35話 ヒールに紅をさす (中編)
巨大な端末に映し出された攻防の終始に、リベラもご多分に漏れず。しかして憧れの眼差しを向けたまま、並び立つロアに感想を聞かせる。
「わあ……っ! サフィラス、演技うまいね。わたしまでドキドキしちゃった」
「ええ、アタシも色んな意味でドキドキさせられたわ。それにしても、こんなにかき回してホントに大丈夫なのかしら……?」
サフィラスと国王はやんわりと離れると、何事も無かったかのように舞台の中央で襟を正す。その間に招待客の興奮は適度に落ち着き、心地のいい緊張の解れへと変化した。国王はダンスホールに臨むと口角を上げ、剥き身となった彼らの享楽心を刺激する。
「――以上が、此度より新たに取り入れることとなった即興劇である。皆も観劇中、共に舞踏したいと身体が疼いたであろう。その独立不羈の舞、余に遺憾なく誇示してみせよ!」
すると国王の背後から、赤い布が張られた玉座が2台せり上がる。それを眺める演奏家は、サフィラスと国王の着席とともに楽器を構え直し、思わず心が浮き立ってしまうような軽快な曲を奏で始めた。
二の足を踏む者、闊歩しだす者。招待客たちは国王から回されたバトンに、千差万別の反応を見せる。それでも近場から相手を見つけると、互いに手を取り見つめ合いながら、ゆっくりと円を描き出した。
しかしそれがきっかけで、二人は離れ離れになる。
「うんうん、何だかんだここまでは概ね順調みたいね。さてリベラちゃん、次の行動についてだけど――……って」
ロアが振り向いた先に、リベラの姿はなく。慌てて周囲を確認するも大人が目につくばかりで、それよりふた周りも背の低い彼女は見る影もなかった。
『マズいわ、リベラちゃんを見失った……! 誰かに目をつけられる前に、早く合流しないと!』
その同時刻。リベラも同様に、ロアが近くにいないことに気付く。
「あれ? ロア?」
四方八方どこを向いても見知った者の姿はなく、リベラは招待客とぶつからないようにあてもなく彷徨う。しかし歩けど気持ちは焦るばかりで、ひとまず壁際で立ち止まる。
「……どうしよう、はぐれちゃった。ねえネーヴェ、ロアがどこにいるか分かる?」
ポシェットから顔を覗かせるネーヴェを、不安げな表情で見つめるリベラ。その背後に、背の高い男が忍び寄る。
「こんばんは、花のように可憐なお嬢さん。よろしければ、私と踊って頂けませんか?」
「えっと……こんばんは。お嬢さんって、わたしのこと?」
彼女の視界を占領する、尖った靴とてらてらと光沢を放つ銀のタキシードは、お世辞にも上品とは言えない雰囲気を醸す。一方で男は戸惑うリベラを頭の先からつま先まで凝視すると、ゆっくりと目を細めた。
「そうです。ほら、遠慮などなさらずに。千載一遇の機会、ただ立ち尽くして終わってはあまりに損ではありませんか」
差し出された指先の揃った手に、リベラは一歩後ずさる。
「でも――」
「どうしました? ……ああ、心配は要りません。先程お嬢さんの隣にいた方は、「急用がある」とどこかに行ってしまいましたよ」
男は空いた間を一気に詰めると、リベラの腕を強引に掴む。
「っ、いや……!」
「失礼。生憎と、彼女には私との先約がありまして。他の方をお誘い頂けますか?」
背中に触れた手にリベラが見上げると、男を見据えるロアがいた。男はパッと二人から距離をとると、そのまま両手を上げて降参の仕草を見せる。
「おっと――それは失敬。どうやら私の聞き間違いだったようですね。そんな怖い顔をされなくとも、すぐお暇しますとも」
男は笑顔を見せると、去り際に舌打ちを置いていった。そんな彼を手で追い払い、ロアはリベラのグローブを整える。
「まったくもう、油断も隙もないんだから――って、どうしたのリベラちゃん。……もしかして、アイツに何かされた!?」
「ううん、そうじゃないの。ただ……」
控えめに答えるリベラの視線の先には、楽しげに踊る人々の姿。ロアは彼女の本心を察すると、茶目っ気混じりに一回転する。
「よし! アイツの言葉を借りる訳じゃないけど、せっかくだしアタシたちも少し踊っていきましょ!」
「いいの? でも、わたしたちも次の場所にそろそろ移動しないといけないよ?」
「平気平気、場に馴染むのも立派な作戦の一つよ。それにもしアクシデントが起きたとしても、上手くカバーしてみせるから安心して頂戴? だから――」
そう自信たっぷりに言い切るとロアはつま先を揃え、手をそっと差し出す。
「リベラさん。どうか私と踊って頂けますか?」
「……ふふっ、うん! よろしくね、ロア!」
リベラは微笑みながら、差し出された手をとった。
同時刻、ダンスホールがかつてない盛況を博していた頃。ミラキュリアとデュゼリアは自室に戻り、行き場のない感情を抱きかかえたクッションにぶつけていた。
寝室とドア一枚で繋がった部屋には、彼女たちの背丈ほどのガラスケースが立ち並んでおり、中身の見えないビンがいくつも飾られている。その傍らのドレッサーには、デュゼリアの髪飾りと同じものが置いてあった。
「あーもう! なにアイツ、ほんっっっとムカつくんですけどー! パパもパパで、なんでアイツの味方するワケー!?」
「よしよし……でも、惜しかったね。わたしたちがもう少し背が高かったら、勝ててたかもしれない」
ローチェアに横並びで座る二人はドレスのまま。しかしミラキュリアはお構いなしに、脚をバタつかせ怒りを露わにする。
「そーなんだよ! スピードは間違いなく勝ってたから、余計悔しいっていうかー!! あれじゃあたしたち、ただの引き立て役みたいじゃん!」
ミラキュリアが悔し涙を滲ませているとドアが開き、ネクフィスがくすくすと笑いをこぼしながら現れる。その両手には、大きなバスケットを抱えていた。
「おやおや、どうやら仮面を剥ぐことは叶わなかったようですね。……ですが二人とも、よく奮闘してくれました。よってささやかではありますが、“頑張ったで賞”としてこちらのお菓子を差し上げます!」
そう言って彼がバスケットの蓋を開くと、山盛りのお菓子がミラキュリアとデュゼリアの瞳を奪う。個包装だがほのかに甘い香りを漂わせる、クッキーにキャンディ、チョコレートやマシュマロの数々。ミラキュリアは伸ばした手を一瞬止める躊躇いを見せたが、両手でバスケットごと奪い取った。
「別に、アンタのために頑張ったワケじゃないし! でもこれは貰っといてあげる!」
「ふふ、相変わらず素直ではありませんね。ですが、喜んでいただけて僕も嬉しいです」
早速同じチョコレートを一つずつ摘む彼女らに、ネクフィスは近くの椅子に腰を下ろして向かい合う。そして勿体ぶるように、声のトーンを落として会話を続け始める。
「さて……僕がこちらを訪れたのは、もうひとつ理由がありまして。お二人は、同年代の女子に興味はありませんか?」




