27話 トラフィック・ナイト (後編)
女性は眼鏡を外すと一転して、王族と納得に足る威厳を溢れさせる。豪華絢爛な衣装に頼らない、本人から発せられる確固たる素質。その眼光は傍若無人な若獅子のようにみなぎり、されど完封勝利した蛇のように妖しく輝いている。
その傍らでエリンがうやうやしく頭を下げると、サフィラスを除いた一同が、深く頭を垂れる。すると生物としての直感か、ネーヴェもクッキーを食べる手を止め、身体を伏せたまま目の前の光景を見始めた。
「では、改めて名乗らせてもらう。ボクの名は、エーテス・ヴィゼ=ウルイヤ17世”。キミたちに手紙を差し出した張本人であり、将来この国を担う王子だ。早速本題に入りたいところだが、まずは礼を言わせてもらう。我が盟友――ディオスの救済に、深く感謝する。仔細は手紙から把握した。彼の身に何が起き、如何にキミたちが活躍をしてくれたかを」
エーテスは脚を組むと、光を反射するほど磨かれた革靴を一同に見せつける。
「そしてここに出向いたのは他でもない、キミたちに正式に協力を申し出るためだ。当初のボクは、キミたちを体よく操り使い潰してやろうと、一方的に手紙を送り付けた。だがいつからか、メアリーとキミたちのやり取りを見て感心し、不思議と本懐を明かしたくなった。市場での尾行は……フィールドワークとでも受け取っておいてくれ」
エーテスは言葉尻を濁すと、サフィラスから目を背ける。隣で宙に浮くエリンが何か言いたげに彼女を見つめていたが、サフィラスは構わず質問を投げかける。
「成程。では今回の主軸となる、キミの本懐とやらについて聞かせてもらえるだろうか」
「ああ。ボクの本懐――それは協力者に背中を預け、手ずから国王を殺すことだ」
“国王の殺害”。図らずも物音ひとつしないタイミングで発せられた不穏な言葉に、リビングは一層静まり返った。しかしサフィラスは、表情を変えぬまま真っ向から挑む。
「随分と大胆な発言だね。自身の父親を手に掛けるとなれば、国中を巻き込むことになるけれど。事後処理も含めた算段はついているのかい?」
「無論だ。この時のために、何年も練りに練った秘策がある。 ……ボクの人生は、アイツに壊された。だからこそ、この手でアイツを始末したい。積年の恨みを晴らすためなら、どんな犠牲も厭わない覚悟だってある」
するとエーテスは、サフィラスに人差し指を突きつける。
「キミからも、少なからず同類の気配がする。もし、クソオヤジではなくボクの手を取ってくれるなら。その時は、キミたちの旅を全面的に支援しよう。この先、一国一村の後ろ盾だけで円滑に旅を続けることは極めて困難――いや、不可能だ。千載一遇で破格なこの申し出を無下には出来ないはずだが、あえて問おう。我が悲願の片棒を担いでくれるか?」
「……分かった。力を貸そう」
そう彼が応えた直後、リベラの悲痛な声が聞こえてくる。
「サフィラス……!」
しかしサフィラスは彼女に見向きもせず、会話を続行する。
「ただし、事が事だ。最悪の事態を考慮し、事前に調べてもらいたいものがある。飲んでくれるかい?」
「ああ、ボクに出来ることなら何でも言ってくれ。誰の情報が欲しい?」
「彼女――リベラの肉親に関する情報だ。可能だろうか」
「そんな簡単なものでいいのか。まあ、ボクとしてはラクで助かるけど。エリン、頼めるか?」
《承知致シマシタ。 ――対象者、“リベラ”ノ個人記録ノ検索ヲ開始。パスポート不携帯ノ為、外見カラ検索範囲ヲ限定シマス。彼女ノ毛髪及ビ瞳カラ、両親ハ“ルベール”国出身ト推定。ソノ他ノ抽出要素トシテ、身長カラ年齢ノ概算ヲ……》
一同は理解が追いつかぬまま、目蓋を閉じたエリンを固唾を呑んで見守る。とりわけリベラは、青天の霹靂とも呼べる展開に強く指を組んだ。しかしエリンは、彼らにとって想定外となる言葉をアウトプットする。
《……検索結果、該当件数0件。全テノ情報ニオイテ“not_found”デス》
申し訳なさそうに首を横に振るエリンに、エーテスはわなわなと肩を震わせる。
「何だって!? おい、ホントに全部のデータを調べたのか!?」
《ハイ。範囲ヲ拡大シテ検索ヲ続行シマスカ?》
「っ……いや、止めておこう。下手に通知をばら撒きたくない」
《カシコマリマシタ。検索ヲ終了シマス》
「――何故だ? こんなこと、過去一度たりともなかった! ボクの目を掻い潜れる人間なんているはずは……くそっ、キミの親は何者なんだ!?」
歯を食いしばり、悔しさを滲ませるエーテス。するとリベラは俯き、ふっと消え入りそうな声で絶望を零す。
「分かんない、けど……もしかして、わたしってどこにもいちゃいけない子なのかもしれない。だから、気付いたら森にひとりで住んでたのかも……」
ロアはリベラの頭に手を乗せると、優しく否定する。
「居ちゃいけないだなんて、そんなことは絶対ないわ。いつもご飯を運んでくれてた人もいたんだもの、理由はどうあれきっと大切にされていたわ」
メネレテもリベラの手を握ると、力強く訴える。
「ロアさんの仰る通りです! 記録はなくても、今あなたはここにいる。……大丈夫ですよ。たとえ誰に指を差されようと、リベラさんの存在は私たちが否定させませんから」
「うん……」
ネーヴェもリベラの膝に飛び乗ると、小さな手で「ここにいるよ」と歩き回る。彼らの真摯な声が届いたのか、やがてリベラは落ち着きを取り戻した。するとサフィラスは、エーテスに再び問いかける。
「ちなみに、私の記録は有るのかい?」
「――エリン」
《承知致シマシタ。前回ノ検索結果ヲ再表示シマス。……該当件数、0件。全ノ情報テニオイテ“not_found”デス》
不信感を露骨に表していたメネレテだったが、きょとんとした表情に一変させる。ロアも首を傾げていたが、すぐに合点がいったように手を打った。その傍ら、サフィラスはリベラに目を向けると不器用な謝罪をする。
「不快な思いをさせてしまってすまないね。どうやら世界中に瞳をもつ彼女にも、全てを把握することは不可能なようだ」
「ううん。ありがとう、わたしのために聞いてくれて。……でもやっぱり、旅を続けるために誰かが犠牲になるのはいや。村長さんのときみたいに、「ごめんなさい」って仲直りしてほしいよ……」
涙ぐむリベラに、エーテスはバツが悪そうに腕を組む。そして暫く考え込む素振りを見せると、大きく溜め息を吐いた。
「……まあ、一応キミの意見も考慮してみるよ。エリン、秘策の後半のあの部分を少しいじって、再シミュレーションしておいてくれ」
《承知シマシタ。コアノ全テヲ演算ニ充テデモ、マスターノ期待二応エテミセマス》
いたたまれなさそうに頭を掻くエーテスに、エリンは柔らかく微笑んだ。




