バイタシアでの新生活
その宿は事前に調べた通り、風呂、ベット、防音設備の条件をしっかり満たしていた。その分多少値は張ったけれど、最近は討伐依頼で稼げていたので問題にはならなかった。
「ホテル・リグラシアスか。良い宿だ。内装も綺麗で落ち着きがあるし、家具の質も良い。そして防音と。一泊八五〇〇エルクするだけはあるな。」
「そうだね。最初に聞いた時は高いと思ったけど、実際に見てみると納得だよ。取り敢えず一月はここに泊まって活動するんだよね?」
「うん。一月だと割引含めて二人で四八万だね。こう見ると結構するけど、今の僕たちなら問題ないよね。Dランク冒険者って思ったより稼げるし。」
「流石に一括で前払いしちゃったから心配ではあるけどね。」
「まあその分はこれから稼げば良いってことで。『超回復』があるお陰で働けなくなる可能性が殆ど無いのもあるし。」
「そういう事言ってると変なフラグ立っちゃう気がするんだけど。」
「大丈夫、慢心してる訳じゃないから。ちゃんと色々考えて判断してるんだよ?その中で生活基盤を安定させる事を最優先にしただけ。」
「まあそうだとは思ってるんだけど、最近は全部が上手く行き過ぎててどうしても何か起こるんじゃないかって心配で。」
「そうだよね。じゃあ少しでも早く言葉を安心させられるようにならないといけないな。その為にも早速依頼を受けてこようかな。」
「もう休憩はいいの?なんなら今日は休みでもいいのに。」
「その方が楽なんだけど、この街の下見の意味も込めてかな。やっぱり情報収集はしておかないと。」
「私はどうしよう。私だけゆっくりするのもなんか申し訳ないし。かといって今はまだ足が動かないんだよね。」
「気にしないで。言葉がゆっくり出来るように僕が動くんだから。ここでしっかり休んで、僕が帰ってきた時に温かく迎えてくれればいい。それだけで十分頑張る理由になるから。」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、甘やかされ過ぎてる気がするんだよね。このままだといつかダメ人間になっちゃいそう。」
「自覚してる限りはそうはならないよ。言葉は必要だと思ったら僕が言わなくても動いてくれるでしょ?だから心配してないよ。」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えてゆっくりさせてもらうね。綴理くんは気を付けて行ってらっしゃい。」
「うん、行ってきます。」
言葉に笑顔で送り出してもらった後、僕はまず沢山の店が並ぶ大通りへと足を運んだ。
そこでは食品や生活用品を売っている店、武器や防具、魔道具を売っている店などが遠くまで連なっていた。なかにはエルカシアでは見られなかった様なアクセサリーを売る店や、高級感溢れる洋服店、見た目重視のランジェリーショップなども見つかった。比較的値の張るものも多く、流石商業の街という感じだ。
ここまで色々揃っているなら言葉もきっと喜ぶだろう。まあ値段は少し気にしそうだが。
まあその分くらいは稼ぐさ。言葉の笑顔の為なら全く苦ではない。寧ろ生き甲斐と言っても過言ではないかも知れない。あぁ、これが貢ぐ人の気持ちなのか。まぁ言葉はその分何か返そうとしてくれるから貢ぐというのはなんか違う気がするけども。
まあいいさ、そんな事より情報収集の続きだ。日用品系と高級品系の品揃えや品質、価格帯は把握出来た。あとは武器系だな。行ってみるか。
そんな訳で、武器屋に足を踏み入れた。
おお!グラートさんの所は厳選された物を適度にって感じだったけど、こっちは物量が圧倒的だな。ある程度の質の量産品が手頃な価格で売られている。それと奥の方には恐らく高級な一点物の武器が置かれているブースもあるみたいだ。これは幅広い顧客層を持っていそうだな。良い店だ、いつか奥のブースにも行ってみたいな。当分先にはなりそうだけど。
「よし、大体分かった。次に移ろう。」
そうして近くの魔道具店へと足を運んだ。
結論から言うと、武器屋と同じ感じだった。
まあそうなるよね。ここ一帯は大きな店ばかりだから客のタイプも同じだし、同じ様な売り方にもなる。予想通りではあるな。
「よし、次。」
今度は裏通りの隠れた名店を探す事にした。これだけ広ければ一軒くらいはある筈だ。
「『鑑定』に反応は……あった。やっぱり便利だな。検索機能みたいに使えるようになったのは大きい。試行錯誤した甲斐があったよ。」
そうして見つけた店に行ってみたのだが、生憎と今日は閉まっていた。また今度だな。
最後に冒険者ギルドに向かった。どんな街にも冒険者ギルドはあるもので、少し歩いたらすぐに見つかった。中に入ってみた感じ、エルカシアと変わらなかった。ただ、圧倒的に馬車の護衛の依頼が多い事は掲示板を一目見て分かった。商業の街らしいな。いずれ受けてみよう。それよりも今は手っ取り早く稼げる討伐依頼だ。
「何か良いのはあるかな。お!これなんか良さそう。」
掲示板の中から見つけたのは、レギオンウルフの討伐依頼だった。
やっぱり馬車の道中では邪魔になるもんな。戦い慣れてる相手だし、ちょうど良い。軽く運動がてら受けてこよう。
