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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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26話 トラフィック・ナイト (中編)

 今日は女性のいる珍しく室内は明るく、ようやくその全貌が覗えるほどだった。空箱はすっかり片付き、飲み終えたボトルの一本も転がっていない、清々しくなった空間。代わりに壁には真新しいダンボールが整然と積み上がっており、それぞれの側面には中身の詳細について、綺麗な文字で表記されている。


 そして端末の前に座る彼女も、普段より身綺麗だった。荒れていた髪は本来のツヤを放ち、白衣は一点の汚れもなく、眩しいくらいに輝いている。

 しかし当の女性の行動は、相変わらず。頭の後ろで手を組むと、上半身を左右に傾けボキボキと音を鳴らす。


「ん〜、こいつら全然喋んなくなったなあ。施設内の“作品”たちに日和ったか? でもその割に(ターゲット)は堂々と――いや、やけに慣れた歩き方をしてるのが気になる。まさか、ライア村の施設にも立ち入ったのか? けどディオスから報告は入ってないしなあ……」


 女性は屈むと、足もとのダンボール箱からスナックの絵が描かれた袋とボトルを取り出す。そして端末から目を逸らさずに袋を開けると、大口でザラザラと中身をかき込んだ。


「ほう、最後は別行動か。えーと、確かこの部屋は……ああそうだ、ボクの制作中の作品たちが置いてある場所だ。しかし何故、彼はメアリーを置いて一人で乗り込んだんだ? ……上手くいけば交渉材料になるかもしれないし、視点を切り替えてみるか」


 ボトルを片手に端末に手を伸ばすと、不意にメアリーの声が耳に届く。


《……一度でいいから、あなたと向き合って話してみたいです。何を考え、何を背負っているのか。私の知らないあなたのことを、どうか教えてくれませんか?》

「何だ、今の言葉は……ボクに言ったのか? ははっ、まさか。どうせ、ドアの向こうの彼に対しての独り言に決まってる」


 椅子を半回転させ、嘲笑混じりに言葉を吐き出す。目蓋を閉じると、かつて自身が受けた屈辱が脳内に甦っていた。



 「なまえをおしえて!」「もしかしてお前、王さまの子どもなのか?」「どうして、女の子なのに男の子のかっこをしてるの?」「あの子には近寄らない方がいいわよ」「ぶつぶつとひとりで喋っていて怖いわ」「本当に不気味だ。国王の子供でなければ、相手になんかしないのに」


 ――絶え間なく流れ込んでくる、幼い笑い声とひそひそと後ろ指を差す大人しい声。そして最後に、兄弟たちの混ざりあった怨嗟が彼女にとどめを刺す。


「「「「お 前 は 消 え ろ」」」」



「〜っ! うるさい、うるさいうるさいうるさい! 黙れ!!」


 目一杯に声を荒らげ、勢いよく床にボトルを投げつける。その衝撃で、ジュースは赤く半弧を描いた。


「っ、はあっ、はあ……っ」


 激しく脈打つ心臓に、暫く頭を空っぽにして床を見下ろす。やがて動悸がおさまると、女性は端末に向き直る。  


「それとも、本当に……本心から、ボクのことを知りたいと思っているのか。ただの雇われが、一国の王子のプライベートを? お前はもっと賢く冷静に立ち回ってきたと、データに載っていたというのに。その本性は、随分と心臓に毛の生えた猪突猛進型スパイじゃないか――ん?」


 すると画面上に、メアリーからのメッセージが浮かび上がる。文字数にして、僅か20字程度。その全文を読み終えると、一転して女性は不敵に笑う。


「ふっ……なるほど、まんまと騙された。やっぱりお前は優秀な緑帽隊だよ。 ――さて、不服だけど策に乗ってやろうか。キングが動かないまま負けるゲームなんて、クソゲーにも程があるからな」


