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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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29話 一意専心を俯瞰する者 (中編)

 そして視点は、城内と呼ぶには無機質な廊下に切り替わる。澄んだ金属質の壁に映り込むのは、軽い足取りで私室に向かうエーテスの姿。


『いやあ、存外話の分かるヤツらじゃないか。もっと早くから話しに行っても良かったかもな。……クッキーや紅茶もうまかったし、次回は適当な理由をつけてテイクアウトでもさせてもらおうか』


 自然と上がる口角に、エーテスは両手で頬を挟み意識を切り替える。


『それにしても、久し振りに着たな。もう二度と袖を通すことはないと思っていたんだが』


 手足の付け根まで覆われるように仕立て上げられた、よく見る絵本の王子を現代風にアレンジした衣装。胸もとに縫われた紋章に一瞬怪訝そうな顔をするも、まじまじと自身を客観視する。


『う〜ん……今まで意識したことなかったが、結構似合うな。もしかして、ボクって結構イケるタイプなのか!?』


 体型カバー効果を備えた深い青色の衣装は、彼女の肌の白さや背の高さを引き立たせていた。気分を良くした彼女が壁を眺めポーズをとっていると、背後から聞き覚えのある青年の声が聞こえる。


「おや、エーテスさん。随分とご機嫌がよろしいようですが、その後の具合はいかがですか?」

「!」


 コツ、コツと反響する足音。エーテスはすぐさま歩みを再開し、前を見据えたまま最短距離で角を目指す。すると彼女の背後からは、再び声が聞こえる。


「おやおや、僕の言葉が届いていないのでしょうか。でしたら――」


 彼女が冷や汗をたらしながら角を曲がったその先。音もなく立ちはだかっていたのは、目を伏せたまま微笑むネクフィスだった。


「っ――、人の前に立つな!」

「すみません。こうでもしないと、お話ししてくれそうになかったので」


 エーテスは数歩引き下がると、腕の端末に手を添える。


「……何の用だ。生憎とボクは忙しい、お前に構ってる暇はないんだよ」

「ふむ、それは我が国王の暗殺ですか? それとも――魂晶師である彼の力を借りて、母君の御霊を宝石に宿すことですか?」

「な――」


 目を見開くエーテスに、ネクフィスは不敵に微笑む。


「ふふ……「どうしてそれを」、とでも言いたげなお顔ですね。それはそうと、是非とも僕も勝ち馬に乗らせていただけないでしょうか。勿論僕なりの助太刀はしますし、取り分はほんの僅かで結構です」

「拒否する。今更擦り寄ってきたところで、信用するわけないだろ。尻尾を振るならクソオヤジの所に行くんだな」


 エーテスは吐き捨てるように言うと、親指で自身の首元の空を切る。しかしネクフィスは、飄々と会話を続ける。


「おや……来国して間もない赤の他人に心を開いていらっしゃるので、より親しい間柄である僕なら或いはと淡い期待を抱いていたのですが。本日二度目の失恋ですね」

「はっ、白々しい。というかお前も他人だろ」

「ふふ、これは手厳しい。正確に言えば腹違いですが――」

「黙れ。ボクの“作品”たちの餌食になりたくなければさっさと道をあけろ」


 目を釣り上げる彼女に、ネクフィスは大人しく彼女に道を譲る。


「おっと、剣呑な雰囲気は御免被りたい。しつこく迫ってしまい申し訳ありませんでした。どうぞお通り下さい」


 エーテスは最後に舌打ちをお見舞いし、足早に角を曲がっていった。そんな彼女を小さく手を振って見送ると、ネクフィスは顎に手を当て独りごちる。


「さて……掴みは上々でしょうか。面白いくらい誘導尋問に引っ掛かってくれましたし、彼女の指示通り今日はお暇させていただきましょう」


 ネクフィスが壁に手を当てると、壁には人ひとり通れる程度の穴がぽっかりと開く。そして彼は周囲を確認すると、躊躇うことなく内側に足を踏み入れた。




 ナグレインは眉間に皺を寄せながら、大量に文字の並んだ画面と向き合っていた。そんな彼を見守るように壁に並ぶ棚には、小難しそうな本が隙間もなく昇順に詰め込まれている。


「……」


 色も無ければ音も無い、広々とした部屋。卓上では既に湯気が消えた珈琲が、いじらしく香りを漂わせている。しかし彼は横を向くと、楕円に切り抜かれた窓枠を見つめる。視線の先には、カーテンの締め切られた部屋があった。


