第1章-2 ライモンとアジロ
ライモンはどんどん人が集まってくる様を眺めていた。彼の側には荷車に板を渡しただけの簡素な机のようなものがあった。その上にはいくつかの種類のチーズが乗っている。彼と母親が作っているチーズだ。さほど数は多くないが、祭りの時などにこうやって売っている。
だが、今日はまだ売れていなかった。国王を見るために集まった人々は、ライモンのような売り手にはまだ興味がなかった。周りを見ても売れているのは飲み物や、小腹を満たすための軽食くらいで、他にもこの人出をあてにして作物などを売りに来たものも、ライモン同様、暇を持て余しているようだ。
「よう、ライモン」
人混みをぬいながら、見慣れた顔が手を上げて近づいてくる。ライモンもまた笑みを返しながら手を上げた。
「アジロ、久しぶりだな」
「だな。お前がもう少しこっちに来ればいいんだが、まあ無理だなあ」
のんびりとアジロが答える。淡い麦わら色の髪に、淡い茶色の瞳、少し丸っこい顔には少しそばかすが浮かんでいる。一張羅なのにどこかくたびれて見えるライモンの服に比べて、糊のきいたシャツに金糸の縁取りの着いた上着と、羽振りの良い商人のいで立ちだった。
この二人が並んで立っているのは、周りからは奇妙に見えた。ふたりの雰囲気が釣り合っていないというか、どちらもまとう空気が違っている。だが、それでもどこかに通うものがあるようにも思えた。
「いつもすまないな。お前のところの場所を借りて」
「ああ、気にするな。それよりも」
そう言って、アジロは机の上を覗き込んだ。いくつものチーズが並んでいるのを見て、満足そうにうなずく。
「ああ、俺の分もひとつ、確保しておいてくれ。お前のところのチーズはうまいからな」
「そういうと思って、ふたつほど取り置いてあるよ。今持って行くか」
「いや、今はいい。あとで取りに来る。だがもったいないよな。もう少し作れるならうちでも取り扱ってやれるんだが」
それを聞いて、ライモンは苦笑した。アジロはそんな彼の肩をぽんぽんと叩く。
「ああ、わかっているさ。そこまで手が回らないってのはな。だが、美味いのは間違いないんだから、俺としては皆に知らしめたいんだよ。実際、懇意にしてる店に少し分けたら、ぜひ欲しいと言われてなあ。本当にもったいないよなあ」
「すまないな、アジロ。母さんとロウ爺にこれ以上負担はかけられないからな」
アジロは諦めたようなため息をつく。
「なあ、うちから人を送るから……」
その言葉を遮るように、ライモンは手を振った。
「前にも言っただろう、これ以上人が増えてもうちはやっていけないって。今がちょうどいいんだよ、今のところはな」
今度はライモンがアジロの肩を叩く。
「俺だっていずれは今よりは広くしたいと思っているぞ。まあ、その時には世話になるよ。お前が嫌だって言ったってな」
アジロは頭を掻くと、やれやれというような笑みを浮かべた。それから、やや真面目な表情に切り替わる。