23話 机上の戯論に終止符を (中編)
ここは、城内のとある一室。カーテンを閉め切った広間にはシャンデリアの明かりが煌めいており、壁一面に描かれた風景画を照らしている。その中央に設置された円卓には、きらびやかな衣装で身を包んだ大小4人の青い影があった。
肌の浅黒い長男は、短髪をオールバックにし、難しい顔で端末と向き合っている。長髪を束ねる二男は、変わらず瞼を閉じたまま、静かに着席している。ツインテールの長女は、ウサギのぬいぐるみとお揃いのドレスを身に纏い、笑顔でお茶会をしている。一方でミディアムヘアーの二女は、人形遊びに没頭する長女を微笑ましげに見つめている。
会話は無いが、緊張もない空間。その渦中にエリンは、円卓からやや離れた位置に置かれた端末から顔を見せる。
《――オ待タセシテシマイ、大変申シ訳ゴザイマセン。マスターノ代理トシテ、僭越ナガラ、私エリンガ出席サセテイタダキマス》
すると長男が片眉を上げ、重々しくも威厳のある声を響かせる。
「貴様に出席を許可した覚えはない。奴はどうした」
《ハイ。貴方様カラノ“許可”ハ、入力サレテオリマセン。デスガ、マスターカラハ“体調不調”ノ事由ニヨル、“代理出席”ノ実行ヲ受ケマシタ》
眉間にシワを寄せる長男に、今度は長女が目もとを潤ませる。
「え〜、ホント!? もしかしたら〜、ご飯もひとりで食べられなくて苦しんでるかも! すぐ看病に行ってあげなきゃ〜!!」
ぬいぐるみを抱きかかえ立ち上がる長女に、隣に座る二女が手を重ねる。
「ミラ姉さま、落ち着いて。どうせいつもの仮病なんだから、放っておけばいいの。それに……そもそも心配してないのに、きちんとお世話できるの?」
「えへへっ、バレてた? やっぱりデュゼには敵わないや」
一転してケロッと涙を止める彼女は、ぬいぐるみと共に着席する。そして彼女らが長男そっちのけで戯れ始めると、今度は二男がエリンに声を掛ける。
「いずれにせよ、今回ばかりは本人に出席してもらいたい。エリン、今日こそ貴女の主をこちらに呼んできてはくれませんか?」
《命令ノ入力ハ、マスター以外実行不可デス。ナオ、アップデートノ予定ハ今後モアリマセン》
「そうですか……残念です。直筆の手紙を差し上げたのですが、想いは届かなかったようですね」
二男が眉尻を下げると、ミラ姉さまと呼ばれる長女は目を見開く。
「え? ネク兄、ホントに手紙書いたの?」
「ええ。貴女の助言通り、押し花も添えました」
「ふっ――アハハッ! なんだか振られちゃったみたいでかわいそ〜!」
「ふふ……しょんぼりです」
大口を開けて笑う長女に、ネク兄と呼ばれた二男は力無く微笑む。その光景を傍らで眺めるデュゼは、ぽつりと呟く。
「……擬音語を口に出すひと、初めて見た」
すると長男が円卓上のガベルを鳴らし、鶴の一声を放つ。
「ミラキュリア、デュゼリア、ネクフィス。戯れは時間の無駄だ、さっさと会議を始めるぞ」
「ナグレイン……貴方だけは僕の味方だと思っていたのに」
「さて――本日の議題は、三日後に執り行われる“白百合の舞踏会”についてだ。我が父――王は今年も参加する手筈なのだが、何やら妙な動きをしていてな。些細なことでも構わない。何か情報があれば教えてほしい」
ナグレインは四人を見据えるも、みな目を伏せ押し黙る。しかしミラキュリアだけは、元気よく手を挙げた。
「はいは〜い! あたし聞いたよ〜! なんかね、外から来たお客さんを誘ったんだって! しかも直接とかヤバくな〜い!?」
その声にネクフィスは手もとの端末を操作するも、やがて首を傾げる。
