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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
32/58

32話 虚像を以て実像を成す (中編)

 時は黄昏、一番星が瞬く頃。サフィラスは独り着慣れたローブを纏い、普段と異なる仮面を着け、城へと続く道の中央を悠然と歩いていた。白い砂を焼き固めて整地された床。その開けた道を縁取るは、猫の尻尾のようにしなやかに垂れる街灯と、色彩豊かな花たち。

 しかし一方で、彼は華々しい衣装でなければ従者もいない。場違いであるのは歴然としており、周囲の仮面たちはひそひそと嫌悪を仄めかす。


「あら……あの方、この先に何があるかご存知ないのかしら?」

「嫌ね、みすぼらしい。折角この日のために身綺麗にしてきたのに、わたくしまで穢れてしまいますわ」

「はは! だがどうせ門前払いをくらうだろうから、冷やかしに見学でもしていこうじゃないか!」


 女は扇子片手に眉をひそめ、男はパイプをふかしながら下卑た言葉を吐く。自身の揺るぎなき地位から生まれる、慢心由来の暴力。当然彼の耳にも届いていたが、見返ることなくひたむきに前進する。



 避ける人々の生み出す道を進み、しかして野次馬を引き連れたサフィラスが門へ辿り着くと、男女二人組みの緑帽隊が不信感を露わに立ち塞がる。真っ先に噛み付いてきたのは、帽子に若葉マークが付いた女だった。


「失礼。お客様、招待状はお持ちですか?」


 片手には縄を持ち、今にも飛び掛かろうと足を地面にこする彼女。しかしサフィラスは封筒を取り出すと、脳裏に長髪の女性の姿を思い描く。


『さて……通用するか試してみるか』


 そしてサフィラスは微笑みを浮かべたかと思うと、小鳥のさえずりのように甘く透き通った声で返事をする。


「ええ、此処に」

「……では、拝見させて頂きます」


 手荒く封筒を開封した彼女だったが、手紙に目を通すや否や勇ましい顔を青褪めさせる。インクがたっぷりと染み込んだ、国王の直筆のサインと紋章。狼狽しながら手紙にペンライトをあてると、彼女は縄を仕舞い、彼におずおずと道を譲る。


「こ、これは大変失礼致しました! どうぞお通りください……っ!」

「ふふ、有り難うございます。それでは皆様ご機嫌よう」


 涼しい顔で先へ行く彼に、居ても立っても居られず。野次馬たちは、寄ってたかって緑帽隊の女に噛みつく。


「おいそこの! あんなやつをあっさり通すだなんて……しっかり身元を確認したのか!?」

「そうよ! あんな薄汚いドブネズミを招くだなんて、国の品位が問われましてよ!?」

「は、はい。手紙に王家の紋章も刻まれていたので、間違いありません」


 野次馬たちは目を丸くするも、すぐさま反撃の言葉を吐く。


「……お前、新入りのようだから教えてやるが。もしそれが本当なら、国王陛下が直々にお誘いしたことになるんだぞ? だのに何故お前らが把握してないんだ!」

「わたくしたちに恥をかかせることが目的でして!?」

「そ、それは……」


 彼女が涙を滲ませると、それが着火剤となったのか、理不尽に怒鳴る野次馬たちの勢いは激しさを増していく。すると帽子を目深に被った緑帽隊の青年が、彼女を庇うように前に立つ。


「この度はご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。しかしお言葉ですが、私どもは確かに精査しました。恐らく、その機密性の高さから開示されなかったのでしょう。……もっとも、この喧騒により意味を成さなくなってしまいましたが」


 彼は野次馬の女を見下ろすと、口角を上げる。


「そして次は貴方がたですが――失礼、確認する必要はございませんでした。そちらの仮面に刻まれた勲章、我が国王陛下が授与した“ブルー・ローズ”とお見受けしますが、お間違いありませんか?」


 “ブルー・ローズ”の単語を耳にした瞬間、周囲を取り巻く傍観者たちは、ざわざわと驚きと尊敬の声を上げる。女は扇子越しに鼻を高くすると、雑音を掻き消すように大声で自慢する。


「ええ、そうですわ! あまり大声でお話しされると、こちらも仮面の意味を持たなくなってしまいそうですが。それはさておき、わたくしほどの地位ともなれば、勲章パスで十分ということでよろしくて?」