 女性は残りのスナック菓子を口内に流し込むと、白衣をマントのように脱ぎ捨てた。



 籠の中のクッキーが半分に減った頃。ロアは手についた粉を払うと、黙々と食べ進めるメネレテに話しかける。


「そういえば、そろそろ聞いてもいいかしら?」

「はい、何でしょう」

「メアリーちゃんもとい、メネレテちゃんの雇い主のことよ。大体の予想はついてるけど、この際断定してもらいたくって」


 メネレテは最後に一枚飲み込むと、腕に巻いた小型の端末を一瞥する。


「……分かりました、と言いたいところですが。それはご本人様に明かしていただきましょう」

「えっ?」


 メネレテがニッコリと笑んだ直後。澄んだチャイムの音が、一直線にリビングを通過する。テーブルに向いていた彼らの意識は、問答無用に断ち切られた。するとメネレテは、硬直するロアをよそに、玄関に駆け寄りドアを開ける。その先には、鮮やかな青い衣装を着た女性が腕組みをして佇んでいた。


「まったく、わざわざ見せ場を作るなんて食えないヤツだよ。 ――さてお前たち、ボーッとしてないでボクをもてなすんだ」


 状況の読めない彼らに、女性は眼鏡越しにいたずらっぽく目を細めた。



 それからほどなくして、リビングは奇妙な状態となった。どっかりとソファーに座る女性と対面するように、リベラたちは横一列に肩を寄せる。しかしサフィラスは傍らに立ち、女性の隣に置かれた手のひらサイズの端末を見下ろしていた。

 ネーヴェもテーブルの端に丸まる中、キッチンからやって来たロアは、恐る恐るティーカップを女性の前に置く。


「こちら、爽やかな酸味のある茶葉から抽出したオリジナルのブレンドティーでございます。スプーンでかき混ぜますと、浮かんでいる花が溶けて味が変化しますので、お好みのタイミングでご堪能ください」

「イルミスで流行していると噂には聞いていたが、まさか今日、こんな形で体験するとは思わなかったな。ちなみに、茶葉や花はキミが育てたのか?」

「は、はい。栽培から加工に至るまで、全てひとりで作業いたしました」

「ほう、それは実に興味深い。では、冷めないうちにもらうとしよう」


 ロアは緊張に表情を強張らせながら、女性がカップを手にする様子を見守る。女性は顔を近づけ香りを確かめ、そしてひと口を時間をかけて味わうと、カップをソーサーの上に戻す。そしてスプーンを手に取ると花を溶かし、再びひと口飲み込んだ。


「……い、いかがでしょうか」

「うん、悪くない。単体で飲むことも考慮し、花が見映えと味の変化を担っているのも素晴らしい。しかし、この花の構造が気になるな。キミさえよければ、どのようにして生み出したかを教えてもらいたい。勿論、明かせる範囲で構わないぞ」

「っ、承知いたしました」


 次いで女性はクッキーを一枚手に取ると、裏表を返しながらまじまじと見つめる。


「では、次はこのクッキーをもらおうか。これもキミの手作りなのか?」

「はい、ですが私だけではなく――」


 するとリベラが前のめりに手を挙げる。


「あのね、わたしも一緒に作ったんだよ!」

「へえ、やるじゃんか。将来の夢が決まっていなければ、ボク専属のパティシエにしてやってもいいぞ」

「えへへ、ありがとう。もしそうなったら、毎日たくさん作ってあげるね!」

「ははっ! 期待しているぞ」


 二人が笑い合っていると、腕組みをしたサフィラスが女性に問いかける。


「ところで、キミは市場で私達を尾行していたね。今日はその理由についても聞けるのかい?」

「!? き、気付いていたのか!?」

「あれだけ不審な動きを見せていたんだ、恐らく周囲の人間も警戒していたはずだよ」


 その言葉に女性は何かを思い出したのか、渋い顔をしながら紅茶を飲む。


「そうか、道理で緑帽隊から……いや、まあいい。長居も出来ないことだ、そろそろ本題に入らせてもらう。ボクの正体、手紙や尾行の真意、そして――キミに接触を計った、クソオヤジについて。話題こそ多いが、スピーディーにたっぷりと話させてもらうぞ」


 そう言うと女性は、追加でクッキーを頬張った。

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