第3章-32 自家製のチーズとバター
その言葉に、アカネは驚いたように目を見開き、それからくすくすと笑い始めた。
「それは過分に過ぎましょう。お城の料理人が怒りますわよ」
「なに、大丈夫だ。ここからなら彼らの耳には入らない。それに彼らには世界一だと言っているからな」
「悪いお方ですねえ」
アカネはくすくす笑いが止まらない。世辞であると分かっていても、言われて悪い気分になることはなかった。
「いや、本当のことだ。ここの料理は本当にうまい。料理というものは、温かいとこうもうまいものなのだな」
「陛下は温かい料理を召しあがりませんの? ああ、王城は大きいと聞きます。厨房から食卓までに冷めてしまうのでしょうか」
「それもあるな」
温かい料理も、毒見の間に冷えてしまう、ということは黙っておいたほうがいいだろう。トキワはとっさにそう思った。
「それにしても、お城には波動師さまがいらっしゃるのですから、料理を温かいままにしておくような波動を使えませんの?」
それはアカネの素朴な疑問だった。だが、トキワにしても思いもつかなかった。そのようなことに波動を使うとは思ってもいなかった。
「街の治療師様の中には、薬草を新鮮なままにとどめておくような波動を使う人もいると聞いています。まあ、あまり長くもつものではないそうですけど」
「それは、思いもしなかったな。ふむ、城に戻ったら波動師にできるかどうか尋ねてみよう。うまくすれば、私も熱い料理が食べられるというものだ。バターの浸みたパンが、これほどうまいものだとは思わなかった。長年損をしていたような気になるな。バターもそうだが、チーズも卵も、野菜も味が濃いように感じる。これはどこで求めたものか」
「求めるなど。うちで作ったものですわ」
「これをここで?」
トキワは驚いたように目を丸くして、アカネを見やった。ふふっとアカネが笑ってみせる。
「はい。牛乳は街の商人に買い取ってもらっていますが、余った牛乳を使って、私たちが作っていますの」
「なるほど、自家製なのか。先ほど飲んだ牛乳も味が濃くてうまいと思ったが、それを使うとバターもチーズもこれほどうまくなるものなのか」
「お褒め頂いて、光栄至極ですわ」
アカネは軽く一礼してみせた。少し誇らしげでもある。
「王城にも取り寄せることはできるかな」
「知り合いの商人がうちのチーズを取り扱っていますから、不可能ではないかとは存じます。ですが、もう作れなくなるかと思いますわ」