「あの王が直々に? しかし、賓客のリストにはそのような記載はされていませんが……」
「うん! なんでも、すごい珍しい人なんだって〜。だから他の人に知られないようにしてるんじゃないかなあ?」
「成程……それで、どのような方だったのですか?」
「ん〜とね――」
ミラキュリアは自身の端末を慣れた手つきで操作すると、一同に映像を見せる。
「こんな感じの人!」
しかしナグレインは画面を凝視した後、ミラキュリアを睨みつける。
「……おい、何も映っておらぬではないか」
「ね! 不思議だよね〜!」
あっけらかんと笑う彼女の傍ら、ネクフィスも神妙な面持ちで画面を見つめる。
「ふむ……データ上では、確かに何かを記録している。なれども、視認することはできない。そのような不可解な事象、起こり得るのでしょうか」
「だからあたし、その時近くにいた人にお客さんの特徴を聞いてきたんだ〜。今から描いてみるね!」
ミラキュリアはペンを手に取ると、今度は端末の画面いっぱいに線を走らせる。そして数十秒後、再び一同に画面を披露すると、ナグレインは目を見開く。
「……! これは――」
そこには白い線が縦に引かれた黒いモヤと、それと対峙するように、二回り大きな青いモヤが白い四角を背負っている様が描かれていた。
「……幽霊か?」
ネクフィスも真剣な表情で頷くと、ミラキュリアに質問を投げかける。
「そういうことでしたか……確かに、その類いなら映らないのも納得です。この、ぼんやりとしたシルエットは霊気でしょうか? もし取り憑かれているのであれば、被害を被らないよう清めの塩を城中に振り撒かなければいけませんね」
「も〜! ちーがーうってばー!! こっちがお父さまで、こっちがお客さん! こんなに丁寧に描いてあげてるのに、なんで分かってくれないの!?」
膨れっ面で両腕を振るミラキュリアに、デュゼリアは彼女の手を取る。
「大丈夫。デュゼにはしっかり伝わったよ」
「うう……! やっぱりあたしの味方はデュゼだけだよぉ〜!」
眼前で抱き合う二人には目もくれず、ナグレインは淡々と会話を本筋に戻す。
「……とはいえ、何も得られないよりはマシだ。他に情報提供が可能な者はいないか?」
すると今度は、ネクフィスがおもむろに手を挙げエリンの方を向く。
「ちなみに、エリンさんはこの件について何かご存知ではないですか?」
《……イイエ。オ役ニ立テズ、申シ訳アリマセン》
「――いえいえ、お気になさらず。こちらこそ、難しい質問をしてしまって申し訳ないです」
エリンが目を伏せると、ネクフィスは静かに席を立つ。そして彼が歩き出すや否や、ナグレインは前を向いたままガベルに触れる。
「……何処へ行くつもりだ。離席を許可した覚えはないぞ」
「すみません、生憎と急用を思い出しまして。会議の件ですが、後で僕の端末に議事録を送って下さると助かります」
ネクフィスは悪びれる様子もなく微笑むと、そのまま部屋を離れた。ドアの閉音にナグレインは溜め息をつくと、誰と言わずに苦言を呈する。
「全く……いつまでたっても結束意識に欠けるのは考えものだな」
するとミラキュリアは、猫撫で声でぬいぐるみの手足を動かす。
「でも〜、それは仕方ないと思うよ? だってあたしたちは――」
「ミラキュリア」
「っ……ごめんなさい」
「さて、次の公務までの時間も押している。デュゼリア、この抽象画の解析結果を簡潔に記載してくれ。終了次第、解散とする」
「うん、分かった。 ……よしよし、大丈夫だよ」
涙目のミラキュリアを慰めながら、デュゼリアは端末に文字を書き込んでいった。




