愛って
気持ちと表情を引き締めて、僕はまだ誰にも話したことの無い、家族とのことを話し始めた。
「まず、別に虐待を受けてた訳じゃない。これは確かだよ。ただ単に愛情が無かっただけなんだ。僕の父親はそもそも家に殆どいなくて、偶に顔を合わせても特に何も話さない関係だった。単純に子供に興味が無かったんだよね。」
「そういう人も確かにいますね。でも母親はそうではないんですよね?」
「うん。ちゃんと話しはするし、傍から見たら普通の親子だったんじゃないかな。僕も途中まではちゃんと愛されてると思ってたんだよ。」
そう言って僕は過去を振り返るように遠くを見つめる。
「途中までは?」
「そう、途中までは。僕の母親はとても教育熱心だった。勉強が出来たら褒めてもくれたし運動でも一番になったら喜んでくれた。いつもかわいいかわいいって口癖の様に言ってたな。」
幼い頃の生活を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「それだけ聞くと普通に愛されてるよね。」
「うん。だから僕も最初はそうだと思ってたんだよ。でも違った。僕が初めてテストで二位になった時、急に態度が変わった。具体的には言わないけど、存在を全否定されたね。優秀ではない子供はいらなかったみたいだ。あの人は自分の子供を優秀にしたかったんじゃなくて、優秀な子供を生み出した母親になりたかっただけだった。それまで可愛がっていたのは僕じゃなくて、僕の能力だったんだ。それまで愛されてると思っていた分ショックは大きかった。そんなことなら最初から希望なんて持たせないで欲しかったよ。まあそれはいいや。それでその後成績も戻ってすぐにまた機嫌は良くなったけど、愛されてるって感じることは無くなった。そのからずっとそのままで、愛って何なのかよくわからなくなった。」
話しながら僕は母親の顔を思い出す。僕の方を見ているようで全く別のものを見ているあの目を。きっと母親にとって僕は可愛がりたい時に可愛がるだけのペットと同じだったんだろう。端から愛する気なんて微塵もなかったんだ。
「まあ、こんな感じかな。何処にでもあるような話だよ。そんな訳で僕は言葉と出逢うまで、本当の意味で愛されたことは無かったんだ。だから僕はきっと誰よりも愛に敏感で、誰よりも愛されたくて、誰よりも愛したい、そう思いながら毎日を過ごしてる。前向きになれたきっかけをくれた言葉には本当に感謝してるんだ。だから何度だって言える」
一呼吸おき、改めて僕を見据える言葉の瞳を見つめ返して言葉の糸で想いを紡ぐ。嘘偽りない気持ちを織り交ぜて。
「言葉、出逢ってくれて、好きになってくれて、愛してくれてありがとう。これからもずっと大好きで、心の底から愛してるよ。」
言った瞬間、自然と笑みが溢れた。あぁ、言葉って凄いな。自分の気持ちを形にしたはずなのに、その言葉からさらに気持ちが溢れてくる。……やっぱり僕は、言葉を愛してる。
「こちらこそだよ。でも、そっか。綴理くんが私に好きだけじゃなくて愛してるって言ってくれるのはそういうことだったんだね。」
「うん。僕自身が愛してるって言ってもらったことが無かったから、どうしても言葉にしたかったんだ。しっかりと、言葉と態度でかたちにしたかったんだ。」
僕は、そこまでしてもらわないと不安になるから。
「じゃあ私からもかたちにしなきゃね。」
「えっ?」
気が付くと、言葉の顔が目の前にあった。そのまま口を塞がれる。
「んっ。んっ、んんっ、んむっ…んっ、んあっ…んんっ………………」
いつにも増して積極的なキスに、ただただ翻弄されるばかりだった。
どれだけそうしていただろう。言葉がゆっくりと名残惜しそうに唇を離した。長く唇を重ねていたからか、離れていく唇の間に煌めく橋が伝っていた。
「私だって負けないくらい綴理くんを愛してるんだよ。ちゃんと、伝わったかな。」
そう言って微笑む言葉の表情からは、溢れんばかりの愛が感じられた。本当に、言葉は僕の欲しいものをくれる。こんなことされたらもう一生大切にしたくなるじゃないか。
言葉を抱き締めて答えを返す。
「伝わった。僕は、幸せ者だな。」
