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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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31話 虚像を以て実像を成す (前編)

 作戦実行日までの空白期間は、スケジュールを真っ黒に書いて埋めた。効率良く、かつ体調が崩れないように。そうメネレテが配慮しながら組んだおかげで、リベラのアルバムは、本来の厚みを超えて山のように盛り上がった。



 そして時は流星が如く進み、いよいよ白百合の舞踏会当日となった。カーテンからは夕陽が差し込み、現実と非現実を()い交ぜにし始める。髪を整え、護身具を自身の懐に馴染ませる光景は、さながら最終決戦のようで。そんな物々しい空気の中、タキシードに衣装替えをしたロアは、春に咲く花のようなドレスを着たリベラの隣に腰を下ろす。


「いよいよ今日が本番ね……緊張して全然寝つけなかったわ。リベラちゃんはしっかり寝られた?」

「うん! 多分、ここに来てから一番元気だよ!」

「ふふっ、良かった。これでふたりして寝不足で倒れたらシャレにならないもの。サフィラスちゃんは大丈夫?」


 ローブを羽織るサフィラスは、解いた髪で遊ぶネーヴェをおもむろに引き剥がして答える。


「問題ないよ。しかし、二人とも随分と肝が据わっているね。イルミスの時点でさえ並大抵ではなかったけれど、あれには加担せざるを得ない状況下だったという理由があった。しかし今回は、エリンにその役を担わせ辞退することも可能だったはずだ。何故キミ達は、自らの危険を鑑みず個人の身勝手に手を差し伸べるんだい?」


 ロアは顎に手を添え、考える仕草をとる。それから少し目を閉じると、ニッと歯を見せた。


「人間、覚悟を決めたら案外堂々と動けるものよ。それに、アタシたちだってただ流されてる訳じゃないわ。イルミスやライア村のときと同じように、リスクを天秤にかけてでも行動したい理由があるだけよ。ね、リベラちゃんはどう思う?」

「うん。家を出て、旅をして……それからたくさんの人とお話ししてたらね、色々考えるようになったの。サフィラスやロア、メネレテみたいに、わたしにも何かできることがあるんじゃないかって。今日のことも、そのひとつなんだ」


 二人の真っ直ぐな眼差しに、サフィラスの哀愁が溶けたような瞳が揺らぐ。


「……キミ達は強かで、それでいて雅量に富んだ人物だね。有り難う、今後の接し方の参考にさせてもらうよ」


 サフィラスはネーヴェをリベラに託すと、視線を遮るようにフードを被る。するとロアとリベラは、顔を背ける彼に立て続けに問い掛ける。


「あら、まるでまだアタシたちのことを信頼してくれてないみたいな口ぶりね? だとしたら手ごわいわね、もっとアプローチの仕方を変えてみないといけないわ」

「え、そうだったの? わたし、サフィラスとはもう仲良くなれてるって思ってたけど……そうだ! あのときみたいに一緒に寝たら今度こそ――」

「……いいや、そうではないよ。不信感を抱いているなら、寝食を共にしないさ。思わせぶりな発言をしてしまい済まないね」


 徐々に距離をとろうとするサフィラスに、二人はソファーから離れにじり寄る。


「っ……」


 それに対し彼が窓際に行こうとすると、上下黒い衣服で統一したメネレテが音を立ててドアを開ける。


「積もる話もありますが、そろそろ出発の時間です。送迎の者も到着したようですので、エントランスまで移動しましょう」


 彼女の言葉を皮切りに、返事をしたリベラとロアは玄関へ揃って向かう。だがサフィラスはわざと歩調をずらし、僅かな時間に胸中を纏める。


『……ヒトは仇をなす者だという、その信念は今後も揺らぐことはないけれど。幾ばくか、彼らの雅量に賭けてみても良いのかもしれない』


 そして自身の乖離し始めた想いに蓋をするように、思慮を止めた。



 一同は周囲を警戒しつつ、関係者しか利用することが許されない、エントランスの裏側へ向かう。プライベートな車庫のような内部は広さにして、呼び声が辛うじて端まで届く程度。そこには輸送車が横一列に3台並んでおり、1人ずつ緑帽隊員が配置されていた。メネレテが先陣を切って前に立つと、彼らは一糸乱れぬ敬礼を披露する。


「メアリー殿。我々はこれよりエーテス王子の手を離れ、あなたの指揮下に置かれます。……誰ひとり欠けることなく無事任務を遂行することを、緑帽隊一同強く祈っております」

「はい。ですがあなた方も、我が主の手足の一部であることを忘れてはなりません。分を弁え、決して殉死することのないように」

「「「はっ!」」」


 メネレテは彼らに敬礼をした後、一同にそれぞれ乗車するよう誘導する。しかしサフィラスは立ち止まると、乗り込もうとするリベラ達を呼び止める。


「――此処から先は、目的を果たすまで暫しの別れとなる。それに伴い、敢えてこの時に宣言させてもらいたい。無事作戦が終了し、旅を再開する暁には……私から、キミ達に明かしたいことがある。構わないだろうか」


 ロアとリベラは顔を見合わせると、笑顔で頷く。最初に口を開いたのは、ロアだった。


「勿論よ。むしろ聞きたかったくらいだわ。美味しいご飯を用意するから、沢山語って頂戴な」

「うん、いっぱい聞かせて。今まで支えてもらった分わたしもがんばるから、絶対に成功させようね!」


 鼓舞激励しあう彼らに、メネレテにも自然に温かな笑みが伝播する。


「私もはぐらかされた質問があることを根に持っているので、絶対に任務を成功させてみせます。――そして、みなさまご武運を。くれぐれも無理はせず、負担を感じた際は事前に確認したルートから撤退してください。サフィラスさん、特にあなたは自己犠牲に走らないようにお願いしますね」

「ああ、では行こう。皆の健闘を祈っているよ」


 その言葉を最後に、一同はそれぞれあてがわれた輸送車に乗車する。サフィラスも後部座席に乗り込むと、身に着けている仮面を外した。

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