エルクシアス魔術学院
綴理たちが魔皇国の森を進み始めて少しした頃、聖奈たち勇者一行は王立エルクシアス魔術学院に到着しようとしていた。
「あれが魔術学院………」
「大きいですね。私たちの学校も私立で結構大きかったのに、それよりも数倍大きいです。」
目の前に建ち並ぶ圧倒的なまでの広大な校舎と終わりの見えない敷地に否応なく気圧されてしまう。
「一体どれ程の生徒がここに……」
「これだけ大きいと小さい子から大学生くらいまで通えそうですよね。実際小さな街くらいあるんじゃないですか?」
「そうね。もしかすると校内だけで生活すら出来てしまうんじゃないかしら。」
「凄く楽しみですね!」
「そ、そうね……」
私は期待感よりも不安の方が大きいんだけどなぁ。これくらい楽しめる心の強さと余裕が欲しい。
内心そんなふうに考えて溜め息を吐きつつ馬車に揺られること数分、私たちは遂に魔術学院寮の前に到着した。順番に馬車から降り、案内に従って次々に中へと入っていく。暫くして自分の番が来た為、荷物を背負い馬車から降りて寮内に足を踏み入れた。
「私の部屋は五〇七号室ね。」
事前に資料と共に配られていた部屋の鍵を手に階段を登っていく。階段が途切れたところで、私は自室へと続く廊下へと進路を変える。私の部屋は最上階の一番奥の角部屋だ。色々とバレないように動きたかったから、他の人との接触が少なく済む配置なのは都合が良い。
「ここね。」
少しの緊張感と共にこれから長くお世話になるであろう自室のドアを開く。そして目にした光景は、
「広すぎない!?」
城にいた頃よりも遥かに大きな部屋だった。というか城では一部屋だけだったのに、今見ている部屋にはいくつか他の部屋に続いているであろう扉が見えている。すぐさま中に入り入口のドアの鍵を閉めて中を確認する。
「トイレにお風呂、それにキッチンまで完備されてる。ここだけで生活出来るようになってるんだ。」
寮自体の大きさからある程度予想はしていたけれど、実際に目の当たりにするとあまりにも違った。正直ここまでしっかりした造りだとは思っていなかったのだ。精々ただ広いだけの部屋があるだけだと思っていたから驚きが隠しきれない。
これはここでの生活について考えを改める必要がありそうね。綴理君が迎えに来るまで待つだけの部屋のつもりでいたけれど、中々便利みたい。せっかくだから存分に使わせて貰いましょう。
それからは、背負っていた最低限のものしか入れていない荷物を奥にあったクローゼットにしまい、再びの集合時間に間に合うように服装その他諸々の準備を整えた。
「あとは、時間になったら講堂に行くだけね。」
私は暫くの間部屋を細かく見て回り時間を潰した。
「あ、そろそろかな。えっと校内図だとこの辺りだよね?広過ぎて迷いそうだなぁ。」
時間が来たので部屋から出て講堂へと向かう。少しして、なんとか迷わずに辿り着くことが出来た。集まった先では勇者達の他に見覚えのない、おそらくこの学院に元々通っている生徒であろう集団が見られた。きっとこれから共に学校生活を送るクラスメイトとなるのだろう。
上手く馴染めるだろうか。そんな不安もあるが、実際に関わってみるまでわからないことなので、今は余計なことは考えずただ会長として堂々とした姿勢を維持することに全力を注ぐことにした。
程なくして、勇者全員が集まったようで集会が始まった。まずは今回の集会の目的についての話。それは当然私たち勇者がこの学院に編入することの周知だ。学校長らしき人が今回の経緯について軽く説明し、配属されるクラスが発表された。生徒たちの様子を見た感じ、事前に噂程度の情報は得ていたようで、何処か納得したような顔をしていた。
それから私たちに向けた授業内容や生活システムの簡単な説明がなされたあと、解散となった。こういう場だといつも私が壇上に上がって何か話さなくてはならないから、それが無いのはありがたかった。
自室に戻って来た私は少し大きめのベッドに横たわり、一息ついた。
「明日からは普通に登校かぁ。前の学校とは違って築いてきた信頼が無いから上手くやれるかすっごく不安だな。……………はぁ、悩んでても仕方ないか。取り敢えず明日からスムーズに動けるように今日のうちに色々と回って下見しておかないと。」
気合いを入れ直してベッドから起き上がり、再び自室のドアを開けて外に出た。そして階段を降りて寮を出ようとしたところで後ろから声がかかる。
「あ、会長。校内見学行くんですか?だったら私も一緒に回らせて下さい。」
「四季さん…」
声を掛けたのは、食事中や馬車の中でも一緒にいた彼女だった。なんだかんだいってこの娘の明るさには助けられている。今も少し心細さを感じていたところだったから正直声をかけてもらえたのはありがたかった。
「貴方もこれから?」
「はい。これだけの広さですからね、先に見ておかないと絶対に遅刻する自信があります。なので今から見学に行こうかと思って。会長もなんですよね?だったら一緒に行きませんか?」
「そうね。一緒に行きましょう。」
「決まりですね。」
やっぱりいつでもこの娘は元気だなぁ。本当これくらいの性格だったら会長でいるのも楽なのにな。
「まずは何処から行きます?やっぱり教室からですかね。」
「それが良いんじゃないかしら。そういえば貴方はどのクラスに行くことになったの?」
「私はCクラスですね。平均的なステータスなので、クラスも平均的です。会長は特殊職業ですからSクラスですよね。同じクラスになれないのが残念です。」
「やっぱり私たちの配属先は覚えられてるのね。」
「当然ですよ。勇者と賢者と聖女は私達からしても特別な職業って認識ですから。実際ステータスも結構違いますしね。」
