5・働く場所が決まった。
コージとママの出会うシーンの会話を追加しました。
新しい服を手に入れても、住むところが無ければ話にならない・・。そう思って職を探そうとしているのだが、これがなかなか難しい。
若くなったことで歩くのはそこまで苦ではない。
何ができるか分からないがとりあえず無一文を脱出せねばならない。ハローワークみたいなものがあればいいのだがこの世界にはなさそうだ。
表に張り紙が貼ってあっても、文字が読めない・・。
異世界語なので当然かもしれんが由々しき事態であることに変わりはない。
気付けば最初おばさんに声をかけてもらえた位置に戻ってきた。
あまり同じ店の前でウロウロしていると怪しまれると思うのでずっと歩き続けていたら、この場所に戻ってきてしまった。
すれ違う人達もいたけど、不思議な恰好だなとクスクス笑われている気がする。遠目で見られている気がしてしまうのだ。話しかけても不審人物扱いになると困るので話しかけるのに勇気がいりそうだ・・。
(どうせなら食事も世話してもらえそうなところで働きたいな。住み込みで働けると尚更ありがたい。)
わしはそんな風に考え、ひとまずこの村の食堂か喫茶店を探していた。
アルコールがあるのか知らないが、わしは酒が苦手だった。酒を毎日飲める人の気が知れない・・。
コップ一杯で意識が朦朧としてくるのだ・・・。
そんなところで働けるわけがない・・。
色々探してまわっていたら、村の外から煙が出ていた建物を見つけた。
(どうやら食堂かな?)
料理のサンプルでも置いてあれば確実だが、
なにやら文字が入っている立札が並んでいるだけだ。
でもこの建物から匂ってくるのは料理の匂いだ。おそらく食堂だと思う。
とりあえず声をかけようかと思い、ドアを開けようとしたら中から人が出てきそうな気配がした。
「忘れ物しちゃったからちょっと出てくるね。」
声と共に、ドアが開いた。ドアの前に立っていたので、出てきた人とぶつかってしまった。
わしは後ろに尻もちをついてしまった・・・。
「あいたたた・・・。大丈夫かい?今店は休憩中で・・・おや!?あんたさっきの・・。」
ぶつかって声をかけてきた人は先ほどのおばさんだった。
「先ほどはありがとうございました。」わしは立ちあがってお礼を述べた。
「いいって。それで服は買えたのかい?こんなところで何してるんだい?さっきのお嬢ちゃんは・・?」
聞きたいことをまとめて聞いてくる人だな・・。
ひとつずつ聞いてきてくれないと、返答に困るぞ。
「え~っと、服を選んで今は寸法の調整などをしてもらっています。ペロは作業を見ているので、置いてきました。あの、ここって食堂・・ですよね?」
「そうかい。そりゃ良かった。
ここかい?ここはホープ食堂さ。私はここで雇われてるんだ。」
「あっ、あの・・突然すみません、ここって求人募集してませんか?仕事を探しているんです!」
「仕事って・・あんたがここで働くってかい?」
「はい!皿洗いでも、掃除でも何でもします!!」
わしは頭を下げた。袖触れ合うも多生の縁というやつじゃ。ここでさっき会ったおばさんが働いていたのも何かの縁であることを期待したい。
「アハハハハ!!」
なぜか分からんが、おばさんは高笑いを始めた・・。
わし変な事言ったかの・・?
笑い声を聞いて、他の人が中からやってきた。
「なんだい?そんなところで大声で笑ってるけど、何があったんだい?」
「あ!!ちょうどよかった。ママ。聞いておくれよ。
この男の人がさ、ここで働きたいんだって。
皿洗いでも、掃除でも何でもやるってさ。」
奥から出てきた人は、わしが若返る前と同じくらいの年齢に見えるな・・。それにしても、なんでわしはこんなに笑われているのだろう・・?
「見た感じ、あんたこの村の者じゃなさそうだね。
中に入りなよ。話を聞こうじゃないか。
リサはさっさと買い出しに行ってくるんだね。」
「あ!!そうだった・・。じゃあママ行ってくるね。」
ドアをガラガラと閉めておばさんは出て行った。
ママと呼ばれた人に促されるように椅子に座らされた。
「さて邪魔者はいなくなったし、話を聞こうか。あんた名前は?」
「谷村です。谷村浩二と言います。」
「タニムラ コージか・・。あんた性を持っているのかい?」
「えっこの世界・・、じゃなかったこの村では珍しいのですか?わし・・じゃない僕の生まれた場所では普通だったのですが・・・。」
何十年ぶりの面接でぎこちなくしか答えられない・・。
話を聞いてもらえるだけじゃダメなのに自分が情けない。そう考えてしまった。
「ふむ・・・。あんた、なんか訳ありじゃろ・・・?
喋り方や服装を見れば分かる。言ってみな。
メアリー!ちょっと水を2つ持ってきて。」
奥からグラスに水を入れて持ってきてくれたのは、今のわしよりも若そうな少女だ。少女といえば失礼になるかな?大人に足を踏み入れた女性・・。セクハラと言われそうだな・・・。ってそんな事を考えてる場合じゃない!
