18話 思考実験の箱庭 (後編)
食事を終えた一行は、歩く速度を落として目的地へと向かう。その最中、リベラはポシェットを覗くと、身体を丸めて眠るネーヴェに微笑む。
「ふふっ、ごはん美味しかったね。メアリー、連れていってくれてありがとう」
「いえいえ、ご満足頂けたようで何よりです! それにしても、ネーヴェさんがリベラさんと同じお料理を召し上がったときは驚きました」
「うん。この子はちょっと特別なの」
「特別、ですか?」
メアリーは屈むと、ポシェットでくつろぐネーヴェを凝視する。するとネーヴェは目を覚まし、メアリーの瞳をじっと見つめる。
「ふむふむ……たしかに、見かけたことのない生き物ですね。端末にもお名前だけしか登録されていないですし、もしかしたら新種かもしれません。リベラさん、この子について詳しくお聞きしても――」
メアリーがポシェットに手を伸ばすと、サフィラスはリベラの肩を引いて一蹴する。
「彼はただの小動物さ。訊くに値する情報は無いよ」
メアリーは僅かに表情を強張らせるも、素直に立ち上がりシャツの裾を手で払う。
「……そうでしたか。先ほどはあなたの命令に従っているように見えましたし、てっきり珍しい子だと早とちりしてしまいました」
「――」
そしてメアリーは目の前の小さな建物に手先を向けると、何事もなかったかのように明るく振る舞う。
「……さて、雑談をしているうちに到着しました! 目的のお店がこちらです!」
レンガ造りの屋根、木製の扉。白い壁には蔦が絡まっており、さながら童話に描かれる魔女の家のようだった。ロアは周囲に咲いた花を見るや否や、喜びの声を上げる。
「このお店、気になってたとこじゃない! こっちが開いてるってことは、あっちでも開いてるってことよね?」
メアリーは端末を操作すると、すぐに頷く。
「はい、ロアさん方が出立された翌日に開店したそうです!」
「うん? アタシ、イルミスを離れた日ってメアリーちゃんに言ったかしら?」
ロアが首を傾げると、メアリーは胸元で指を組む。
「……あ。いえ、実は私、皆さまのパスポートを拝見しておりまして。もし気分を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません」
「んーん、気にしてないから安心して頂戴。そういえば書いてあったわ。意識して見ないから、その辺忘れがちなのよねえ」
呑気に笑うロアに、メアリーは小さく安堵の溜め息をつく。
『危なかった……。これで二人にまで私の正体がバレてしまったら、全てが振り出しに戻るところでした。報酬を得るまでは、どんな手を使ってでも私は――』
時は幾らか遡り、メアリーの視点に切り替わる。
相変わらず薄暗い部屋の中では、白衣を着た女性とメアリーが向かい合っていた。女性は無機質な空間に響かせるように咳払いをひとつすると、一枚の紙とバッジを手に取る。
「メネレテ――いや、今はメアリーだったね。本日をもって、キミを緑帽隊第八小隊の隊長に任命する」
メアリーは女性に歩み寄ると、深々と頭を下げ両手で受け取る。そしてうやうやしく紙を懐に仕舞い、バッジを胸元に着けた後、再び女性と目線を合わせる。
「……ありがとうございます。ですが、何故私が選ばれたのでしょう? 勤めてからまだ日は浅く、適任となる方は多くいらっしゃるはずです」
「いいや。勤続年数による昇格なんて、頭でっかちの馬鹿がすることだ。それに、適任ならキミが最も相応しいと見込んでいるが……納得いかないという顔だね。ならば説明しよう」
女性は眼鏡の位置を正すと、二本の指を立てる。
「理由は二つある。一つは、18歳という若さにもかかわらず、イルミスの偵察部隊に抜擢されたという異例の経歴を考慮したから。そしてもう一つは、キミの過去にある」
「過去……ですか?」
メアリーが訝しげな表情を浮かべると、女性は意地悪く口角を上げる。
「ああ。ボクのデータベースで見させてもらったよ。キミ、孤児たちを匿い懸賞金で養ってるんだって?」
「――!」
「いやあ、健気じゃないか。自身も捨て子で、親も居場所もない。だというのに、誰を恨むこともなく、自身を偽りながら子供たちの未来を守っている。ボクはそこに惚れたんだ」
「……どういうことですか?」
「なに、単純な話さ。……ボクも同類ということだよ」
呆気にとられるメアリーに、女性は自嘲するように歯を見せた。
回想から戻ってきたメアリーは壁際に立ち、リベラが鏡の前で服を吟味する様を眺める。不慣れな彼女の傍らではロアがサポートしており、可愛らしいスカートを代わる代わる見せていた。
『知らなかった――いえ、気付くことができなかった。リベラさん、あなたはその小さな背中に、どれだけの重りを乗せているのですか?』
不意に明かされた、彼女の過去の断片。その悲惨さとは裏腹に、リベラからは笑顔が向けられ、メアリーは小さく手を振り返す。そして服選びを再開する彼女を見届けると、口元の端末の電源に触れる。
「……あなたと一緒にしないでください。私は決して、自分のためにあの子たちを守っている訳ではありませんから」
メアリーがそう嘯く傍らでは、サフィラスが静黙と佇んでいた。




