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6・自己紹介

わしは急いで洋服屋さんに戻ってきた。中に入ると店員さんが出迎えてくれた。



「あっ。お戻りですね。ペロちゃんは作業途中に眠ってしまっていました。可愛い寝顔でほっこりしてしまいましたよ。」笑顔で言われて少し嬉しく感じたが謝っておかないとな。



「どうも遅くなってすいません。ご迷惑おかけしました。」



「いえいえ。迷惑だなんて。とてもいい子にしていましたよ。ずっとじいじさんの話をされていましたよ。」



「えっ?変な事言ってませんでした?」少し恥ずかしくなった。ペロがわしの事を喋る姿を見たことがない。



「いいえ。ちっとも・・。とても感謝しているようでしたよ。」



寝ている部屋に案内してもらうと、とても幸せそうな寝顔が目についた。感謝か・・。わしこそペロのおかげで妻がなくなり1人になっても寂しくなかった。それどころかペロとの距離を埋めることが生きがいになっていた。感謝するのはわしの方だな。



頭を少しなでてみた。寝言で「じいじ」と言っている。

店員さんはクスクス笑っていた。


「洋服はそちらの袋に入れてあります。着ている姿を見せていただきたいですが、シッポの穴もちゃんと開けれているはずです。違和感があれば、またおっしゃっていただければ対処いたしますので。」



「ありがとうございます。また来させてもらいます。

今度はわしの服をお願いします。お恥ずかしい話ですが、持ち金がなくて今日は諦めたのです。

働き口が見つかったので、またちゃんと買いにきます。」



「あら?この村にお住みになられるのですね。

ぜひ、このお店をごひいきにこれからもよろしくお願いしますね。」



「はい。ではこの子を連れて帰ります。」

わしは店員さんの手を借りてペロをおんぶした。意外と軽いものだ。



「またのお越しをお待ちしていますね。」



店を出るわしを見送ってくれた。笑顔が印象に残る素敵な女性だ。元は老人だったわしだが、性欲も若返ったおかげで復活しているようだった。さっきの女性のように笑顔を見せられたら惚れてしまいそうだが、さっきの笑顔はわしに見せたものじゃないな。きっとペロに好意を寄せているのだろう。



夕暮れが近づいてきて、人通りが増えてきている。



男性が仕事から帰ってきたりしているようだ。見慣れぬわし達を物珍しそうに見ている人たちの視線にも少し慣れてきた。気にしないことにしただけだが・・。



わしの勤める店はどれぐらい流行っているのだろう?



それほど大きな店ではないし、大通りを少し中に入るので目立つ店ではないと思う。



食事の時間が近づいているのだな。



わしが通り過ぎる店に入っていく人もいれば、中から宴会でもしているような騒いでいる声も聞こえてきた。



わしもお腹が空いてきたが、ペロは大丈夫だろうか?

気持ちよさそうに寝てるから問題なさそうだけど・・。



歩いて食堂に戻ってきて驚いた。店に入るのに並んでいる人がいた。目立つ店ではないと思って申し訳ない気がした。繁盛しているようだな・・。



わしはどうしたらいいのだろう・・?入り口はここしか知らない。見ておけばいいと言われたから入るべきなのだが並んでいる人達がいるので順番抜かしをするのも気が引ける・・。仕方がないので大人しく並んでおくか。




退屈だ・・。



食事を楽しみに並んでいるなら気持ちも弾むが、そうではない・・。



「兄ちゃん珍しい顔だな。」ボーとしていたら、声を掛けられた。



声をかけてきたのはわしの前に並んでいた体格のいいおじさんだ。



「今日この村にきたんです。」



「兄ちゃん森を抜けてきたのかい?そんな強そうに見えね~のに。」おじさんはわしの全身を見てそう言ってきた。魔物が出る世界だからか?強さが基準のひとつのようだな・・。



「ハハハ。運が良かったんですかね?ほとんど戦った事ないですから。」もしこの世界にゲームと同じ要素があるなら、わしの経験値は角ウサギ一体分だな・・。



「命知らずだな。この村の周りは強くはないが、魔物が豊富にでる。下手に森には入らない方が身のためだぞ。」



「へぇ。そうなんですね。ご忠告痛み入ります。」

気づいたら森にいたのだ。自分から入るのはやめておこう・・。



「それにしても変わった格好だな?年寄りみたいだぞ。

顔は悪くないんだ。そんな格好していたらモテないぞ。」



ついさっきまで年寄りだったんです。

なんて言ったら頭おかしいやつだって思われる。

苦笑いで誤魔化しておこう・・。



「おっと余計なお世話を言ってしまったな?

