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牛飼いと守護精と  作者: 久保 公里
第1章
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第1章-7 ライモンと見知らぬ若者2

 「うるさいな。お前は商人なのか」


 「いえ、私は違います」


 「なら、俺と一緒で素人だろう。素人なら口を出すな」


 「もしかして、他の誰かに同じことを言われましたか」


 ずばりと言われて、ライモンは不機嫌そうに押し黙る。


 取り付く島もないライモンの背中に、若者は困ったような表情を浮かべた。ライモンに話しかけようと手を上げたが、彼の拒否が背中越しに伝わってきて、その手の行き場を失う。


 それから気を取り押したように、ライモンに並んで荷車からチーズを取り出すのを手伝い始めた。ライモンはいぶかしげに手をとめて若者を見やる。


 何故、初めて会った若者にこんなにいらいらするのか。おそらく、馴れ馴れし気な態度が気に食わないのだろう。初めて会ったというのに、ライモンを主と呼ぶ。


 確かにライモンは自分の牧場の主だろう。だが、整い過ぎるほど整った、どこか人の子とは思えぬ雰囲気のこの若者から主と呼ばれる覚えはなかった。


しかし、彼はそれが当然とばかりにそういう。そのことがライモンを苛つかせる。たぶん、ライモン自身が自分を主と呼ばれるにふさわしいものと認めていないのだろう。


 ライモンは大きく息をついた。


 その背に、おずおずとした若い女性の声がかかる。


 「あの、そのチーズは売っていらっしゃるの?」


 ライモンは無理にも笑顔とかろうじて見える表情を作って振り向いた。だが、その声は彼にかけられたものではなかった。幾人かの着飾った年頃の娘がライモンの側にいる若者に満面の笑顔を向けている。


 「はい。おいくつお求めでしょうか」


 若者が笑みを浮かべて尋ねると、答えの代わりに「きゃあ」と嬌声が返ってくる。若者はさらに笑みを深めてチーズをすっと差し出す。


 「こちらはとても美味しいのですが、あまり数が作れませんので、とても貴重なものです。それがたったの大銅貨一枚です。いかがですか、お勧めしております」


 正面から笑みを向けられて、娘たちは頬を染めている。こんな商人や街のものには見えず、いっそ貴族と言ってもさしつかえないような若者が、チーズを売っているのはそぐわない。そぐわないのだが、それすら気にさせない笑みだった。


 「そ、そうね。おすすめでしたら、ひとつ頂けます?」


 一番前の女性が勇気を振り絞ったかのように言った。若者はさらにきらきらした笑みを浮かべる。卒倒する女性が出るのではないかと危惧するほど、若い女性たちは顔を真っ赤にした。


 「ありがとうございます。二つ買っていただければ大銅貨一枚と中銅貨八枚でさらにお得になりますよ」


 商人であるアジロも顔負けだな、とライモンはあっけに取られてその光景を見つめていた。若者に見つめられて勧められると、若い女性たちが競うようにチーズを手に取り、それと引き換えに惜しみなくお金を置いていく。そのお金を受け取る仕草すら、若者には気品があった。


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