33話 虚像を以て実像を成す (後編)
彼を乗せて昇降機が導いたのは、ドレスが多数クローゼットに掛けられた、真新しさが見て取れる部屋。奥には全面に鏡が張られた小部屋も併設されており、その内部には、背もたれのない丸い椅子がひっそりと隅で待機している。
『……使われた形跡がない。移動手段からして、この部屋も計画達成の為に備えられた施設の一つなのだろう。――けれど、本当に誰にも知られていないのだろうか』
ふと、数日前エーテスが情報提供する際に放った、強気な台詞を思い出す。
「キミ達も知っての通り、この国に王の子供はボクを含めて5人いて、それぞれ異なる役割と責任を与えられている。他のヤツらは国事や外交等を任されているんだが、城を含めた国内のセキュリティはなんと……全てボクとエリンが担っているんだ! ああ、ちなみに過去一度たりともハッキングに負けたことはないから、大船に乗ったつもりで安心してくれ!」
エリンとともに自信満々で説明する様に、サフィラスは神経を尖らせながら部屋の鍵をかける。
『……しかし何故、私手ずから選ぶ必要があるのだろうか。彼の趣味嗜好を把握しているならば、一着のみ用意すれば済む話だというのに』
エーテスから得た情報を思い起こしながら、端から順にドレスを品定めをしていく。色やデザイン、サイズなど。込み上げる厭わしさを押し殺し、淡々と選別する。
衣装とヒールを選んで飾りを決め、化粧道具やその他諸々を手に取り――やがて全てをテーブルに乱雑に置くと、彼は小部屋に立ち入る。
『これで一式取り揃えることができただろうか。後は……徹底的に“人形”を演じ、彼を籠絡してやるだけだ』
今回ばかりは、ライア村のときのような――伸ばされた手を振り払うような失態は許されない。そこでサフィラスは目蓋を閉じ、簡単に言葉を紡ぐ。
「――RexifEttomow,EcitsujEsanow」
そうして鏡に映る自身を見据えると、ローブを脱ぎ捨てた。
その後サフィラスは再び昇降機を利用し、いよいよ国王と面会しようとしていた。目眩がするほど高く開けた、乳白色の一本道。そこに点在する、道行く緑帽隊や使用人と思しき人々の視線を、全て奪いながら進んだ果て。地獄の門かと見紛う悪趣味な扉の前で立ち止まると、傍らに待機していた緑帽隊の男が一礼する。
「お待ちしておりました」
彼の言葉を切っ掛けに、扉は重々しい音をたてながらひとりでに開く。その先には、椅子に座り背を向ける国王がいた。
天井には澄みわたる青空の絵画が一面に描かれ、床には巨大な4本脚の獣が一枚の絨毯となって寝転んでいる。壁には鉤爪を振り下ろそうとする鳥の彫刻がマントを掴んでおり、まさに豪華絢爛を体現したかのような部屋だった。
サフィラスが両手を重ねて佇む中、緑帽隊の男はうやうやしく膝を折ると、仰々しい挨拶を投げかける。
「国王陛下。下賤の身ながら、貴方様のお時間を僅かばかり頂くことをお許し下さい。賓客がお越し下さいました。故に貴方様のたもとである聖域に、我が醜い足で立ち入ることの赦免を切望します」
「承諾する。されど簡捷に行ぜよ」
緑帽隊の男はサフィラスを彼のもとまで先導すると、これでもかと頭を下げて退室する。
扉の閉音とともに発生した、つかの間の静けさ。それに二人きりの気配を感じ取ったのか、王は振り返ると両手を広げ、花が咲いたような笑顔を見せる。
「ああ――良かった! 来てくれたんだね! と、とっても似合ってるよ。やっぱりきみは、誰よりも綺麗だ!」
いそいそと駆け寄る国王の瞳には、唇に薄く紅を引き、雪のように白いドレスを身に纏う麗人の姿が映っていた。
