13話 N/A_IF (前編)
翌日の午前中。一行は晴れ渡る空の下で、市街観光を開始していた。人々を小人と錯覚させる高さの石の壁に沿いながら、サフィラスは先頭で歩みを進める。
その後ろでは、ロアが気持ち良さそうに大きく伸びをしていた。
「う〜ん、今日も絶好のお散歩日和ね! けど少し暑くなってきたから、水分補給もちゃんとしていかないとね」
すると彼の隣に並ぶリベラも、上機嫌な様子で手を上げる。
「はーい! ネーヴェも、お水飲みたくなったら教えてね」
ネーヴェはポシェットから顔を出すと、リベラの指に触れる。ロアは彼女たちの愛らしいやり取りに微笑みを浮かべながら、数歩先を行くサフィラスに声を飛ばす。
「それにしても……イルミスで出会った頃はアタシも含め、人をこれでもかってくらいに避けてたのに。まさか、サフィラスちゃん自ら人助けしようとするだなんて。何か心境の変化でもあった?」
「……いいや。あくまでも、私の本懐を円滑に果たす下地を整えているに過ぎないよ。これだって、所詮不測の事態を潰すための下見でしかない」
本懐を伝えず、されど偽らず。昨夜サフィラスは、二人に“気掛かりな施設がある”旨を伝えていた。しかしロアは、わざわざ駆け足でサフィラスの行く手を阻むと顔を覗き込む。
「ふ〜ん?」
「何か異論でも?」
「んーん、何でもないわ。さ、そんな怖い顔しないで観光よ観光〜」
ロアは何食わぬ顔でリベラの隣に戻ると、彼女の雑談に耳を傾ける。
「ふふっ。それにしても、本当に迷路みたいで面白いね。でも向こう側の景色が見えないから、迷子にならないように気をつけなくちゃ」
「迷子といえば、イルミスのときはヒヤヒヤしたわ……少しでも遅かったら、リベラちゃんがどんな目にあってたか。想像するだけで身の毛がよだつわ」
「えへへ……うん。だから次からは、サフィラスと一緒に行こうかなって」
リベラが「どうかな?」と小首をかしげるも、ロアは難色を示す。
「ん〜……今のメンバーならそうするしかないけど、やっぱり同じ女の子じゃないと心細いわよね。とは言っても、旅についてきてくれる子なんて、そうそういないでしょうけど……」
「女の子――そういえば、メネレテは今どうしてるんだろう。またどこかで会えるってサフィラスは言ってたけど、お弁当とか作ったら遊びに来てくれるかな」
「まるで昆虫採しゅ――んんっ! そうねぇ、ソレでいけるならすぐにでも作るんだけど……ってうわっ!?」
ロアが前を向くと、腕を伸ばせぬほどの至近距離に、紅髪をポニーテールに結んだ女性が立っていた。緑色の帽子を被る彼女は、三人の顔を見ると黄金色の瞳を細める。
「こんにちは! 皆さんは観光客の方ですか?」
「え、ええ。来たばかりで、どこから見て回ろうか目移りしてるところよ」
動揺しながら答えるロアを気にも留めず、女性はここぞとばかりに一枚の紙を持ち出す。
「でしたら、こちらはいかがでしょう? ただいまキャンペーンとして、割引クーポンとしてもご利用いただける観光ガイドマップをお配りしております!」
女性が両手で広げる紙には市街のメインエリアが描かれており、現在地では星のマークが点滅している。そこでロアが紙に触れると、“最寄りのオススメスポット”と“アクセス方法”に加え、食指が動いてしまいそうな料理や土産品の画像の数々が表示された。
「あらホント、たしかにこれは便利だわ。せっかくだし頂こうかしら」
「ぜひぜひ! えーと、三名様分でよろしいですかね? ただいまお作りしますね」
女性は腕に巻いた端末を操作すると、背負ったリュックから、反物のように一枚に繋がった白紙を引き出す。それを三等分にハサミでカットし、それぞれ丸めてロアに手渡した。
「どうもありがと」
「いえいえ、どうぞごゆっくりお楽しみください!」
女性が会釈をして立ち去ると、ロアは軽くを心臓を押さえて息を吐く。
「びっくりした……気配もなくいきなり話しかけてくるんだもの。リベラちゃんは気付いてた?」
「ううん、分かんなかった。サフィラスは?」
「察していたよ。それより、彼女は新たな働き口を見つけたようだね」
「あの人のこと知ってるの?」
「先程二人が身を案じていたヒトだよ」
「え? ……それって――!」
振り返るも、既に女性は人混みに消えかけており。それでもリベラは、どうにか見える緑色の帽子を目がけて息せき切って走る。そして女性に追いつくと、彼女の裾を掴んだ。
「はあっ、はあ……お姉さん、待って!」
「はーい! あら? 先ほどのお嬢さんではないですか。どうかなさいましたか?」
「お姉さんって、もしかして――」
「?」
首を傾げる女性に、リベラは言葉を詰まらせる。ここで質問を間違えてしまえば、もう次はないかもしれない。刹那の間に頭をフル回転させ、出てきた建前を精一杯伝える。
「ううん、えっと……そうだ! よかったら、お姉さんに道案内してほしいの。わたし、地図を読むの苦手なんだ」
「――」
追いついたサフィラスとロアに女性は一瞬怪訝そうな表情をするも、すぐに笑顔で頷く。
「なるほど……ではちょっと待っててくださいね。確認してみますので!」
女性は片耳に手を当て蓋をすると、一行と距離を置いて背を向ける。そして襟に刺した小型機械を口元に近付け、ぼそぼそとソレに話しかけ始めた。
リベラが落ち着きなく待つ一方で、ロアはサフィラスに耳打ちする。
「ねえ。ということは、彼女がメネレテってこと? 確かに髪の色や体型はあんな感じだったと思うけど、雰囲気や声が全然違くない?」
「その程度、彼女なら造作もないはずだよ。なにせ隠密行動に長けているようだからね。ちなみに、根拠は複数ある。一つは、仮面が無力だったこと。そして、もう一つはこれだ」
サフィラスがローブの内側から取り出したものに、ロアは驚愕の声を上げる。
「あ! コレって――」
「そう、彼女の遺失物だ。二束三文のナイフに執着するのは、所持者くらいなものさ」
「いつの間に拾ってたのよ……というより、良いの? リベラちゃん、あの子を引き留めようとしてるけど」
「構わないよ。こちらに危害を加える素振りをみせたら、再び返り討ちにするだけだからね」
平然とナイフを仕舞うサフィラスに、ロアはやんわりと制す。
「……あんまりいじめちゃだめよ。あの子だって、何か理由があるかもしれないんだから」
「……理由、か。闇討ちに憂き身をやつすほどだ、さぞかし大それたものなのだろうね」
二人の間に剣呑な雰囲気が漂う中、女性はやり遂げた顔でリベラに振り向く。
「ふぅ……うん、大丈夫みたいです!」
「わあい!」
「――では僭越ながら、今日一日皆さんの専属ガイドを勤めさせていただきます! 緑帽隊の一番槍ことメアリーを、どうぞよろしくお願いします!」
笑顔で敬礼するメアリーの瞳には、覇気が篭っていた。