………実は聖女じゃなくなったんだけどね。一応念の為綴理君と共有したスキルでステータスを偽装してあるから見た目としてはそのままなんだけど。それと、
「普通に考えたらそうよね。でも私達は特別なんかじゃないのよ。普通じゃない人が身近にいるからそれがよく分かる。今の私達じゃ彼らの足元にも及ばない。」
「彼らって?」
「この指輪をくれた彼とその家族のことよ。」
「会長の彼氏さんですか。それと家族っていうのは?」
「彼の彼女たちよ。」
「え?それってその彼は会長の他にも付き合ってる人がいるってことですか?」
「ええ。」
「会長はそれでいいんですか?普通だったら浮気じゃないですか!」
彼女は少し嫌悪感を滲ませた表情でそう言った。それに対して私は何でもないような顔をして言葉を返す。
「そうかもしれないけれど、彼にはそれが許されるだけの魅力も力も覚悟もあるから。それに、元々他に付き合ってる人がいるのが分かった上で告白したのだし。」
「え?そうだったんですか?じゃあその彼女さんたちとは上手くいってるんですか?」
予想外の答えが帰ってきたことで、彼女は少し混乱しつつそう聞いてきた。
「ええ。とても仲良くして貰ってるわ。本当に良い娘たちで私としても家族のように思ってる。」
「彼の取り合いにはならないんですか?」
確かに普通の男性と付き合っているならそうだろう。でも、
「ならないわ。だってあそこまで尽くしてくれる人にこれ以上を求めるなんて申し訳ないもの。」
「尽くすって……」
「本当に全てをかけて尽くしてくれているわ。多分私たちの誰かが死んだとしたら、その前にまず彼が死んでいる。命すらも当然のようにかける。それくらい、彼は文字通り全てをかけて大切にしてくれているのよ。それが彼の生き方だから。」
私はあまりにも尽くし過ぎて少し心配になる最愛の彼を思い浮かべながら、その姿をなぞるようにそう言った。
「そこまでなんですね。それなら複数彼女がいても良いんじゃないかって気がしてきました。まあ日本が一夫一妻制だっただけですしね。場所が変われば常識も変わりますし、狭い常識にとらわれない人ってことですよね。なんだかますますその彼に会ってみたくなりました。学院ですれ違ったりしませんかね?」
「う〜ん。どうかしらね。今度会えないか彼に聞いてみるわ。」
「お願いします!その彼に会って話を聞いてみたいです。」
「許可が貰えたらすぐに教えるわ。」
「はい!」
そうして色々と話しているうちに、私たちが授業を受ける予定の教室が並ぶ校舎に着いた。
「ここね。」
「そうみたいですね。やっぱり広いなぁ。」
「私たちの教室は三階だけれど一階から順に見ていきましょう。」
「そうですね。食堂とかもあるみたいですし。色々と見ていきましょう。」
それからは順に校舎内を見て回った。途中、同じく下見に来ていた生徒たちとすれ違ったりしつつ、殆どの場所を回りきった。そしてせっかくだからと食堂を利用して夕食を食べたあと、そろそろ寮に帰ろうかというところで授業終わりらしき生徒の集団に声をかけられた。
「君たち編入生の娘だよね。僕はSクラス所属のガレン・リントガルトだ。うちのクラスはちょっと特殊でね、そこについてそっちの娘に話しておきたいことがあるから少しついてきてくれないかな。勿論二人で来てくれて構わないよ。」
確かにSクラスは特別なクラスで特別なカリキュラムがあるという話だったから、その点について何かあるのだろう。そう考えた私たちはにこやかな笑みを浮かべた彼に言われるまま、その後ろをついて行った。
それから暫くして、私たちは一つの部屋に連れて来られた。私たちが部屋に入った瞬間、部屋の鍵が閉められる音がした。
「え?」
「さて、よくここまでついてきてくれた。」
「どういうつもりかしら。」
「どうって。言った通りお話をしに来たんじゃないか。」
そう言って笑うガレンの周りには、一緒に来た人数以上の男子がいた。さらに私たちの後ろ、即ちドアを塞ぐ形でまた数人の男子が私たちを取り囲んでいた。
「会長、これって……」
「ええ、どうやらそういうことみたいね。」
「どうしましょう。」
「安心して。ちゃんと助かるから。それに、貴方にとっては念願が叶う良い機会になるかも。
」
「え?」
「まあ取り敢えず大丈夫だから。」
そう言って私はこの集団の中心人物であるガレンに目線を向ける。
「お話は終わったかな?この状況でも随分と余裕そうだけど、ここにいるメンバーは選りすぐりの強者だよ。君達でどうにか出来るとは思わないんだけど。」
「そうかもしれないわね。」
「じゃあ大人しく言うことを聞いてもらおうかな。」
「お断りよ。」
「まあそうだろうけど、それならそうで力ずくで聞かせるまでだよ。」
ガレンがそう言うと同時に、周囲の男子たちが一斉に私たちに迫ってきた。
「会長……」
「大丈夫だから。私を信じて。」
「でも……」
「もうすぐだから。……ほら。」
「え?」
瞬間、私たちを取り囲むように暴風が巻き起こった。
「なんだ!?」
「何が起こってる!ここでは俺たち以外に魔法は使えないはず!スキルか?」
突然のことに、迫って来ていた男子達が足を止める。それと同時に、彼らのものではない聞き慣れた柔らかい声がした。
「またぎりぎりでごめんね、聖奈。」
「いいよ、ちゃんと来てくれたんだから。」
「ありがとう。取り敢えず先に片付けちゃおうか。」
そう言って最愛の彼、紡詞綴理は私に向かって優しく微笑んだ。
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