「いいえ。貴女さまはどうかお帰りください。それと、そちらの“イエロー・ローズ”を胸元に携えた殿方も」

「な――」


 女が面食らっている傍ら、流れ弾を受けた男がわなわなと肩を震わせ青年を指さす。


「……はああ? 下っ端が何を偉そうに! それにお前だって、アレのことを見下していたじゃないか!」


 その言葉に我に返った女も、扇子を片手に青年に詰め寄る。


「そ、そうよ! あなた、先ほどのご自身の発言を覚えていらして!?」

「ええ。ですがお二方との会話の終始を録音しましたので、こちらが一番の証拠になるかと」


 彼はそう言うと、胸元のポケットから小型の録音機を摘んで見せびらかす。その煽るような仕草に、男は顔を真っ赤にしながら大声でまくし立てる。


「〜っ、この私を馬鹿にしているのか!? お前では話にならん、上の人間を呼べ!」

「上の人間……ですか。それは上司の類いでしょうか? だとしたら申し訳ございません。生憎と彼は席を外しておりますので――」


 すると青年は帽子を持ち上げ、僅かに目元を露わにする。


「代わりに、僕のような立場では務まりませんか?」

「「!?」」


 閉じた目蓋、ニヒルな笑み――それは、紛れもなく第二王子本人だった。明かされた彼の正体に、野次馬たちの威勢は見る影もなく。ただ背中を丸めて怯える二人に、ネクフィスは冷ややかな眼差しを向ける。


「ふふ、理解が早くて助かりました。それと……今回の一件は、どうかご内密にお願いします。僕としても、無闇矢鱈に国民を処刑したくありませんので」

「「は、はい!!」」


 脱兎の如く走り去る野次馬たちに、ネクフィスは静かに微笑みを贈る。残されたのは、呆然と立ち尽くす傍観者たち。皆が周囲の様子を窺う中、ネクフィスは手を叩くと、誰よりも早く場を制する。


「――さて。皆様の貴重なお時間を頂いてしまい、大変申し訳ございませんでした。僅かばかりではありますが、お詫びとしてこちらのチケットをお渡しいたします。年に一度だけの特別な日――どうか素敵な夜をお過ごし下さい」


 何処からともなくチケットの束を取り出したネクフィスは、他の列を担当する緑帽隊にひと束ずつ渡していく。やがて若葉マークの彼女が精査を再開できるようになると、その傍らで、彼は城の方を振り返る。


『……思いもよりませんでした。英雄色を好むとはよく言いますが、まさか殿方だったとは。ナグレインが知ったら、心労のあまり倒れてしまいそうですね』


 容易につく想像に、彼は苦笑をひとつする。そうして目線を前に向けたまま、腕に巻いた端末に触れ“緊急報告書”と“起案文書”を送信した。



 城内に到着したサフィラスは、先ほどとは一転して柱の裏に潜むように渡り歩いていく。ロビーの正面には童話の世界に現れるような緩くカーブを描いた階段、そして出入り口である扉のすぐそばには、柱と一体化した昇降機が4台設置されている。


 自身が乗り込むまでの、短くも長い待機時間。会場に向かう前から()()()は始まっているのか、ひしめく招待客たちは雑談も程々に、仮面越しに視線を走らせている。


『仮面を失った際の予行練習として、あえて身を晒してみたものの……これほどの人数の中気配を消すというのは、存外難しいようだ。とはいえ――』


 サフィラスは視線を掻い潜るように移動しているため、招待客たちは石で創られたオブジェや天井に輝くシャンデリアに気を取られるが、それでも時折瞳を向けられる。しかしサフィラスが微笑むと、みな一様に顔を赤らめ明後日の方を見た。


『……どうやら、()以外には疑われていないらしい。こんな児戯に等しい舞踏会をつつがなく終わらせるために、母の面影を借りるのは釈然としないけれど。自身の鍛練を兼ねていると割り切るしかないな』


 必要以上の人目を避けながら、ロビーの中央を陣取る螺旋階段の裏手に回る。そして階段に背を向けたまま、腕に巻いた端末を柱の窪みにかざすと、音もなく出現した昇降機に素早く乗り込んだ。

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