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独りにはしない

 ふと誰かの泣き声が聞こえ、目を覚ます。声の方に目を向けると、ゴブリンの巣から助け出し、ここまで連れて来た少女だった。いきなりのことで最善策はすぐに見つからなかったけれど、取り敢えず声を掛ける。


「どうしたの?辛いことでも思い出した?僕で良ければ話してくれないかな。何か力になれることがあるかも知れないから。」


 その声に反応し少女が僕の方を見る。そして、


「うわぁぁぁぁぁん!」

「わっ!」


 少女が僕の胸に飛び込んできた。咄嗟に抱き留めて、少女を見つめる。泣き止む気配はなさそうだ。これはとことんまで付き合ってあげるしかないな。


「よしよし。思いっ切り泣こう。すっきりするまでずっとこうしてるから。」


 そう言って僕は彼女の背中をさすりながら頭を撫でる。泣いている時はこうするのが一番だ。



 暫くして彼女が泣き止み、すっと僕から離れた。


「すみません、落ち着きました。」

「っ!」


 驚いた。あれだけ話しかけても一切言葉を発さなかった彼女が話している。何か精神的に変化があったのか。取り敢えず話せる様になって良かった。


「良かった。話せる様になったんだね。ゆっくりでいいから君の事を教えて欲しい。」

「分かりました。私の名前はティア。魔族です。」

「っ!魔族か。」


 この世界に来てから初めての魔族だ。見た目は普通の人間と変わらないみたいだな。いずれ魔皇国にも行くつもりだから、少しでも情報が欲しいな。


「はい。魔族はお嫌いですか?」


 彼女は不安そうにこちらを見つめている。じっくり見つめ過ぎたか。ちゃんと不安は取り除いてあげないと。


「いいや、僕は種族に関しては全く気にしないよ。寧ろ種族のみで人を判断する人は嫌いだ。」

「そうですか、良かった。」


 とてもほっとした表情の彼女。これで最初の壁は無くなったかな。


「うん。それじゃあゆっくりでいいから続けて。」

「はい。お気付きかと思いますが、私は奴隷です。元々は魔皇国にいたのですが、盗賊に誘拐されてこの国の奴隷商に売られました。」

「奴隷、か。」


 予想はしていたけれど、聞きたくない単語が出てきたな。この流れだとこの先は酷くなりそうだ。心を強く持とう。


「はい、奴隷です。奴隷商では食事とも言えないようなものを少量出されただけで、後はずっと檻の中で家畜以下の扱いを受けていました。そこから貴族に売られ、その家ではただひたすら暴力を受けるだけの日々を過ごしました。段々と気力が削られて、いつしか何も感じなくなって、それがつまらなく感じたのか気が付くとあの洞窟に捨てられていました。そこからゴブリンに見つかり奥まで運ばれ、その後はご存知の通りです。」


 やっぱりこうなったか。こういう話は出来れば聞きたくなかったな。どうしてもイライラしてしまう。今の僕には何も出来ないのに。取り敢えず今はこの苛立ちを抑え込んで話を続けよう。


