第3章-16 幼い日の思い出
「父さんが亡くなった時、俺は未だ十歳なろうかというところで、何をしていいかもわからなかった。いきなり父さんが死んで、わけもわからないうちに葬式や埋葬があって。父さんが死んでも、世話をしなければいけない動物や畑があったから、とにかく父さんがいなくなっても、手が足りなくても、手を抜くわけにはいかなかったから、ロウ爺と一緒に働くしかなかった。ひどい息子だろ、泣きもしなかったんだぜ」
ライモンは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「母さんは泣いてたけどな。まあ、仕方ないよな。俺を見るときは笑ってくれたけど、ほんとはずっと泣いていたかったんだと思う。けど、俺は泣けなかった。突然のことだったし、父さんがいなくなってやらなければならないことが山積みだった。泣いてる暇なんかなかった、というのが現実だな」
はは、とライモンは乾いた笑いを漏らした。再びうつむくと、がしがしと頭をかく。
「ライモンは」
黙って聞いていた守護精が、静かに微笑んで言った。その声音に、ライモンは彼のほうを見やる。
「ライモンは父上のことが好きだったのですね」
今日、何度目の衝撃だろう。ライモンは驚いたように守護精を見つめた。しばらくは声が出なかったほどだ。
「俺が?」
ショックから覚めたかのように、ようやくライモンは声を絞り出した。
「俺が父さんを好きだって? いや、それは嫌いじゃないが、父さんからは怒鳴られた覚えしかないぞ。だいたいが無口な人だったが、褒められたことはほとんどないし……」
「本当にそうですか?」
問われて、ライモンは考え込んだ。
ライモンが言ったとおり、父のランは口数の少ない人だった。ライモンはあまり話しかけられた記憶がない。ただ黙々と仕事をしている姿しか思い浮かばない。母のアカネと対するときは雰囲気が変わったが、それはアカネの笑顔の故だと思っていた。
だが。
不意に思い出したことがある。
ライモンがまだ幼い頃だ。その日はどうしてだか、近くの川でお昼ご飯を食べることになった。アカネが用意した食事をランが、ロウゼンが敷物や雑貨を持ち、ライモンはアカネと手をつないでいた。
川沿いの開けたところに敷物を敷いて、その上に食事を並べてみんなで食べた。川の水際まで行くと、魚がはねて、びっくりして泣いてしまった。あの時、抱き上げてくれたのはロウゼンだっただろうか。
いや、違う。
あれは父さんだった。
父さんが抱き上げて、あやしてくれた。その低い声が嬉しくて、心地よくて、俺はすぐに笑ったものだ。高く、頭の上まで持ち上げられて、今まで見たこともない高さからの眺めに声を上げた。