この嬉しさは、心の内にとどめておくには大き過ぎたみたいだ。入りきらなくなった気持ちが、涙になって瞳の端から次々と溢れてくる。
「あれ?だめだな、とまらないや……」
僕は暫く言葉に背中を擦られながら泣き続けた。こんなに泣いたのは言葉と恋人になったあの夜以来だ。
やっぱり知って欲しかった過去の自分を知ってもらえたからかな。それでいて愛してるって言ってもらえたからかな。
でも、理由なんて今はいいや。大事なのは今、僕が最高に幸せだってことだ。
「また、格好悪いとこ見せちゃったね。言葉の前では変に自分を取り繕えなくて。」
「いいんだよ。普段頑張ってる分、私の前ではそのままの綴理くんでいて。」
「……うん、そうさせてもらうよ。」
互いに見つめ合い、そして笑い合った。
「なんか、羨ましいですね。いつか私もコトハさんみたいになれるんでしょうか。」
隣でティアが少し寂しそうに抱き合う僕たちを眺めてそう呟いた。それを聞いた言葉がティアの方に向き直って口を開く。
「なれるよ、きっと。ティアがツヅリくんを愛してあげれば、ツヅリくんは必ず愛してくれる。仮面越しじゃない、本当の自分を見せてくれるよ。それに、気付いてる?」
「何を、ですか?」
言葉の問いに、ティアが眉を顰めて首を傾げる。
「ほら、今だってティアの前で自分の弱さを見せてくれたでしょ。ツヅリくんが私以外の人の前で泣いたのはティアが初めてなんだよ?普段のツヅリくんは私が隣にいたとしても絶対に涙なんて流さないんだから。」
「確かに、今のツヅリさんを見るまでは完璧で強い人だと思ってました。それこそ泣いてる姿なんて想像出来ないくらいに。」
「ねっ。だからティアはもう結構ツヅリくんに信頼されてるんだよ。私としては、出逢ってまだ少ししか経たないうちにそんなに信頼されてるティアが羨ましいくらい。」
「そうですか……そう、ですね。それならもっとツヅリさんを愛します。コトハさんに負けないくらいに。そしていつかコトハさんがいない時でも弱さを見せてもらえるくらいになってみせます。」
「うん、一緒にツヅリくんをいっぱい愛してあげようね。それでいっぱい愛してもらおう。」
「はい。」
「じゃあ、早速だけど……」
そう言って言葉は僕の方を見た。
「えっ、と?」
ちょっとまって、この顔は…
「ごめんね?さっき泣いてる綴理くんを見てたら可愛く思えてきて。」
「えっ、えっ?」
ついこの前も見たような気が…
「実は私も。最初のイメージとのギャップで余計に可愛く見えて。」
思わず後退ったその背中側からも声がした。振り返った先には、言葉と同じ表情をしたティアがいた。
「えっ?」
前から言葉に、後ろからティアに抱き締められた。そして左右の耳元でそっと囁かれる。
「綴理くん………」
「ツヅリさん………」
「「いっぱい……愛されて?」」
僕は二人に押し倒された。身体の左右をがっちりと押さえられて、身動きがとれない。そのまま見事な協力プレイで全ての服を取り払われた。
「ちょっとまって、落ち着こう二人共。ね?」
僕は冷や汗をかきながらも二人を落ち着かせようとしたんだけど、
「だ〜め。諦めて、可愛がられてね?」
言葉は許してはくれないようだ。瞳が妖しい光を放っている。
「あれ?言葉ってそんな感じじゃなかったよね?」
僕の知る言葉はもっとおとなしかったはずだ。確かに例外もあるけど。
「だって、あんなこと聞かされたら、もっと愛してあげたくなるよ。」
「そうですね、私でさえ拐われるまではちゃんと両親に愛してもらってましたから。せめてご両親の分まで愛してあげたい。」
二人は妖艶な空気を放ちつつ、母性を感じさせる微笑みを僕に向けていた。
……その表情はずるいだろ。そんな風に笑いかけられたら、全てを委ねてしまいそうになる。
「分かったよ。………いっぱい、愛してください。そうしたら、僕もいっぱい愛し返すから。」
その言葉は、言葉とティアを押しとどめていた最後の枷を取り払った。
「じゃあ。」
「はい。」
「綴理くん……」
「ツヅリさん……」
「「愛してる。」」
僕はそれから今まで感じたことの無い程の快感と多幸感を感じながら、意識がミルクの海に沈みきるまで愛され続けた。
愛されてるって、本当に幸せだ……




