第2章-10 ライモンとロウゼンと若者と
「好きなように呼べばいいらしい。ただし、名前のような感じでは呼ばないでやってくれ」
後半の条件は、ライモンも知らぬ間に口に出ていた。ぴくりとロウゼンの眉が上がる。不審げなまなざしがライモンから若者へ、そしてライモンへと戻ってくる。
「名前を付けると、ロウ爺が主になるぞ」
冗談めいた口調で、ライモンは言った。その言葉に、ロウゼンのまなざしがさらに剣呑になる。ライモンはそれに肩をすくめてみせただけだった。
「名がないというなら、まあそれはそれで構いませんがね。このような貴族のような華奢ななりで、うちの仕事ができますのか」
「ああ、チーズを売るのには役に立ったぞ」
「チーズを?」
ああ、なるほど、というように、ロウゼンはうなずいた。
「確かに、ご婦人方には受けがよろしいでしょうな、この御仁は。それでは売れたのですね」
「ああ、午後になる前には完売したよ、こいつのおかげでね。まあ、そのおかげで早く戻れたからな」
「そうですね、お帰りは夕方近くになると思ってましたよ。ずいぶんと買い込んで来られたようで」
「ああ、かなり少なくなっていたものもあったからな、補充ができてよかった。ついでに食い物も買ってきたから今日は豪勢だぞ」
「それはそれは。期待しておきましょう」
ロウゼンは荷車の中を軽く覗いて、それから若者のほうを向いた。
「で、この御仁はこき使ってもよろしいんですね」
「ああ。存分にこき使ってやれ」
心得た、とばかりにロウゼンはうなずいた。若者のほうを向くと、にっと笑いかける。
「若いの、儂はロウゼンという。これからよろしくな。名前がわかったら教えてくれ。それまでは若いの、と呼ばせてもらおう」
「よろしくお願いいたします、ロウゼン殿。名前はライモンがつけられたらお教えいたします」
「坊ちゃんが?」
ロウゼンがいぶかし気なまなざしをライモンに投げた。ライモンはそれから逃げるように視線を外す。
「なるほど。では手伝ってもらいたいのだが、ふむ」
ロウゼンが再びじろじろと若者を眺める。だが、先ほどの観察するような視線ではない。
「その前に、その服は着替えたほうがよさそうだが。そんな上等な服を着ているとすぐに汚れるぞ。着替えは何か持っていないのか」
服、と言われて、ライモンも若者を見やった。そう言えば、初めて会ったときから彼は何も持っていなかった。着の身着のまま、ということか。
「服のとこはお気になさらず。汚れても問題ありません。どうとでもなりますから」
「だが、これは絹じゃないか。汚れたら洗濯もできんだろう」
「お気遣いなさらず。汚れても元に戻りますから」