「嫌なことを話させてしまってごめん。」

「いえ、ずっと誰かに聞いて欲しかったので。今はとてもすっきりしています。」


 そう言って笑う顔は確かに明るい表情を見せていた。


「そっか、それなら良かった。それで、君はこれからどうしたい?」


 ここは大事な所だ。返答次第では言葉と話し合う必要が出てくる。


「私は、魔皇国まで行ってみようかと思います。辿り着けるかは分からないですが、やれるだけやってみようかと。」

「一人で?」

「これ以上お世話になる訳にはいきませんから。」


 やっぱりそのつもりか。でも、僕としてはそういう娘は見捨てる訳にはいかない。このまま行かせたらどう考えてもすぐに死んでしまう。そんなこと僕は望まない。


「分かった。それなら少しだけ待っていて。」

「?……はい。」


 ティアを一度待たせた僕は言葉の方に向き直り耳元に口を近付ける。


「言葉、多分起きてるよね?」

「……うん。流石に横で大泣きしてたら目は覚めるよね。それで起きたはいいけど出ていくタイミングが分からなくて。ごめんね。」

「いや、いいんだ。そのまま聞いて。」

「分かった。」

「今聞こえてた通り、ティアが一人で魔皇国まで行こうとしてる。このままだと確実に死ぬか前の生活に逆戻りする。だから……」

「勿論いいよ。やっぱり放っておけないよね。綴理くんならそうしようって言うと思ってた。」

「流石言葉。そういう所、大好きだよ。じゃあ僕の方から持ちかけてみるよ。」

「うん、お願い。あの娘、綴理くんを相当信頼してるみたいだから。」

「任せて。」


 そうしてまたティアの方を向き、提案する。


「もし、良ければなんだけど、僕たちと一緒に来ない?」

「えっ、それって。」

「うん。僕たちもいずれ魔皇国には行こうと思ってたんだよね。だから君さえ良ければ一緒に行かない?」

「でも……」

「彼女にも許可は貰ったよ。奴隷になったままだと一人じゃ生きていくのは難しいよね。お金も持ってないでしょ?このまま君を送り出したらきっとまた酷い目に遭う。僕たちはそんな人を見たら放っておけないんだよ。」

「私には貴方方にお返しできるものが何もありません。」

「そんなこと考えなくていい。これは僕たちが単に君にかまいたいだけ。僕たちが君に頼んでるんだ。だから、僕たちが君にしてあげることはあっても君からしなきゃいけないことなんてないんだよ。」


 そう言ってティアの瞳を真っ直ぐ見つめる。

   

 ティアは俯いて何か考えてはこちらを見たりと迷っているようだった。


 でも、迷っているってことは嫌ではないってことだよね。それなら最後の一押しだ。ティアを見ているうちに気付いた彼女の想いに訴えかけよう。これをやるのは恥ずかしいし、彼女の気持ちを利用するみたいでずるいと思うけど。


 すっとティアに近付いて、至近距離でティアの瞳を覗く。その奥の感情まで見える様に。


 ティアの顔が一瞬にして朱に染まった。


 そのタイミングでティアの顎にそっと手を添え軽く持ち上げて、


「ティア。」

「は、はい。」

「君にバッドエンドは似合わない。絶対に幸せにしてみせるから、僕のものにならないか?」

「あ……あうぅ」


 やばいな。めっちゃ恥ずかしい。でも、ちゃんと効いたみたいだ。ティアはさらに顔を赤くして両手で顔を覆っている。


「どうかな?」


 もう一度尋ねてみる。


「そんなこと言われてしまったら断れないじゃないですか。沢山迷惑をかけると思いますが、これから宜しくお願いします。」


 そう言って頭を下げた。


 良かった。


「うん、よろしく。改めて、僕はツヅリ。」

「私はコトハだよ。これから宜しくね。」


 上手くタイミングを見つけて起きてきた言葉と共に自己紹介をする。


「はい。ツヅリさんとコトハさんですね。これからお世話になります。ところで、これだけはお聞きしておきたいのですが、お二人は、その、そういうご関係なのですよね?」


 ティアが確認する様に尋ねた。


「そうだよ。コトハと僕は付き合ってる。ちゃんと結婚まで考えてるよ。」

「うん。ツヅリくんとはずっと友達で、一月前に恋人になったんだ。」


 それに対して僕たちは正直にそう答えた。すると、


「私はお邪魔ではないでしょうか。やっぱり二人きりの方が色々と都合が良いのでは。」


 やっぱり気にしちゃうよね。僕としてはさっき幸せにするって言っちゃったからティアのことも受け入れるって意味で捉えられてもしょうがないと思ってるんだけど。こればっかりは言葉がどう思うかだから。


 そうして言葉の方を見る。その視線を受けて言葉が微笑んだ。


「大丈夫。私は気にしないよ。確かにもう一人増えちゃったらツヅリくんを独り占めする時間は減っちゃうけど、それでもツヅリくんは私のことを全力で愛してくれるって知ってるから。だから一緒に愛してもらおう。今までいっぱい辛い思いをした分、今度はいっぱい幸せになろう。ツヅリくんなら私たち二人共、ちゃんと愛してくれるよ。」


 言葉がそう言った。本当に言葉はいい娘だ。本来日本にいたなら絶対に許されないことなのに、ここまで全面的に受け入れてくれるなんて。しかも僕にとってとても嬉しいことも言ってくれた。ここまで言われてしまったら期待に応えたくなるじゃないか。