 目線を画面に戻し、彼が手を動かそうとしたその矢先。扉からノックの音が聞こえたかと思うと、ネクフィスが現れた。


「今晩は。頂いた議事録ですが、非常に理解し易く纏められていてとても助かりました」

「随分と長丁場な急用だったな。会議を途中退席してまで行なった遊歩は、さぞかし気分が良かっただろう」

「ええ。貴方のお小言を聞き流せる程度には楽しめました」

「……何処へ行っていた」


 ネクフィスは冷めた珈琲を一瞥すると、本棚から一冊の本を手に取る。そして一枚ページを破き、スプーンで珈琲に溶かした。


「ふふ、少し読書をしに図書館へ足を運んでいました」

「確かにお前は常日頃から書物に耽っているが、公務に穴をあけたことはなかった筈だ。……まさか、件の悪霊の正体でも掴んだのか?」

「ご名答です! 流石は切れ者のナグレイン、探偵も顔負けの推察力を持っているとは!」

「御託は要らん。さっさと用件を話せ」

「おや……つれませんね。ですが、それでこそ王の息子というものです。では、少々勿体ない気もしますがお話ししますね」


 ネクフィスは珈琲を飲み干すと、ハンカチで口もとを拭う。ナグレインは顔をしかめていたが、彼は意に介さず話を進める。


「悪霊――もとい賓客ですが、その正体は“魂晶師”という遥か昔に絶滅していた筈の種族です。何故彼が生き残っていたのか、その理由はデータに残っていないので不明ですが」

「魂晶師……聞いたことのない単語だが、何故そうだと断言できる? 根拠はあるのか?」

「ありますよ。本を読んだら、僕にも()()()()()()()()()ので」


 誇らしげに胸に手を当てるネクフィス。しかしナグレインは片手で頭を抱えると、画面上に彼の日程表を開く。


「……ネクフィス、お前がそれ程までに疲弊しているとは想定外だった。一か月の休暇を取れ、俺が代理で公務を担う」

「ふふ、お気遣い痛み入ります。ですが、僕は疲れて妄言を吐いているわけではありませんよ。今からその根拠をお話ししましょう」



 ネクフィスは説き聞かせる。図書館で閲覧した本の内容や対象の特性、視認できる仮説を。そして最後に件の映像を確認すると、ナグレインはようやく眉間の皺を緩める。


「成程、こういう絡繰だったのか。しかし、理解はできたが納得がいかんな。王妃が健在だというのに、理由も話さず退けては彼女の沽券に関わる。良からぬ噂を絶とうと牽制する俺の身にもなって欲しいのだが」


 二人が会話していると、画面上には“新着報告書”の通知が表示される。ナグレインが溜め息をつく中、ネクフィスは彼の後ろに回り込むと、勝手に端末に触れ内容を確認し始める。


「まあまあ、その点に関しては僕も手助けしますから。それよりも、一つお願いがあるのですが聞いていただけますか?」

「何だ」

「賓客の()()()()についてです。我らが父――国王直々の誘い人だというのに、僕達は未だ一度たりともお会いしたことがありません。しかし、エーテスは何故かいの一番で出会い、今や彼らと語らう仲になっている。このまま僕達だけいない者として扱われるのは癪に障りますし、白百合の舞踏会で折を見てご挨拶に向かいませんか?」


 するとナグレインは紙に走らせていたペンを止め、ドスの効いた声で圧力をかける。


「……お前、国王に無断で実行するわけではないだろうな。彼の()()を忘れたか?」

「ええ、危険性が大いに孕んでいることも十二分に分かっています。それを承知の上での提案ですが、如何でしょう。ご希望とあらば、懇切丁寧に書き上げた企画書を提出致しますが」


 一歩も退かぬネクフィスに、ナグレインは端末の電源を落とす。そして壁に掛けられた時計を一目見ると、物思いにふけ応える。


「……奴に制裁を与えるとなれば、今が好機か。分かった、許可しよう。ただし、2時間以内に持参しろ」

「承知致しました。 ……ふふ。これで僕達、共犯者ですね?」

「俺だけで事を収めるつもりはないだろう。ミラキュリアとデュゼリアには何処まで伝えた?」

「いいえ、まだ何も。これからお話ししに行こうかと」

「そうか。せいぜい(まか)り間違わぬよう懐柔することだ」

「ええ。それでは失礼します。珈琲、ご馳走さまでした」


 ネクフィスはフッと爽やかな笑みを贈ると、一つに結んだ髪をなびかせ退室した。

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