10話 静謐の華 (前編)
サフィラスが覚悟を決めたその頃、ロアはリベラを引き連れ、公園で遊ぶ人々に紛れ込んでいた。
着席するベンチから見えるのは、カテゴリーごとに点在するカラフルな遊具たちと、園内の中央に咲く一基の噴水。受け皿から無数に放たれる水は弧を描き、絶え間無く表情を変えていた。
ロアは2本のボトルから垂れる水滴をハンカチで拭うと、その片方をリベラに差し出す。
「はい、どうぞ。さっきはいきなり走らせちゃってごめんなさいね。疲れちゃったでしょう?」
「ありがとう。ううん、平気だよ。それより……どうしてサフィラスを連れてっちゃったんだろ」
「そうね……あえて図書館に入らせて逃げ場を無くしたのだとしたら、断れないようにしたい何かがあったと見ていいと思うわ。あるいは、サフィラスちゃん自身がどこかで異変を察知して、自分から仕掛けたか……」
ロアの言葉に、リベラは彼の行動を振り返る。
『そういえば……昨日市場でお買い物してるとき、サフィラスはたまに後ろを向いてた。売り物を見てるだけだと思ってたけど、もしかしたら、私が気づいてなかっだけで誰かが――』
「入国審査の彼女の言動にも違和感があったし、もしかしたらここでも厄介事に巻き込まれるのかしら……」
難しい顔をして頬に手をあてるロアに、リベラも表情を曇らせる。
「ねえ、私たちにも何か出来ることはないかな? イルミスやライア村で、みんなで役割分担したみたいに」
「ええ、きっとあると思うわ。どんなに遅くても今日の夕方には戻るって言ってたから、その時に聞いてみましょ」
「うん! よーし、今日の晩ごはんは何作ろうかな」
リベラが中身をキャップに注ぐと、開栓の音を聞きつけたネーヴェがポシェットから身を乗り出す。
「わわっ! ま、まって、こぼれちゃう……!」
リベラは急いでベンチにキャップを置き、ネーヴェも降ろす。大人しくなったネーヴェは、キャップを両手で器用に傾けながら飲み始めた。
「ふふっ、おかわりもあるからね」
ネーヴェに微笑みかけると、リベラもボトルに口を付ける。
「んんっ、思ったより酸っぱい……! けど、すごく美味しいね」
「気に入ってもらえて良かったわ。スティア産のフルーツを10種類も使ったミックスジュースなんだけど、輸出してないからここでしか飲めないのよ」
「そうなの? じゃあ、次の場所に行くまで毎日飲もうかな」
「美容にも良いし、アリだと思うわ。けど、お腹壊さないよう程々にね?」
会話は一段落し、二人の間には静寂が訪れる。しかしネーヴェがポシェットに戻ると、リベラは遠慮がちに言葉を漏らす。
「……ねえ、ロア。ずっと気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「んー?」
「村では色んな髪や目をした人がいたけど、イルミスやスティアは、同じ組み合わせの人ばかりなのはどうして?」
「それはね、遺伝子――身体を作る情報が、国ごとに違うからなの。だから自分と同じ見た目をしている人は、出身も同じだと思ってもらって間違いないわ。そして、村に色んな見た目の人がいた理由は――」
「……!」
薄々感じ取っていた事実が遂に裏付けられ、リベラは目を見開く。そして、森で自身に剣を向けてきた人物を呼び起こした。
『そっか……だからあの怖いおじさん、私のことを知ってたのかな。でもそうだとしたら、私はもう生まれた国に帰れないのかな……』
「リベラちゃん? どうかしたの?」
「あ――ううん、なんでもないよ。いつかロアの生まれた国にも行きたいなって。そういえば、ここからどのくらいのところにあるの?」
リベラの神妙な視線が向けられると、ロアの瞳が僅かに揺らぐ。
「……そうねえ、今まで移動してきた距離の何倍も遠いところにあるわ。どのくらいかかるか分からないけど、辿り着いたその時は、アタシの実家に案内しちゃおうかしら。しばらく帰ってないから、お部屋が荒れていたらごめんなさいね」
「ううん、その時はお片づけ手伝うよ」
「ホント? ふふっ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
ロアは静かに微笑むと、空になったボトルを、傍らのダストボックスに投入した。