「言葉、ありがとう。愛してる。」


 湧き出した感情そのままに言葉を抱き締めてキスをした。


「んっ!んんっ、んむぅ……ぷはっ。綴理くん、いきなり激しいよ。」


 言葉が半分蕩けた顔でそう言う。


「ごめん。言葉の言ってくれた事が嬉しくて、止まれなかった。」

「もう、ティアが見てるよ?」


 横を見るとティアが顔を真っ赤にして手で覆いつつ指の隙間からこちらを見ていた。


「そうだね。どうしようか。」

「う〜ん、ティアにもしてあげたら良いんじゃないかな。これから大切にするって意味も込めて。」

「分かった。ティア。」

「は、はい!」

「おいで。」

「っ!はい…」


 ティアがおそるおそる僕に近付く。そして僕の目の前に座りじっと僕の目を見つめる。彼女の持つ紫色の瞳は潤み、宝石の様に美しく輝いていた。僕はその瞳と同じく紫がかった髪を優しくすき、そのままティアを抱き寄せた。


「あっ。」

「力を抜いて、僕に任せて。」

「……はい。」


 ティアの身体から力が抜け、全身を僕にあずけてきた。よし、これなら大丈夫。


「ティア、君の事を全力で幸せにする。全力で愛する。だから君も僕のことを愛して欲しい。」

「はい。私も全力でツヅリさんを愛します。」


 見つめ合った僕たちは互いに顔を近付けていって、そのままそっと唇を触れ合わせた。


「んっ。んんっ、あっ、んっ……はぁ。」


 初めは少しぎこちなかったティアも段々とかたさがとれていき、最後の方は自らすすんでキスに没頭していった。


 少しして、ゆっくりと唇を離す。


「キスってこんなにも満たされるものなんですね。」


 蕩けきった表情でティアはそう零した。


 満足してくれたようで良かった。


「そうだね、キスをしてると相手の顔が凄く近くにあって、普段は見過ごす様な細かい表情に気付けるんだ。そうすると自分がどれだけ想われているかってなんとなく感じ取れるんだよね。それは僕みたいに心を読める人じゃなくても。」


 そう言うと、


「え?ツヅリさんは心が読めるんですか?」


 ティアが目を丸くした。


「うん、まあ。そういうのは元々得意だったんだけど、それが出来るスキルが発現してね。」

「それじゃあもしかして私がツヅリさんを好きになっていたことも最初から気付いて?」


 ティアは少し赤面していた。まあ最初から気持ちがバレてたとしたら恥ずかしいよね。でもそうじゃないんだ。


「最初からではないかな。話してるうちに段々そうかなって思うようになった。スキルは使ってないけど、素の状態でも結構分かるんだ。ティアの気持ちが強かったから尚更ね。」

「そうだったんだ。でも結局は気付かれて……じゃあツヅリさんがあんなことをしたのは」


 恥ずかしい台詞のことだよね。


「ティアの気持ちを利用するようであまりしたくはなかったんだけど、どうしてもティアを一人にしたくなかった。あのままだったらきっとティアは報われない。誰かを幸せに出来る力が自分にあるなら、それを使わないなんて僕には出来ないよ。」


 元来、僕は悲劇が嫌いなんだ。人生はハッピーエンドの方が良い。


「そうですか。ツヅリさんはやっぱり優しいんですね。」

「僕はやりたいことをやってるだけなんだけどね。ティアのことを受け入れるって決めたのもただ君を救いたかったからってだけじゃないんだよ?」

「そうなんですか?」


 ティアが首を傾げる。


「ティアは僕に好きだって気持ちを向けてくれた。しかもとても強く。それはもう愛といってもいいくらいに。だから僕は愛を返したいと思ったんだ。正直なところ、純粋な愛情を向けられると弱いんだよね。言葉と出逢って初めて貰ったものだから、まだ慣れてないんだ。」

「コトハさんと出逢ったのはいつなんですか?」

「高校二年で初めて同じクラスになったから、まだ半年くらい前かな。」

「思ったより最近なんですね。お二人はずっと長い間一緒にいたのかと思ってました。でもそれじゃあ半年前まで愛情を貰ったことが無かったんですか?」

「そうなるかな。」

「もしかしてご両親がいなかったり…」

「いや、ちゃんといたよ。ただ、愛されてはいなかったね。」

「聞かせてください。ツヅリさんのこと、ちゃんと知っておきたいんです。」


 ティアは真剣な目で僕を見つめた。


「私も聞かせて欲しいな。詳しくは私も聞いたことなかったから。」


 隣で会話を聞いていた言葉も僕に目を向ける。


 そこまで真剣に聞いてくれるなら、


「よし、じゃあ話そうか。今の僕がこうなった経緯を。ここまで愛に拘る理由を。」

次回、綴理の過去。

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