第1章-18 アジロ、大いに笑う
「ライモン様が私の主であることの、何が問題なのでしょうか。それをお教えいただきたいのです」
「問題じゃないが、問題だろうが。そもそも、俺は貴族じゃない。ただの牧童だ。その時点で守護精が俺を主にする条件から外れているだろう」
「ああ、そのようなことを気にしていらしたのですね」
ライモンの気にしていることを、若者はさらりとかわした。にっこりと微笑んでみせる。
「確かにライモン様は牧童でいらっしゃいます。ですが、それはわが主となるには問題ではありません。それはライモン様もお分かりではないでしょうか」
うっ、とライモンは言葉に詰まった。それを紛らわせるかのように、視線を若者から外す。その眼差しの先に、ふとアジロが映った。
アジロは壁に手をつき、笑いをかみ殺していた。肩が小刻みに震えていて、声も立てず背を向けているのにそれがわかった。それに気づいて、ライモンは声を荒げる。
「アジロ、笑うな」
完全な八つ当たりだと、ライモンにもわかっている。アジロはくつくつと笑いながら振り向いた。目の端にたまった涙をぬぐいながら。
「わ、悪い」
そう言う声がまた笑いで震えている。口ではそう言いながら、悪びれたふうはなかった。
「あんまりにもふたりの会話がかみ合わないから、おかしくって」
ライモンは不機嫌そうに胸の前で腕を組んだ。だが、付き合いの長いアジロはそれを意に介さない。
「まあ、俺としてはお前が守護精さまの主でも悪くはないと思っているよ」
「アジロ、何を……」
「だってそうだろう、俺の知らない王都のお貴族様や、領主館の誰かがなるよりは、お前がなったほうがかなりましだと思うぜ。貴族でもないお前が次期さまだなんて傑作じゃないか。それに、守護精さまだって、貴族じゃなくても構わないとおっしゃっているんだから、別にそれでいいんじゃないか」
「アジロ、お前、他人事だと思って」
「他人事だからな」
あっさりとアジロに言われて、ライモンは脱力した。
「いいんじゃないか、牧童の次期さま。俺たちのことを何も知らない雲の上の人がなるんじゃなくて、お前がなるほうが夢というか、希望があるじゃないか、これが本当でも嘘でも。本当だったらいろいろ問題はあると思うけどな」
「あのなあ、アジロ……」
額に手をつき、ため息をつきつつライモンはアジロに言いかけたその時。
ぱたぱたと石畳に響く足音が聞こえてきた。それはまっすぐに何かに向かうものではなく、あちこちを彷徨いつつこちらに向かってくる。その足音の持ち主がライモンたちがいるわき道を通り過ぎかけて、慌てたように戻ってきた。
「あ、若旦那、こんなところにいたんですか、探したんですよ」