バンダナの外側から、綺麗な赤い髪が見えた。10代後半ぐらいだろうか?嫌な事でもあったのだろうか?とても暗い表情をしている。
「ありがとうございます。」
机にグラスを置いてくれたので、お礼を言ったけれど
軽く頭を下げるだけで、何も言わずに奥に引っ込んでしまった。
「あの子も訳ありでな・・。喋らない子なのさ。
気にしなくていいよ。さっさとあんたの話を聞かせな!」
気にするなと言われれば余計気になってしまう・・。
まぁ今はそれどころじゃない。
「お話することは信じられないかも知れませんが、全て事実です。」
わしはそう前置きして、今日の出来事を全て話した。
この人には嘘をつかない方がいいような気がした・・。
信じてもらえなくても、嘘は言っていないのだからと開き直っているだけだが・・。
「・・そうかい。あんた異世界の人間なのかい?
それで元は私と同じぐらいの年だってか?」
「ええ、その通りです。わしも自分が経験していなければ、信じられない話です。」
「それで、ペットの犬がいて、人の姿になっているとな。見てみたいな。後で連れてきてくれ。」
「・・・はい?後で?」
「ああ。どうせ行くところもないんだろ?ここで働けばいいさ。」
「えっ・・?いいんですか?」わしは驚いて聞き返してしまった。
「店の主である私がいいって言ってるんだ。何か文句でもあるのかい?」
「い、いえ。ありがとうございます!精一杯働きます。」わしは立ちあがって頭を下げた。
「ちゃんと働きなよ。私はあんたが気に入った。
嘘を言わずにちゃんと喋ってくれたようだからの。」
「分かるんですか?」
「なんとなくさ。この職業で人を見ていたらなんとなく感じるようになるのさ。この人は見栄をはって喋っているなとか、普段と同じように喋っていても、なにか嬉しいこと、悲しいことをあったようだ、とかな・・。」
なんとなくでそこまで分かるものか・・。
それだけこの仕事を真剣に取り組んでいるということだろう。
「あんたからはどうしようもない焦りを感じたよ。信じられない事が起こって受け入れるのに戸惑っているような風にも感じた。それにこの辺りでは見かけない服装に年寄りが着てそうな地味な服の色もそうだ・・。全てあんたの話を聞けば納得できたよ。」
「凄いです!そこまで分かってもらえるとは尊敬します!」わしがそう言うと照れくさそうに笑みを浮かべていた。
「そういえば、さっき出て行った人はなんであんなに笑っていたのでしょう?おかしな事は言っていなかったと思うのですが・・。」答えてくれるかと思い、疑問に思った事を尋ねてみた。
「ん・・?ああ、この辺の男どもは冒険者や力仕事ばかりを選ぶのさ。昔から料理や掃除は女の仕事だと変な考えが残っている影響もあるがな。皿洗いだとか言ってくるのは余程の変わり者だと言う事さ。」
昔の日本の考え方のようだ・・。
家事は女の仕事。この世界はその名残が残っているのか・・。
「わしも妻が生きている間はそれほど家事などはしませんでした。ですが1人になって大変さを実感してきました。男でも家事をしていくものだと思っています。」
「ふむ。まぁ働きぶりはおいおい見ていくさ。
それよりもあんた、住むところはあるのかい?」
「・・・ありません。」
「なら私の所にくればいいさ。空いてる部屋があるので貸してやる。もちろん給金から引かせてもらうがな。」
「本当ですか!?ありがとうございます。どうしようかと悩んでいたのでとても助かります。」
「おっと、もうこんな時間か。あんた今日はこの店を見ていたらいいさ。残り物でよければ、仕事終わりに夜食も出してやる。」
おっと嬉しい申し出だ。
「なにから何までありがとうございます。
ではわしはひとまず、ペロを迎えに行ってきます。
あまり待たせると怒りそうなので・・。」
「分かった。また後で連れてきなよ。
それと、この辺の人間は性を持つ者に良いイメージがないんだ。これからはコージと名乗りなよ。」
「コージ・・。分かりました。店長さん!」
「やめな!私の中では亡くなった亭主が店長だ。
店は続けているけどな。コージも他の人と同じようにママと呼べはいいさ。私にとってはみんな子供ぐらいの年齢だからね・・。」
「ママ・・?分かりました。尊敬の意味を込めてママさんと呼ばせてもらいます。」
「おかしなやつだね。まぁ勝手に呼びなよ・・。」
わしは一礼して店を出た。
洋服屋に戻る途中、先ほどのおばさんに会った。
「おや!?あんた仕事どうなった?」
「おかげさまでひとまずあの店で働けるようになりました。」
「そうかい。さっきは笑ってすまなかったね。
あまりにも珍しかったからさ。ママがあんたの事を認めたなら、私も文句はないさ。私の名前はリサってんだ。よろしくな。」
「コージです。こちらこそよろしくお願いします。」
「おっと早く帰らないと、ママに怒られちまう。じゃあまた。」
「はい。失礼します。」
わしは頭を下げた。絶対的にママさんを信頼してそうだな。リサさんも悪い人ではなさそうだ。
おっと、わしも早く戻らないと、ペロが待ちくたびれているかな?
時間が分からないのは不便だ。
わしは急ぎ足でペロの待つ服屋さんに戻った。