24話 机上の戯論に終止符を (後編)
会議室を離れたネクフィスは、ランタンを片手に独り図書館に移動していた。静まり返った室内を見渡すとドアに鍵をかけ、一直線に本棚の群れを抜けると、ロアが立っていた場所で歩みを止める。
「あの書物は確か、この辺りに――」
端から視線を走らせた後に、ロアがサフィラスに見せたものと同じ本を手に取る。そして近くのテーブルに移動すると、ランタンを置いて本の表紙に光を当てる。
『……ありました。それにしても、エリンさんはAIだというのに随分と人間らしい。ふふ、主に似るのでしょうかね』
立ったまま黙々とページを繰っていた彼だが、不意に手を止める。そこには“魂晶師”の文言が、タイトルの一部として記載されていた。彼は文字を指でなぞりながら、思考を巡らす。
『……読み通り、ですね。まさかとは思いましたが……ミラの証言からして、件の賓客の正体はこれで相違なさそうです。しかし、気がかりなのは王の目的。この特異な能力を欲しているのか、あるいは――』
暫く読み進めていると、控えめなノックの音が聞こえる。顔を上げると、ドア越しに帽子を被った人影が見えた。
『さて――ナグレインには悪いですが、ひと足早く先手を打たせてもらいますかね』
ネクフィスは閉じた本を抱えると、“貸出中”の箱を代わりに差し込む。そして鍵を開けると、音もなくもう一方のドアから退出した。
場面は一転して、サフィラス達が立ち入る白い建物内部に切り替わる。しかしそこにメアリーとネーヴェの姿はなく、彼の視界は蹂躙される生命に支配されていた。
研究室――その内部は小さな公園ほどの広さがあるものの、通路は狭く、人ひとり通るのが限度の幅しかない。代わりに壁や床には無駄なくリソースが配置されており、上下左右どこを向いても管やポッドからは逃げられない。
『どうやら、内部も同じ構造のようだ。 ……培養されている生命を除いては』
整列するポッドに浮かぶは、百を超える生物達。まだ卵の状態のモノもいれば、今にも外の世界に飛び出しそうなモノもおり、されどみな等しく薄緑色の液体に揺蕩っている。
『先日の植物園に生えていた草は、ウ・ライア村からの提供だと言っていた。この国の技術力を得る対価として、研究の成果を提出しているのだろうか。だとすれば、この生命達の行く末は一体……』
ふと、彼の脳裏にルベール国王の顔がよぎる。
『……いいや、私の思い過ごしだろう。それよりも目下優先すべきは、眼前の魂について。即刻解放をしたいけれど、実行に移してはロアやリベラの身が危うくなる。荒波を立てぬためにも、やはり王に付け入るのが最善か。さて、如何にして籠絡するか……』
サフィラスは少しばかり歩くと、最も成長した生命の眠るポッドに手をかざす。そこには鳥と蛇が混ぜ合わさったような見た目の生き物が眠っており、とぐろを巻いた身体を翼で覆っていた。
『……必ず、キミ達を此処から解放してみせる。だからどうか、もう少しばかり堪えてほしい』
そうしてサフィラスが踵を返すと、生命は翼の隙間からうっすらと目を開けた。
一方、研究室の外で待たされているメアリーは、胸元のポケットから顔を覗かせるネーヴェの頭を指先で撫でていた。
『彼はこの子のことを“武器になる”と言っていましたが……結局、最後まで特に変化はなかった。私はまた、彼に一杯食わされたのでしょうか。でも、わざわざリベラさんから奪ってまでつく嘘だとも思えない』
メアリーは小さく笑むと、俯きながら呟く。
「……一度でいいから、あなたと向き合って話してみたいです。何を考え、何を背負っているのか。私の知らないあなたのことを、どうか教えてくれませんか?」
しかしネーヴェは瞬きをすると、ポケットに潜り込んだ。メアリーは顔を上げると、研究室への入口を恨めしく見据える。
『それにしても……何故私は、ここで待機しなければならないのでしょう。他のエリアとは違う、見せられない何かがあるのでしょうか』
背伸びをしてドアの上部に設けられた窓を覗くも、覆われた布に内情を窺える訳はなく。メアリーは観念して、ただ腕組みをして佇む。するとドアが開き、サフィラスが涼しい顔をして現れた。
「待たせたね。では、用件も済んだことだから戻るとしよう」
サフィラスが通路につま先を向けると、メアリーは口を開く。
「……その前に一つ、聞いてもよろしいですか?」
「何だい?」
「リベラさんについてです。以前あの子は、あなたのことを命の恩人だと言っていました。しかし何故、未だ共に行動しているのですか?」
「それを知って、どうするつもりかな」
「……もし、行くあてがないのでしたら。あの子に、親身になってくれる場所を紹介したいんです。歳の近い女の子もいます。遊び場だってありますし、あの日のように……犯罪に巻き込まれることもありません」
「――」
ようやく視線を合わせるサフィラスに、メアリーは言葉を続ける。
「今回のこれも、一歩間違えば即処罰を受けます。私達だけならまだしも、何も知らないあの子にまで捜査の手が広がってしまったら。あなたは責任をとれますか?」
「……確かにキミの言う通り、人にはそれぞれ適切な場がある。幼ければ尚更だ」
「でしたら――」
「けれど、果たしてそれは真に当人のためなのだろうか。キミのエゴではないと断言できるかい?」
「な……!」
“エゴ”というたった二文字に、メアリーの脳は鉄鎚を食らったような衝撃を受ける。しかし放った張本人は冷徹な眼差しのままであり、メアリーは肩を震わせ激高する。
「っ――論点をずらさないで下さい! 私のエゴかどうかではなく、あの子に無実の罪が降りかかるのを避けるための手段と、責任の所在について聞いているんです!」
「であれば、私と行動を共にする理由を含め、全て直接本人に尋ねるといい。リベラは既に、キミの正体に気付いているようだからね」
「! ……言われなくても、そうさせてもらいます!」
メアリーは広場一帯に声を響かせると、遂に口を閉ざした。




