30話 一意専心を俯瞰する者 (後編)
ネグリジェ姿のミラキュリアとデュゼリアは、純白の天蓋の垂れ下がったベッドに寝そべっていた。テーブルの上にはきのこを模したランプや可愛らしいミニチュア、フリルを着たぬいぐるみが飾られており、オレンジ色にぼんやりと照らされている。
寝返りによる衣類とシーツの擦れる音が、時々聞こえる程度の静かな空間。デュゼリアがぼうっと天蓋に飾られた星を眺めている一方で、ミラキュリアはうつ伏せのままパタパタと脚を動かし始める。
「デュゼー、ヒマ〜。寝る前にサクッと出来るような面白い遊び、何か知らな〜い? あたし、ナグレインにオシゴト増やされない程度にシゲキのある遊びがしたいな〜」
「ミラ姉さま、はしたないよ」
「ん〜……だってさ、民ちゃんたちはこの時間でも外に出られるし、何買っても文句言われないじゃん。なんであたしたちはその逆なのって感じでイラつかない?」
ミラキュリアは起き上がると、枕にしていたクッションにやり場のない怒りをぶつける。丸い形は歪にへこみ、アンバランスな皿のように変化していく。その振動に耐え兼ねたデュゼリアは、上体を起こすと彼女に肩を寄せる。
「……うん、国民のみんなは自由に動けてうらやましい。わたしたちは、生まれたときからずっと縛られてきたもんね」
「そうそう、そうなんだよ〜! プライベートを犠牲にして国のために色々がんばってるんだし、むしろもっと感謝してほしいっていうか!」
遂にクッションは彼女の手を離れ、弧を描いてカーペットの上に落ちる。すると突然、ベッドの下から男の声が聞こえてきた。
「ええ、僕も概ね同意です。何処か適当な放送局から“24時間完全密着取材”の一つでも受ければ、彼らの意識も変わるかもしれませんね。検討してみますか?」
「ん〜……それもアリかな〜って思ったけど、ああいうのってプライバシーが――って、ネクフィス!?」
「今晩は。どうやら不満話に花が咲いているようですが、僕も仲間に加えて頂けないでしょうか?」
ネクフィスは平然と、冊子を手に這い上がる。突然の出来事に一瞬呆けるも、ミラキュリアはベッドの上に散らばったクッションを片っ端から投げつける。
「レディーの寝室に無断で入るなんてサイテー! バカ! ヘンタイ! 帰って!!」
「ふふ、ありがとうございます」
しかし笑顔で全て受け止めてはベッドに戻すネクフィスに、ミラキュリアは照明を点けながら距離をとる。
「うわっ気持ち悪……」
するとネクフィスは傍らの椅子に腰を下ろし、二人に目線を合わせる。
「冗談はひとまず置いておいて……“刺激のある遊び”でしたら、一つご紹介できますよ。ただし、数日後の夜になりますが。ミラキュリア、貴女は確か鬼ごっこがお好きでしたよね?」
「うん、大好き! あ〜でも、ヤバかったりヘンなやつだったらパス。ネクフィスが考える遊びなんて、絶対マトモじゃなさそうだし」
「まさか。可愛い妹たちに危険なものを教えるだなんて、天と地がひっくり返ってもしませんよ」
疑いの眼差しのミラキュリアに、デュゼリアも懐疑的だと声を上げる。
「わたしも信用できない。安全だっていう証拠を見せて」
「僕って存外信頼されていないんですね……ですが、それも今回で挽回してみせましょう。貴女がたにご紹介したい遊びがこちら――題して“ハイド&ディボルジー”です!」
「「“ハイド&ディボルジー”?」」
二人が声を揃えると、ネクフィスは何処からともなくフリップを取り出す。そこにはフードを被る者を含めた5人が、簡単な特徴とともに描かれていた。彼はそれを両手で持ちながら、まるで紙芝居のように説明を始める。
「ええ。舞台は間もなく執り行なわれる、国の一大行事である白百合の舞踏会。しかしそこに潜むのは、国外から突如としてやって来た、ひとりの鬼と4人のお供。鬼はあろうことか、国王を籠絡するために仲間を利用し、ダンスホールに堂々と顕れます。踊ってしまえば最後……鬼は国王を喰らい、結果として国は崩壊するでしょう。それを断固として阻止すべく、貴女がたには、舞踏会を混乱させることなく悪しき鬼の仮面を剥いでいただきたいのです」