サフィラスが国王と接触した、その同時刻にして同じ城内では。仮面を着けた人々がきらびやかな衣装で着飾り、様々な思いを抱いてダンスホールに立っていた。
生涯の伴侶を望む者、一夜限りの出逢いを求める者、社会経験と得て成長を望む者。性別も年齢も、更には目的すら異なる彼らだったが、唯一共通する願いがあった。それは――。
巨大なシャンデリアが照らすダンスホールの熱量は、まだピークには至っておらず、最奥で真紅の緞帳が目蓋を閉じて眠っている。その両側にはそれぞれ二階席が設けられており、バルコニーからは、演奏家たちが楽器を我が子のように世話をしている様子が見られる。
しかし緊張と暇の板挟みからか、二人の間には何ともいえない空気が漂う。ロアはオペラグラスを模した記録装置で周囲を確認し終えると、リベラに雑談を持ちかける。
「覚悟はしていたけど、いざ目の当たりにすると圧倒されちゃうわね……。旅を続けるためとはいえ、まさか舞踏会に参加する日が来るとは思ってもみなかったわ」
「わたしも参加するのは初めて! ロアはこういうところってあまり来ないの?」
「あまりというより、全くよ。そもそも、大半の人には無関係な世界だもの。縁があるほうが珍しいわ」
この舞踏会だってそうだ。“身分を問わない”という極めて珍しい形態をとらなければ、一般人は城に足を踏み入れることすら生涯許されないだろう。「だからアタシたちはとってもラッキーなのよ」と言おうとしたが、リベラはロアの予想を上回る言葉を述べる。
「そうなんだ……。じゃあ、お城に住んだりすることも一回もないの? 自分のお部屋が分からなくなって迷子になったり、知らない人が毎日朝、昼、夜ってご飯を持ってきてくれたりしないの?」
「――ええ。住まないし、基本的には知らない人に甲斐甲斐しくお世話してもらったりはしないわ。みんな頑張ってお金を稼いで、毎日のご飯を自分で確保して……そして自分が住みたいって思ったところに、家を決めているの。ちなみに広さの感覚としては、イルミスで見せたアタシの部屋くらいが一般的なものだと思うわ」
「まあ、あれはホテルだけどね」と付け加えながら、ロアはリベラの反応を訝しむ。
『やけに興味津々ね……というより、まるで本当に住んでたことがあるみたいな話し振りだわ。とはいえこのくらいの年の子なら、絵本の出来事をあたかも自分の過去みたいに話すケースもある。けど……』
数日前に聞いた、エリンとエーテスの台詞が脳裏を掠める。
《……検索結果、該当件数0件。全テノ情報ニオイテ“not_found”デス》
「――何故だ? こんなこと、過去一度たりともなかった! ボクの目を掻い潜れる人間なんているはずは……くそっ、キミの親は何者なんだ!?」
世界で一番個人情報を掌握している国の王子ですら、突き止めることのできない彼女の正体。――情報が無いという情報。そこに本人から得られた断片的な情報を組み合わせながら、ロアは首を傾げる。
『リベラちゃんに限っては、必ずしもそうとは言えないような気がする。現にルベール国王と面識があるみたいだもの、何ならお姫さまだって不思議じゃ――』
「ロア? どうかしたの?」
声のする方へ俯くと、紅色の瞳が映り込む。そこで我に返ったロアは推理をやめ、リベラと会話を再開する。
「あ、ああ――ごめんなさいね、ついボーッとしちゃってたわ。それより! 本人の希望とはいえ、ネーヴェちゃんにも無理をさせちゃって申し訳ないわ。どう? 今のところは平気そうかしら?」
「うん、大丈夫そう。けど、ネーヴェが疲れる前に仲直りしてもらうんだ。そのために、今日やることやお城の地図もできるだけ覚えてきたから任せて!」
「ふふっ、頼りにさせてもらうわ。でも、アタシも負けないように頑張るわよ!」




