっそりと口角を上げた。
作戦を阻む者たちが着実に結束力を上げているとはつゆ知らず、リベラとロアは迫りくる緑帽隊から逃走を図っていた。
「お前ら、緑帽隊の威信にかけても見つけ出せ!」
「こちら、現在ノイル通りを捜索中。イベフ通りに到達次第、未捜索エリアに移動します」
先が見えないほど長い廊下には獅子や鳥、武具の置物が多数点在しており、二人はその陰に潜んでは近場の置物へと移動を繰り返していく。時に影は彼らの真横を通り抜け、その度にリベラの脚は震え、心臓は早鐘を打つ。それでもロアのサポートのもと、屈んで窓を避けては絨毯の上を移動し、体力を温存しながら息を潜め続ける。
そうして堪え忍ぶこと数十分。やがて人気は減り、最後に男の落ち着いた声が聞こえる。
「……はい。全ての通りを捜索しましたが、逃走者の足取りは未だ掴めずにいます。よってただ今から現場を離れ、逃走ルートとなり得るエリアへと移動します」
男の影が遠ざかると足音はすっかり鳴り止み、煌々と輝いていた照明はぼんやりと薄暗く灯る。暫くして目が慣れた頃、二人は抑え込んでいた息を大きく吐き出す。
「何とかまけたわね……。リベラちゃん、平気?」
「っ……うん、大丈夫」
「良かった。じゃあ、誰かに見つかる前に移動しちゃいましょ」
ロアの手を取りリベラも立ち上がろうとするが、足首を押さえてうずくまる。
「!? ごめんなさいね、ちょっと見させてもらうわよ」
そう言うとロアはリベラのドレスをすねまで捲り、ヒールを脱がせる。そこには無理をした結果が反映されており、親指と小指の付け根は赤ばみ、かかとには血が滲んでいた。
「……慣れないヒールだものね。エーテス王子に連絡をして、離脱させてもらうようお願いするわ」
「ううん、平気だよ! ほら、ちゃんと歩け――るから!」
腕に巻いた端末を触るロアに、リベラは引きつった笑みと、よたよたと不安定な歩行を見せる。するとロアは連絡を取り止め、有無を言わさずリベラを抱きかかえた。
「わっ!?」
「救護室に行くわよ。早足で目指すから、しっかり掴まってて頂戴」
静かに諭す声に気まずさを覚え、リベラはうつむく。
『……こんなふうになっちゃうなら、最初から本当のことを話せばよかった』
ここから自分はどう動けば許されるのだろう。寄り添う体温に背中を押され、自然と口が本心を吐露する。
「……ロア、怒ってる?」
「ええ、怒ってるわ。自分を犠牲にしてまで作戦を成功させろなんて、誰も言ってないでしょ?」
「……ごめんね。わたし、今日こそ足を引っ張らないようにがんばりたかったの。でも……やっぱりだめだった」
気が付けば、堪えていたはずの涙がはらはらとドレスに零れ落ちている。その一部がロアの手首に流れると、頭上から穏やかな声が降ってきた。
「……いい? リベラちゃん。リベラちゃんは決して、足手まといなんかじゃないわ。むしろこれからみんなで旅を続けていくうえで、欠かせない存在なのよ」
「どういうこと?」
「アタシたちは目的が違えば、性格や考え方も違う。それはとっても不安定で、少し間違えばあっという間に決裂しちゃうような弱さをもってるの。でもリベラちゃんはその全員を繋ぎ止めていて……まるで星と星を結ぶ、キレイな星座線みたいな存在なのよ。ほら! みんなが出逢い、旅に加わったきっかけを思い出してみてご覧なさいな」
「みんなが一緒に旅をすることになった、きっかけ――」
サフィラスと偶然出逢って旅をして、その先で知り合ったロアは、何も知らないわたしたちに世界のことを教えてくれて。そして最初はふたりを誘拐犯だって勘違いをしていたメネレテは、今ではわたしのことを放っておけないって心配してくれてる。
みんな違う目標があるけど、みんな足りないところを助け合って、目標を叶えようとしてる。――全部わたしがきっかけで、全部の絆をわたしが繋いでる。
『……そっか。わたしはとっくに、みんなの役に立ててたんだ』
胸のわだかまりがスッと消えたような気がして、こわばっていた表情も自然と緩む。するとロアは歩みを止め、照れくさそうな笑顔を向ける。
「……なんて、こんな口説き文句じゃダメかしら?」
「っ――、ううん! ありがとう、ロア。わたし、もう無理はしない。もっと自分に自信をもつようにするね!」
「ふふっ、その調子よ。……それにしても、味方なハズの緑帽隊が目の色を変えて追いかけてきたのにはびっくりしたわね。エーテス王子からの返事もないし、次に見かけたときはいったん隠れて様子を見ましょうか」
今度は歩調を緩めるロアだったが、やがて急ブレーキを踏むように脚を硬直させる。
「ロア? どうしたの?」
「アナタたちは、さっきサフィラスちゃんの邪魔をしてた――」
リベラが首を進行方向に向けると、その先ではミラキュリアとデュゼリアが、素顔のまま立ちはだかっていた。




