第1章-6 ライモンと見知らぬ若者
「人違いだろう、あんた。俺は主とやらじゃねえよ」
ことさらつっけんどんな、下町言葉で返す。貴族のような若者との差を見せつけて
やりたかった。
「いいえ、間違いありません。私が主を間違えるはずはありませんから」
そう言って、若者はゆっくりと頭を振った。硬質そうな光を放っている髪が、柔らかくうつくしい顔の周りで揺れる。
鋼の色のようだ、とライモンは魅せられたようにその髪に見入り、そう思った。
ライモンはそんな思いを断つかのように、首を振るとくるりと背を向けた。
「とにかく、人違いだ。そんなところに立っていられると、商売の迷惑だ。さっさとどこかに行くか、そうじゃなければ手伝うんだな」
この綺麗な若者に、道端で物を売るなど思えなかったので、ついそう言ってしまったのだが、若者は立ち去るどころか側にいていいのだと言われたかのように、喜んでしまった。それを背中越しに感じて、ライモンはしまったと思った。
「すまないが」
その声に顔を上げると、いつも買いに来てくれる壮年の男性が困ったような表情で立っていた。どうやらチーズを買いに来たものの、ふたりのやり取りを見て声をかけたものかどうか、迷っていたようだ。
「はい、気づかず申し訳ありません。いつものでよいですか」
ライモンは笑みを顔に張り付かせて答えた。相手はほっとしたようにうなずく。
「ああ、ひとつ、頼むよ」
「はい。いつもありがとうございます」
ライモンは傍らのチーズの中から一つ選ぶと、重さを確かめるように持ち上げ、それから男に差し出した。男は硬貨を代わりにライモンに差し出し、チーズを受け取る。
「ああ、助かるよ。お前さんところのチーズはうまいんだが、祭りの時くらいしか来ないかなら。もう少し市の立つときにでも来てくれれば、こちらとしてももっと助かるんただが」
「すみませんね。人がいないもので」
「まあ、また次も頼むよ」
そう言って、男はチーズを抱えて立ち去った。その背を笑顔で見送るライモンの背越しに、若者がライモンの握りしめている硬貨を覗き込んだ。ライモンは驚いて振り返る。
「なるほど、今のが中銅貨八枚ですか。心得ました」
それから少し考えこむように小首をかしげる。
「ですが、少し安いのではありませんか。私は相場を知りませんが、この辺りの店に比べると、安いように思えるのですが」
ライモンは肩をすくめて背を向け、チーズを並べなおした。
「そうかもな。だが、うちは人手が足りないから、あまり多くは作れないからな。高くすると売れなくなる」
「それならそれで、希少性を喧伝すれば、高くとももっと売れるのではありませんか」
値付けに文句を言われて、ライモンは少しイラっとした。それは、以前からアジロから言われていることでもある。