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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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17話 思考実験の箱庭 (中編)

 どうやらエリアごとに光のカーテンはあるらしく、サフィラス達は二度目の通過を行う。その先に広がっていたのは、皆に見覚えのある景色だった。


 焼き菓子の甘い香りが漂う広場にはレンガで組み上げられた建物が並び、煙突からはクッキーのホログラムが絶え間なく浮かび出る。そしてドーム状に張られたガラスの天井は、床にぬいぐるみの影を落としていた。


 リベラは周囲を見渡すと、ロアの顔を見上げる。


「ねえ、ここってイルミスだよね?」

「ええ、そうよ。……リベラちゃんの感想が、ようやく理解できたわ。建物も小物も、全部本物にしか見えない。これでスケールが一緒だったら、絶対ジオラマだって気付けないわ」


 行き交う観光客はこぞってぬいぐるみの描かれた袋を提げており、仮想の国にすっかり入り浸っているようだった。するとリベラは、ハッと目を見開く。


「そうだ! もしかして、ロアの住んでたお部屋もあるのかな?」

「そうねえ。アタシも気になるし、散策ついでに見てみましょっか。二人とも、良いかしら?」


 ロアが振り返るも、サフィラスは目線を合わせずに答える。


「構わないよ」


 次いでメアリーの返答を待つも、彼女は立ち止まったまま動かない。その視線の先には、仲睦まじく手を繋ぐ親子の姿があった。


「メアリー? どうかしたの?」

「――っ、いえ! 何でもありません!」


 メアリーは軽く咳払いをすると、笑顔で緑の旗を掲げる。


「実はこのエリア、実際にお買い物やお食事が楽しめる場所となっております。それを目当てとする観光客の方が多くいらっしゃるので、皆さんしっかりとメアリーについてきてくださいね!」


 事実、視界の範囲内には彼らの他にも団体で動くグループがおり、先陣を切る緑帽隊員は同様に旗を持っていた。しかし色がそれぞれ異なっているのを確認すると、ロアは独り言のように声を漏らす。


「それにしても……皮肉よね。実際の国よりも、ジオラマの方が落ち着いて見られるだなんて」


 するとリベラは、「でも」と言葉を続ける。


「わたしは良いと思うな。またイルミスに遊びに行く時の予習にするんだ」

「うんうん、そうしましょ。あのときは全体の一割くらいしか移動してないでしょうし、きっとたくさんの発見があると思うわ」


 二人が会話していると、店に飾られたマネキンと同じ衣装を着た少女が横切る。するとロアは、何かを思いついたかのように指を鳴らした。


「そうだ! ちなみにリベラちゃんは、オシャレには興味ないかしら?」

「おしゃれ?」

「ええ。今までずっと一張羅だったでしょう? この後のことも考えて、ここでいくつかお洋服を買っておいたほうが良いと思うの」

「いいの!? わたし、お洋服を自分で選ぶのなんて初めてだからすごい楽しみ!」

「リベラちゃん……」


 ロアが言葉を詰まらせる一方で、メアリーは振り返ると力強く両手に拳を作る。


「絶対に――今日は絶対に、リベラさんに似合う素敵なお洋服を見つけましょうね!」

「うん!」


 しかしその直後。きゅるきゅると腹鳴が聞こえ、リベラは頬を赤らめる。


「……え、えへへ。結構歩いたから、お腹すいちゃったみたい」


 ロアは微笑むと、腕時計を一瞥する。時刻は既に正午を回っていた。


「ふふっ。ちょうどいいタイミングだし、まずはお昼ごはんにしましょっか。メアリーちゃん、近くにオススメのレストランはあるかしら?」

「お任せください! こんな事もあろうかと、行きつけのお店を確保してあります!」


 はしゃぐ三人から幾らかの距離を置き、サフィラスは沈思黙考する。


『……今までは気にも留めていなかったけれど。住居や食材といい、彼女は如何にして独りで暮らしてきたのだろう。容姿からして、()の国と関わりがあるのだろうか。差し金である可能性は極めて低いが……念の為、探りを入れた方が良さそうだ』


 サフィラスはリベラの視線を感じると、そのまま彼女に問いかける。


「リベラ。移動する前に、幾つか質問をさせてもらいたい。キミはたしか、長きにわたり単身森で生活していた筈だ。しかし、要となる衣食住はどこから手に入れたんだい?」

「おうちは知らない人からもらったの。お洋服は最初からクローゼットに入ってて、ごはんは毎日いつの間にか玄関に置かれてたよ」

「……。では、その()()()()()の風貌は覚えているだろうか」

「ううん。お顔はフードで隠れてたし、話しかけてもお返事してくれなかったから分かんない」


 無垢に答えるリベラに、サフィラスは目を伏せる。


「――そうか。ともあれ、随分と親切なヒトがいたようだね」

「うん! わたしの好きなものも苦手なものも、全部知っててね。お礼に何回か絵を描いたこともあるんだよ。ちゃんと全部受け取ってくれたし、きっと悪い人じゃないと思う」


 ネーヴェもポシェットから顔を出し、賛同するように短く鳴く。しかしロアは表情を曇らせると、自身の記憶を引き出す。


『リベラちゃん、たしかご両親がいないのよね。でも――だとしたら、誰が支援をしていたの? 年単位で誰からも見つけられず、その上軟禁状態だなんて普通じゃ考えられないわ。森がどこにあるかが分かれば、手掛かりが掴めるかもしれない。けど……今は』


 その先で待ち構えていた重苦しい空気を振り払うように、ロアはリベラに笑顔を向ける。


「ふふっ。まるで、絵本に出てくる白ひげのおじいさんみたいね」

「うん! それでね。いつかあのおうちに帰ったら、その人にもアルバムを渡すんだ」

「いいじゃない! きっと喜んでくれるわ」


 アルバムを嬉しそうに抱えるリベラに、メアリーはひっそりと眉間にシワを寄せた。

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