20話 時々刻々の行く末 (中編)
そしてイルミスのジオラマを散策している間に陽は落ち、園内には、帰宅を促す穏やかな鐘の音が鳴り響く。すると通路は次第に混み始め、やがて柔和な表情の観光客で溢れ返った。そんな彼らに追随するように帰路に着く最中、メアリーは、口数の減った彼らに檄を飛ばす。
「――さて、皆さんお疲れ様でした! 半日に渡るご案内も、これにて終了です!」
「ええ、メアリーちゃんもお疲れ様。おかげで今日は楽しかったわ、ありがとね」
ロアが微笑んで返事をするも、サフィラスは視線すら合わせず、足取りの重いリベラの隣で思案に耽っている。しかしメアリーは、笑顔を絶やさず花園の出入り口である門まで先回りすると、一本の鍵を手に立ち止まる。
「では代表者であるロアさんに、こちらをお渡ししておきます。ホテルへのルートが記録されているので、お近くの輸送車にご利用ください!」
「ええ、分かったわ」
ロアが鍵を受け取ると、メアリーはリベラにもう一度声をかける。
「……また明日、お会いしましょうね」
無言で頷くリベラに、メアリーは屈むと彼女の頭を静かに撫でる。そして姿勢を正したメアリーはサフィラスとロアに向き直り、二人にだけ聞こえるよう小声で話す。
「リベラさんのこと、よろしくお願いします」
最後に頭を下げると、メアリーは再び園内へと姿を消した。
ディナーを済ませ、窓から見える灯りもまばらになった頃。リベラは、腫れた目蓋を青い鳥のぬいぐるみで隠しながら寝室のドアノブをひねる。
「……おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
ロアが手を振るも、リベラは顔を伏せたままドアを閉めた。置いていかれたネーヴェが所在なさげにソファーの上を歩いていると、ロアは彼を掬い上げテーブルに乗せる。
「……リベラちゃん、すっかり元気なくしちゃったわね」
短く鳴くネーヴェだったが、傍らに現れた木の実に意識を奪われる。その先にはサフィラスがおり、彼は軽く手をはたくと、立ったまま話し始める。
「とはいえ、私達に“センニン”を甦らせることは不可能だからね。明日には事実を受け入れられるといいのだけれど」
「そりゃ、死んだ生き物は死んだままよ。でもね、あの子はまだそんなふうに割り切れないのよ。だからアタシたちは、メアリーちゃんみたいにサポートしなくちゃいけないの」
「それは――ネーヴェでは力不足ということだろうか」
「うーん、何というか……サフィラスちゃんって、結構命に関してドライよね。てっきり、その辺もっと丁寧に扱うものかと思ってたんだけど」
毛づくろいをしているネーヴェを見るロアに、サフィラスは淡々と答える。
「決して軽んじている訳ではないよ。ただ、いつまでも悲嘆に暮れていたところで現状は変わらない。であれば、迅速に切り替えたほうが有意義だ。そこに魂晶師の性質は含まれない」
「成程ねえ。じゃあ、少しイジワルな質問をさせてもらおうかしら。 ――その胸元の宝石には、誰が籠められているの?」
ロアはニッと笑いながら、自身の胸元に指を差す。すると一転して、サフィラスの声に酷薄さが帯びる。
「……答える義理はない、と言ったら?」
「ふふっ、別に正解を聞きたいわけじゃないわ。ただアタシは、「命への執着は対象の想いの強さによる」ってことを伝えたかっただけよ」
「……そうか。であれば、ネーヴェに代理が務まるはずもないね」
「ええ。分かってくれて良かったわ」
テーブルの上ではネーヴェが眠そうに目を細めており、サフィラスは彼を手に迎えるとそのまま寝室へ向かう。その背中を見送りながら、ロアは心寂しげに呟く。
「……サフィラスちゃん。アナタ自身の代わりもいないってこと、忘れないでね」
「何か言ったかい?」
「んーん、何でも。さ、アタシも寝ようかしら。明日もまだまだ見て回るところは沢山あるもの。寝坊なんかしたら、リベラちゃんたちに怒られちゃうわ」
二人が夜間会話をしていたその同時刻。白衣を着た女性は、ひとり端末と向き合っていた。デスクの上には食べ散らかしたパンや菓子類があり、部屋にはそれらの混ざった匂いが籠っている。
「ふああ……って、もうこんな時間か。まだ作業も途中だったけど、今日は切り上げるしかないな」
女性は眼鏡を持ち上げると、零れた涙を袖で拭いながら端末の電源を落とす。すると間もなく、ドアの上部に付けられたランプが橙色に光った。
「ん? ……なんだメアリーか。入れ」
女性の声にドアは開き、一礼をしたメアリーが部屋に立ち入る。三つ編みにした髪を両の側頭部で円くまとめる彼女は、黒い服によって背景と同化していた。
「夜分遅くに失礼します。本日の監視業務について、ご報告に参りました」
「ああ、今日は一日ご苦労。キミの働きによって、ボクにも良い収穫があったよ」
女性は椅子をクルリと回転させると、足を組んだまま話続ける。その傍らでは、エリンが顔だけを浮かべて静観している。
「親愛には情けを、疑問には駆け引きを。流石は元偵察部隊所属のエリート。相手に素性がバレていても、付け入るのはお手の物というわけだ」
「恐縮です」
「――だがメアリー。キミはひとつ、勘違いしていることがある」
「……何でしょうか」
女性は目を鋭く光らせると、吐き捨てるように語次を述べる。
「あの端末を切ったところで、ボクの耳が無くなるとは思わないことだ」
「――っ!」
「けど、おかげでキミがボクのことをどう思っているか分かったよ。それに、キミが彼に心を開きかけているということもね」
「!? ……いいえ、後者は否定します。あれは私にとって屈辱を与えた敵であり、世界の均衡を乱そうとする犯罪者ですから」
メアリーが息を呑むと、女性は溜め息ついでに頭を掻く。
「……あのさあ、そんな安っぽい理由でボクを誤魔化せると思ってる? 歩み寄りじゃなきゃ、何故“箱庭”の機密を漏らそうとしたんだ?」
「っ、そんな! 違います、私は決して――」
「黙れ!!」
大声で拳をデスクに叩きつける女性に、メアリーの肩が小さく跳ね上がる。
「……主に口ごたえするな。お前はただ、ボクの手足となって勤しんでいればいいんだ。これは警告だ、次はない」
「……はい、承知致しました」
メアリーは目を伏せると、深々と頭を下げた。




