22話 机上の戯論に終止符を (前編)
そうして彼らは、人気のない脇道で円陣を組む。僅かに緊張感が滲む空気の中、サフィラスはローブを被ると、早速口火を切る。
「では、私達は諸用があるから少しばかり席を外させてもらうよ。ロア、リベラのことを頼んだ」
「ええ、任せて頂戴」
首に白笛を下げたリベラは、ロアと顔を合わせるとメアリーに抱きつく。
「いってらっしゃい! お菓子、たくさん作って待ってるね!」
話の流れが読めない。と言わんばかりにメアリーは首を傾げるも、笑顔でリベラの頭を撫でる。
「はい、行ってきます! すぐ戻ってきますので、一緒に食べましょうね!」
「うん!」
手を振るふたりが人波に消えるまで、メアリーは何度も振り返りながら、先陣を切るサフィラスに着いていく。道幅は広いものの人通りは多く、道を譲りながら、前を歩く彼を観察する。
一方で彼は巧みに人を躱しながら進んでおり、メアリーはふと疑問を抱く。
『……どうして誰も、彼を避けようとしないのでしょうか。思い返せば、イルミスのときもそうだった。あんなに目立つ格好をしているのに、彼の目撃情報は一件も得られず終い。おかげで、任務不履行というかたちで職を失いましたが――まさかあのローブは、私も知らないインビジブル装備……?』
誰ひとりとして彼に視線を送る者はおらず、代わりに声を掛けられるメアリーは、会釈をしながら足早に移動する。
暫くして彼は道の角で足を止め、壁を背にメアリーと向かい合う。壁伝いには狭い空の下、日陰に忍ぶように蔦に覆われた家々が立ち並んでおり、ヒビ割れた硝子窓には二人の影だけが映る。身構える彼女をよそに、サフィラスは悠然と話す。
「それにしても、まさか即日行動に移すとはね。判断が早くて助かるよ」
「……善は急げ、ですから。それより、本当に宝石をいただけるんですよね?」
「ああ、二言は無いよ。キミが私を欺く選択をしなければね」
「――当たり前です。私が欲しいのはお金であって、あの人の信頼ではありませんから」
そうして二人は付かず離れずの距離を保ったまま、人々の視線を掻い潜り、やがて静まり返った門の前に辿り着く。幾日前、サフィラスが遠方から捉えた白いドーム状の建物。その足もとは、草木の一本も生えぬ空間を埋めるように、真っ白なタイルが敷き詰められていた。
メアリーは門を端から端まで確認すると、再び門の中央に立ち止まる。そしてサフィラスに背を向けたまま、一言訊ねる。
「……この建物で間違いないですか?」
「ああ」
メアリーは息を呑むと一歩前に進み、腕に巻いた端末を門にかざして声を放つ。
「こちら緑帽隊メアリー。認証コード、33421X――解錠せよ」
すると門が舞台カーテンのように、音もなく捲れ上がった。メアリーは周囲を見渡すと、太腿に巻いたナイフホルダーを締め直し声をひそめる。
「リベラさん方もお待たせしていることですし、手早く見て回りましょう」
「そうだね。けれど、その前にこれを預けよう」
「ネーヴェさん? どうしてそこに――って」
サフィラスはフードの内側からネーヴェを取り出すと、メアリーの胸元のポケットに入れる。
「なっ――!? 許可もなくひとに触わらないでください! せ……セクハラで訴えますよ!?」
「すまないね。とはいえ、キミの武器になるはずだよ」
「どういう意味ですか?」
「じきに理解できる。今は先導に務めてほしい」
「……分かりました。お二人が待っていることですし、手早く終わらせますよ!」
メアリーは顔をしかめると、床を踏み鳴らしながら建物へと突き進んでいった。
その一部始終を端末越しにうかがっていた女性は、口を覆うと堪えきれない笑みを零す。
「ふっふっふ……楽しくなってきたなあ!」
《マスター、随分ト機嫌ガ宜シイデスネ》
「当たり前だ! こんなゲームみたいな展開、興奮せずにいられるか! 互いに化かし合い、利用し合い……それを理解した上で、更に何枚も上をいこうとする。良いねえ、最高のシチュエーションだ! さあ、彼らはボクの配った手札にどう動く!?」
鼻息荒くペンを走らせる女性に、エリンは小さく溜め息をつく。
《マサカ、ソノ為ダケニ情報ヲ開示スルナンテ……マスターノ思考回路ハ、AIニハ理解デキマセン》
「ふっ、非効率的な行動は人間の特権なのさ。いくらスリルを学習させたところで、AIにはドーパミンなんか出やしないからな。 ――おっと、食料のストックが切れてしまった。またじいやに補充を頼まないと」
空箱をテーブルの横に積み上げると、女性は端末に向き直る。するとエリンは瞳を光らせ、女性の全身に浴びせ始める。
《……身体スキャン、開始》
「うおっ、まぶし――ってこら、勝手に人の体重を量るな! プライバシーの侵害だぞ!!」
《身長、年齢、性別等、一般的ナ成人女性ノデータト照ラシ合セマシタガ、ヤハリ糖質、脂質、塩分イズレモ過剰摂取デス。健康ノ為ニモ間食ヲ控エ、7大栄養素ノ均衡ヲ保ツコトヲ推奨シマス。補足……運動不足ノ解消モ、併セテ推奨シマス》
小言を聞き流し、女性は手もとの紙を丸めて筒に挿し込む。そして今度は蝋の付いた封筒を手に取るが、開封するや否や顔をしかめる。
「ふん、今更励んだところでもう手遅れだ。それに、別に長生きするつもりなんてないからいいんだよ」
《デスガ、マスターハ――》
「あーあー、耳タコだよ。聞き飽きた。これはアイツへのあてつけでもあるんだ、ほっといてくれ」
女性は立ち上がると“非常食”と書かれたダンボール箱へ向かい、しゃがみ込んで中を漁る。そして袋菓子とボトルを手に、再び椅子に座った。普段より速度を上げて食べ始める女性に、エリンは静かに訊ねる。
《……マスターハ、オ父様ヲ許セマセンカ?》
「……何度も言ってるだろ。アイツは、所詮同じ血が流れてるっていうだけの存在。死ぬまで――いや、死んでも許せない忌々しいヤツだよ」
《新シイオ母様トハ、マダ打チ解ケラレマセンカ?》
「はっ、当たり前だ。ボクにとっての母親は彼女だけであって、あんな気色悪い仮面を被った女狐なんかじゃない。ボクの母親は……口うるさくて、でも誰よりもボクに寄り添ってくれる、世界に一人だけの存在なんだ。アレを母親だってボクが認めちゃったら、いったい誰がアレを止められると思うんだ」
エリンは視線をマスターから、テーブルに飾られた写真に移動させる。頭に花冠を載せた小さな彼女を、艷やかな紅い髪を垂らした女性が、微笑みながら抱き上げているワンシーン。その傍らには、小さなガラスケースが寄り添うように並べられていた。
同じく写真を見つめ唇を噛みしめる彼女に、エリンは消え入りそうな声で呼び掛ける。
《マスター……》
「……あーあ、ガラにもなく感傷に浸っちゃったよ。ペナルティとして、今日はエリンが代わりにアイツらに会いに行けよな」
女性は手紙をぐしゃぐしゃに丸めると、足もとのゴミ箱に放り投げた。