という感じで記載された場所に向かい目的の魔物を見つけたんだけど、
「なんかエルカシアのより大きいよな。気の所為……ではなさそう。まあでも関係無いよね。結局やる事は変わらないんだし。」
当初の予定通りレギオンウルフ用の戦闘手順で討伐を開始した。まずは群れの頭を探す事から。レギオンウルフはその名の通り群れになって人を襲う。でもその要となるのは群れの頭の指示なので、頭を倒してしまえば連携も何も無い個の集まりになる。そうなったらあとは簡単で一匹ずつ確実に倒せば良い。
という訳で、戦い方が決まっているのもあってすぐに倒しきることが出来た。こんなものかな。
「あとは証明部位を回収して。うん、帰ろうか。」
手早く回収を終えた僕はすぐにギルドに向かい、依頼の完了報告をした。
「レギオンウルフの群れの討伐ですね。十三体なので、一九五〇〇エルクになります。」
バイタシアのレギオンウルフは一回り大きいからかエルカシアの時は一匹あたり千エルクだったのが千五百エルクになっていた。やったね。ともかくこれで目的は達成したから言葉の所に帰ろう。
「ただいま、言葉。」
「あ、綴理くん、おかえり。ご飯にする?お風呂にする?それとも……私に、する?」
言葉が少し顔を赤くして上目遣いで聞いてきた。まさか言葉の口からこれを聞く日が来るとは。定番ネタだけど実際に言われると結構良いな、これ。せっかくだし乗っからせてもらおう。もう既に僕の中で答えは出てるから。
「そうだなぁ。じゃあ…お風呂かな。」
軽い感じでそう答えると、
「えっと、そこは私を選ぶ流れじゃないかな?」
と拍子抜けしたように言葉が言った。
分かってないなぁ。そうなるような言い方をしたんだけど。
「言葉、選ばないなんて一言も言ってないけど?」
「え?それってどういう……ひゃあ!」
言ってそのまま言葉の体を掬うようにして抱き上げた。
「こういうことだよ。」
そう耳元で囁いてそのままの流れで脱衣場に向かった。
「えっ、えっ?綴理くん?」
狙い通りに慌てる言葉を見て少し満足しながら脱衣場の扉を開けて中に入り、言葉をそっと床におろした。
「分かった?」
そう言って言葉を見つめる。すると言葉が段々と顔を赤くしていき、ポツリと言った。
「そ、そういうこと?」
やっと理解が追いついたみたいだね。
「うん、そういうこと。」
そういってそっと言葉の両肩に手を置いた。言葉は一瞬びくっと肩を震わせてから僕の方にゆっくりと目線を合わせ、
「いいよ。」
はにかみながらもどこか期待するようにそう一言呟いた。
「どう?気持ちいいかな?」
そう言いながら言葉が僕の背中を洗ってくれている。改めて考えるとその場のノリでいき過ぎた気がしないでもないけど、今最高に幸せだからいっか!とにかくこの瞬間を記憶に刻み込もう。
「ありがとう、言葉。僕の我儘に付き合ってくれて。」
「いいんだよ。私も元々似たような事しようとしてたんだし。それにこうして綴理くんに返せる事があるのが嬉しいんだよ。いつも私の為に頑張ってくれてるから。」
「言葉…」
「それとね、こうしてるとなんだか夫婦みたいじゃない?仕事から帰った旦那さんを労う奥さんって感じで。実は憧れてたんだ。」
言葉が楽しそうに笑う。
「そっか、夫婦か。」
「べ、別に深い意味は無いよ?」
「今ある問題が全部落ち着いたら、その時はそうなりたいね。」
「綴理くん……」
「責任取るって言ったからね。それに、そもそも僕は結婚するつもりのない人とは付き合わないんだよ。言葉に初めて好きだって言った時にはもう決めてたことなんだ。言葉さえ良ければ、だけどね。」
「わ、私もそのつもりだよ。もう綴理くんには全部見られちゃってるし、というか全部見て欲しいし。それくらい大好きだし。だから、その、よろしくおねがいします、ね?」
「うん、じゃあ改めて。全部が片付いてゆっくり出来るようになったら、その時は僕と結婚して、僕だけの言葉になってください。」
「はい!」
ちょっとおかしな状況だけど、今はいいよね。こうしてお互いの好きをぶつけ合って幸せになろうとすることは、どれだけしてもし過ぎることはないんだから。今はただこの全てを包み込むような温かさに身を委ねよう。
体を洗い終わって湯船に浸かってしっかりと疲れをとったあと、部屋に戻ってベッドに入った。そのまま寝ようかと思ったんだけど、
「ねぇ綴理くん、だめ?」
言葉のスイッチが入ってしまったようで、このまますんなりと寝させてくれそうもない。
今日は結構動いて眠気もあるしどうしようかと悩んでいると、
「いやなの?」
言葉が瞳を潤ませて上目遣いで聞いてくる。そんな顔されたら断れないじゃないか。
「そんなことない。ただ今日はちょっと眠たくて。だからいつもと逆の立場でどうかな?」
「私が上ってこと?」
「うん、それでもいいかな?体力残ってなくて。」
「わかった。いつも綴理くんがしてくれてるから、たまには私がするのもいいかもね。」
そういう言葉はどことなく張り切っているように見えた。
そして、
「それじゃあ、いっぱい気持ち良くなってね。」
そう言って言葉は妖艶な笑みを浮かべた。
こうしてバイタシアでの新生活一日目の夜は更けていった。