気を悪くしたら、すまんな。」



「いえいえ。大丈夫ですよ。それよりこのお店ってどうですか?並んでいるってことは流行ってるんですか?」



「ん?この店か?兄ちゃん知らないのも無理はないか・・。この店にくるのはほとんど常連の客ばかりさ。

ここのママが一癖も二癖もあるのでな。初見の兄ちゃんは戸惑うかも知れんぞ。」



ママと言うとさっきのママさんかな?

喋り方は怖そうだが、悪い人ではなさそうだが・・?



「癖と言っても悪い意味ではないぞ。

気に入った奴にはとことんまで、面倒見がいい。

逆に嫌ったら、2度とこなくていいと客にむかっても言うぐらいの人だ。」



客にむかってそれを言っていいのだろうか?

それでも来てくれるお客がいるという事は、相手に問題があるのだろう・・。



「このお店のおススメってあります?」


「おススメかぁ・・。この店にはな、料理を求めにきているんじゃないからな・・。」


「・・・?」


「いやぁ恥ずかしい話だが、ここのママの顔を見にきているようなものさ。なんていうか自分の母親のようなものなのさ。口やかましく言ってくれるが、わしのために言ってくれてるような気がする。他の客も似たようなものだと思うぞ。」



どういった経緯か知らないが1人前の男性がそう言ったぐらいだ。ママさんは慕われているようだな。



「ところで兄ちゃん。聞いていいのか分からんが、その背負っている子は兄ちゃんの子か?」



ペロが子供?この人は頭がおかしいのか?



「まさか!?犬から進化か分かりませんが、人の姿になった家族同然の犬です。」



「犬・・?獣人とは違うのか・・?」



「何が違うか分かりませんが、本人にそれを言ったら怒りますよ。ペロは犬としての誇りを持っているので。」



「犬の誇りか・・。兄ちゃんも変わった人生を歩んでそうだな?犬が人になったなんて初めて聞いたな・・。」



「たしかにちょっと普通ではないと思いますね。わしも含めて・・。」



若返りなんて経験は、普通ではない・・。



中からグループの人がご馳走様と言って出て行った。

わしの前にいたおじさんも順番がきたようで入っていった。



「あ!あんたこんな所にいたのかい?ママが戻ってきたら入ってもらえってさ。そんなところにいないで手伝っておくれよ。」



誰かと思えばリサさんだ。



どうしよう・・?わしは仕事をしてもいいんだが、ペロが寝たままなのだけど・・。



「この子をどこかで寝かせてもらってもいいですか?」



「あ~、犬のお嬢ちゃんは寝ているのかい。

奥の更衣室に長椅子があるから寝かせてあげな。」



「はい。ありがとうございます。」



教えてもらった長椅子にペロを寝かせる。起きたら驚いてしまうんだろうな・・。なるべく起きませんように・・。



さてママさんの所に挨拶に行くか・・。



「すいません。戻りました!!」


最初が肝心だと思い、元気に挨拶をして厨房の方に顔を出した。


どれぐらいの人数がいるのかと思ったけど、いるのは4人だった。ママさん、リサさん、メアリーさん、それにもう1人は知らない女性がいた。



メアリーさんによく似ている気がするけど・・。



「おや。戻ったね。悪いんだけど仕事手伝えるかい?」



「はい。大丈夫です。」


「犬の嬢ちゃんは?」


「奥で寝かさせてもらってます。」



「そうかい。起きたら紹介してもらおう。とりあえず、洗い物が追い付いていないから、やってくれるかい?

メアリー。エプロンを渡してやって。」



棚の中からエプロンを出して渡してくれた。

何も喋らずに渡されたけど・・。



「ありがとうございます。」



メアリーさんは無言で指を差した。差された先を見れば、汚れた食器の山があった。



これを洗えばいいんだな。水道があるし、蛇口もある。



異世界だからどうなのかと思ったけれど、案外近い世界なのかもしれない。



蛇口をひねると・・・・・。あれ!?水が出ない・・・?