さながら語り部のように心を込めて話し終えると、ネクフィスは「どうです?」と首を傾げる。案の定ミラキュリアは目を輝かせ、前のめりにフリップを見つめる。
「えっ、なにこれフツーに楽しそうなんですけど〜! いいの? ホントにやっちゃうよ!?」
しかしクッションを抱えるデュゼリアは、眉尻を僅かに下げて後ろ向きな可能性を憂う。
「でも、国王さまに怒られないか心配。それに、もし仮面を取ることができたとして……鬼やその仲間が仕返しに来たらどうするの?」
「心配には及びません。万が一の事態に陥る場合には、僕やナグレインが助太刀いたします」
トン、と自身の胸を叩く彼に、ミラキュリアは目を丸くする。
「え、意外! ナグレインはこういうのノらないタイプだと思ってた〜」
「うん。むしろ止めるかと思ってた。ネクフィスはともかく、ナグレインの腕は確かだし……分かった、わたしも参加する」
デュゼリアも頷くと、ネクフィスは苦笑する。
「ふふ、僕は戦力外扱いですか……。面と向かって言われると、なかなかに堪えますね。ですが、ご賛同頂けて安心しました。こちらがゲームのルールブックです。本番までに目を通しておいて下さい。くれぐれも、読み忘れのないようにお願いしますね」
差し出された冊子の厚さに、ミラキュリアは苦虫を噛み潰したような顔を見せつつも一冊受け取る。
「めんどく――は〜い、隅から隅まで読みま〜す!」
デュゼリアも頷くと、冊子に手を伸ばす。そうして二人が顔を近づけ読み始めると、ネクフィスは音も立てずにドアから退室した。
そしてしばらく間を置くと、ミラキュリアは冊子を椅子に載せ陰口を叩く。
「はあ……アイツどっから湧いてきたわけ? ベッドの下に出入り口なんか無いよね?」
「うん、下は普通の床。もしかしたら、気が付かないうちに部屋に入ってきてたのかも」
「やっぱそうだよね〜。……いつ見ても目ぇ閉じてるし笑ってるし、ほんっとキモい」
デュゼリアも冊子を椅子の上に置き、空いた手にクッションを抱える。
「何を考えてるか分からないよね。でも……素敵だと思う」
「あ〜、ムカつくけど顔だけはイケメンだよね〜。でも今は整形やメイクでいくらでも誤魔化せるし、あたしみたいに中身も良くなきゃ認めたくないっていうか〜」
しかし返事は来ず。彼女が横を向くと、耳を赤らめるデュゼリアがいた。目があった瞬間顔をクッションに埋める彼女に、ミラキュリアの表情はみるみるうちに悪戯っぽくにやける。
「……デュゼ、ひょっとして」
「! ち、違うのミラ姉さま。わたしはただ――」
「アハハッ、照れなくてもへーきへーき! あたし誰にも言わないから! それにしても意外だな〜、デュゼってああいうのタイプだったんだ」
口をへの字にして押し黙るデュゼリアだったが、向け続けられる眼差しに観念して胸中を打ち明ける。
「……うん。ずっと前に、一度だけあの人の瞳を見たときから。怖いくらいとっても綺麗で――まるで、天使みたいだった」
「え!? アイツの目、見たことあるの!? なになに、どんな感じだったか教えて〜!」
両肩を掴まれたデュゼリアは、彼女にクッションを押し付けて毛布に包まり、彼女に背を向けて横たわる。
「っ……、もうこの話はおしまい。おやすみなさい」
「は〜い、おやすみ〜」
ミラキュリアは照明の明るさを下げると、乱れた毛布を掛け直して横になる。再び時の流れが遅くなった、静謐なひと時。眠気は騒ぎにより消えていた筈だったが、早くも聞こえてきた寝息に、つられてあくびが出る。
「天使みたいな瞳、かぁ……あたしには、悪魔にしか見えないや」
いつしか目蓋は重く、瞬きすら億劫になる。ミラキュリアは全身の力を抜くと、意識をゆっくりと手放した。




