第1章-1 ある晴れた日に
「だから、俺は次期さまなんかじゃない」
怒鳴りつけたが、相手は不思議そうな、少し困ったようにも見える表情で小首をかしげ、こちらを見つめてくるだけだ。
ただただ、ため息しか出なかった。
1.
ポン、ポポン。
小さく弾ける音が頭上でする。
晴れ渡った空に、白い花火の跡が浮かんでいる。浮かれたどこぞの波動師が打ち上げたものだろう。
音につられて空を見上げたライモンは、そう思った。
空は本当に雲一つなく、澄み渡るほど青かった。突き抜けそうなほど高く、明るい光を放っている。それが期待をいっそう膨らませるかのようだ。
「こんな日には、なにか素敵なことが起こりそうじゃない」
母さんなら、きっとそう言うだろう。
元々お嬢様育ちの母はどこかおっとりしたところがあり、時折のんきなことを言う。そして実際、花が咲いていただとか、何かを見つけただとか、些細なことで幸せそうな表情をしている。
特に父が生きていたころは、そんなふうにふたりして笑っていることも多かったが、父が亡くなってからはめっきりと笑顔も減った。そんな様子を見せないようにしているのは、ライモンにはわかっていたが。
だが、確かに母が言うように、今日は何かが起こりそうな、そんな予感めいたものを感じさせる、晴れた空だった。
ライモンは今日のために、朝暗いうちから家を出てきていた。今日、この時のために。
周りは人で溢れていた。これほどたくさんの人を、ライモンは見たことがなかった。
普段は母と二人でこの街のはるか郊外の牧場で暮らしていて、昔から一緒に働いてくれているものが離れにいるほかには、毎朝、牛乳を取りに来るなじみの商人のところの使用人くらいで、それ以外には人に会うこともほとんどない。一か月に一度くらい、隣でライモンよりも広い牧場を営む一家と会うことがあるが、普段はどこかに出かけることもない。
この街に来るのも久しぶりだ。一年に一度くらいは皆で収穫祭に来ることがあるが、それよりも人は多いように思える。
それはそうだろう。
今日はノルカの、この国の国王が来ると言う。そのうわさが流れ始めたのは、一月くらい前だろうか。ライモンもなじみの商人で、子供のころから知っているアジロに聞くまでは、それで街がそのうわさでもちきりだということも知らなかった。
ライモンの住むマンディース地方は王都から遠く南に離れ、なだらかな丘陵がはるかかなたまで続く地方だった。その滋味に富んだ土地を生かして農作や酪農が盛んで、ノルカ王国一の穀倉地帯でもある。
そしてここカルディアは、この地方を治める領主であるミツゲツ家の館のある街で、マンディース地方の中心地でもあった。そのカルディアに近郊から国王を一目見んとて近郊から人々が押し寄せてくる。老いも若きも、男も女も。皆一張羅を着こんで、祭りの時よりも着飾っていた。
マンディース地方に国王が行幸することなど、絶えてなかったことだった。年寄りでさえはるか記憶のかなた、それほど王族など見る機会に恵まれなかった。
ここで遠くからでも国王の顔を見ることができれば末代までの語り草、それに乗り遅れてはならじ、とばかりに数日かがりで歩いてきたものもいるだろう。一家総出できているところもあるだろう。