「どうしたんだい?」



固まっているわしに声をかけてくれたのはリサさんだ。



「水が出ないんですけど・・・?」


「あれ?壊れたかい?」


リサさんが蛇口をひねると、水が勢いよく出た。



「なんだ?普通に出てくるじゃないか・・?」


リサさんが蛇口を閉めたので、わしはもう一度ひねったが、水は流れなかった・・。

なんでだ・・?わしが何かしたか・・?



「ママ!!この人水を使えないみたいだわ・・。」



「ん?そうなのかい・・?あんた今までは・・・」



何やら考えこんでいるママさんは、納得した表情をした。



「この世界の蛇口には少しの魔力が必要なのさ。まだこの世界の仕組みを理解していないのも無理もない。

すぐに慣れてくると思うけど、今日は無理だな。

料理を運ぶの手伝ってもらおうか?

カリン、一緒にやって教えてくれるかい?」



カリン?ここにいる人の中で名前を知らないのは、1人だけだ。


名前を呼ばれたカリンさんは驚いた顔をして

「ええ!?私が?」と言った。



「カリンとメアリーは姉妹だ。カリンはまだ人と喋ることができるのでな。テーブルに席番号がついている。メニューの名前とかもおいおい覚えていけばいいさ。

ひとまず、ついて覚えて行ってくれ。」



「メニューの名前も席の番号も読めないのですが・・・。」



がっくりした様子のママさん、クスクス笑うカリンさん。わし初日でクビになりそうな予感・・・。できることがない・・・。



「まぁ初日に働かせようとした私が無茶を言ってしまっているのだと思っておこう。とりあえずお客さんにお冷のお代わりを入れてあげてくれるかい?

喋ることはできるようだし、ひとつずつこなしていけばいいさ。」



良かった。クビにはならずに済んだ。

水入れ容器に蛇口の水を入れて渡された。



「慣れたら水の温度調整もできるようになるよ。

お客さんの好みに合わせてぬるめ、熱い目に対応できるようになったら1人前だ。」



「頑張ります!」できるようになるのか不安になってきたがやるしかない。



「お冷のおかわりはいかがでしょうか?」わしは各テーブルを聞いてまわった。



男の店員がそんなに珍しいのだろうか!?

みんなの視線がこちらに集まってくる・・・。


平常心。平常心。


「なんだい。兄ちゃんここで働くのかよ!?」

さっきのおじさんが声をかけてきた。


「はい。こちらでお世話になることになりました。」


「そうかい。頑張るんだな。ママを怒らせたら、この村にはいられなくなるぜ。気をつけるんだな。」



え!?そこまで影響力あるのだろうか・・?


それよりも・・厨房からママさんが出てきているのだが、このおじさんは気づいていない。



「ちょっと、あんた。私がなんだって!?」


驚いたおじさんは背筋をピンと伸ばして、立ちあがった。


立った衝撃で、椅子が後ろに倒れた。


「やぁ、ママ。相変わらず元気そうだな。」


「とぼけるんじゃないよ!私はただの一般人さ。

そんな影響力なんてないんだからね。変な事言うもんじゃないよ。」



倒れた椅子を戻しながら、ママさんは言った。


「ハハハ、ただの冗談ってやつさ。」


「みんなにも紹介しておこうかと思ってね。

今日からここで働くコージだ。この村にも今日ついたばかりでね。

なにかあったら、遠慮なく言っておくれ。」



ママさんが他のお客さんにも聞こえるように言った。

小さな店で常連さんばかりだからか?みんなちゃんと聞いていた。


日本だったら珍しい光景だな。


「精一杯頑張ります。よろしくお願いします。」



まさか従業員の前でなくお客さんの前で紹介されると思っていなかった。



温かい拍手で包まれた。人数は10人ぐらいだけど恥ずかしい話だ。

まさかこの年になって自己紹介をすると思ってもいなかったな。


年のせいで自分の誕生日も生まれた年も忘れてしまっているのに・・。



せっかく若返れたのだ。



またこれから新たな人生を歩んでいけばいいじゃないか?



そんな風に言ってもらっている気がする。



暖かい拍手に感じられた。


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