にゅーすぺーぱーくらぶ
気がつくと、二学期も半分をすぎている。僕の所属する新聞部は週刊の学校新聞を発行してるので、なおさら早く感じる。
二学期の真ん中と言うと、いろいろ行事が多い。この前の体育祭では大会パンフまで作らされて大事だった。一息つく前に試験があって、落ち着く間もなく文化祭。またパンフ作りだ。しばらく夜遅くまで、新聞部自慢のマックに向かう生活になるんだろう。
授業が終わった後、いつものように部室に行くと、同じクラスの堀内高哉、塚本音美がマックの前で何か話をしていた。

「そうそう、この子。この子とうちのクラスの桜井君がつきあってるんだって。」
「よくそんな情報が入るよな〜。どこから仕入れて来るの、音美ちゃん。」
「ニュースソースは明かさないってのは、ジャーナリズムの原則じゃなくって?」
音美はニュースソースについていっさい明かさない。夏休み開けの大スクープ。一年の亜川道成がいつもいっしょにいる美少年佐倉電樹から筋肉野郎工藤強にころんだというスクープだって、いつのまにか彼女が持ってきたモノなのだ。「あがわさまがころんだ」事件以来のハイエナのような新聞部というあだ名も彼女一人に負ってると言っても過言ではないだろう。僕たちはそれを元にして編集してるだけ。新聞部と言うよりは編集部という感じだ。

音美の横から画面を覗きこむ。なんか、新しいスクープのようだ。画面には、彼女のプロフィールと顔写真が出ていた。
[H1-B 香取ミサ]
細かい情報をみてみると、なんとバレーボール部のアイドルではないか。これは、確かにスクープだ。
「で、うちのクラスの桜井だって?あの堅物が?」
「そーなのよ。私も聞いたときびっくりしたのよね。でも、確かに調べてるとホントみたいなの。」
「んじゃ、来週号に載せよう。新、この子の写真探しといてくれよ。」
「情報料は?」
突然の音美の発言に高哉の顔が変わった。
「え、情報料取るの〜?」
「あっはは、冗談よぉ〜。じゃ次の調査があるから行くわね。」
そう言葉を残して音美は部室を出ていった。どこにあんなパワーが有るんだろう。そう思いながら見てると、後ろから高哉が声をかけてきた。
「新、遅かったじゃん。」
「あ、いや、ちょっとね。」
「今日も、時間食いそうだぜ。」
「あ〜、この時期は大変だなぁ。」
「まあいいじゃん。おもしろいし。」
「それも、そ〜だよね。」
振りかえると、もう高哉はマックに向かって編集作業を始めている。高哉の編集技術はすごくて、毎週毎週感激してるんだけど、未だにまねできない。僕はじっと高哉の白い手がマウスを動かしているのを見つめていた。
マウスのボタンを押す音と、キーボードのカチャカチャした音、それだけが二人っきりの静寂な空間で響いていた。僕はなんとか例の香取ミサの写ってる写真を探し出し、記事に使えるように修正を始めていた。
ずっと時間がとまっているような感覚。二人だけの奇妙な時間の共有。何者も妨げられないような時が、いともあっさりとぎれた。
「コツコツコツ」
誰かが歩いてくる音。それも、特徴的なパンプスの音。二人きりで緊張していたためか普段より敏感だった僕にはそれが誰のものかすぐにわかった。
がらっ
横開きの扉を開けると、その靴音の主は、だるそうな声をだした。
「なに、あんたたたちまだやってるの?」
「あ、ねーちゃん、ごめんごめん」

僕が彼女の顔を見ずに言うと、彼女は僕の頭に痛恨の一撃を加えた。
「あんたはっ。学校では美人の八村先生と呼びなさいと、何度も言ってるでしょっ。ほんとに、なぐるよっ。」
「殴ってから言うなよう。」
僕は、頭にこぶができてないか確かめるようになでながら口をとがらせた。
もちろん姉貴、つまり八村有子先生は、僕たちが遅くまで部活動をやることを知っているはずだし、なによりも僕たちが毎日遅いのは学校でも有名なはずだ。
ところが、である。マックの右上の時計を見てみるとちょっと尋常ではない時間になっていた。それに気づいた僕を見越すように、姉貴は、僕たちに言った。
「許可を出したのは今日のはずよ。明日までやっていいとは一言も言ってないわよ。」
確かに、あと一時間もせずに日付が変わるような時間だ。そして、時間に唖然とするとともに、もう一つの唖然とする事実。
(し、仕事全くできてない…)
「とりあえず、今日はこれで終わりにします。八村先生。これでいいですか?」
僕が何か言い出す前に、高哉が助け船を出してくれた。姉貴は、まあしょうがないわね、という顔をして肩をすくめた。
本当は、高哉ともう少しいたいし作業もやりたいので高哉の家に泊まろうと思ったが、なにより宿直でもない姉貴がわざわざ学校まで迎えに来たのだ、ついて帰らないわけにはいくまい。
校門の所で高哉と別れると、僕は姉貴と一緒に海岸に降りる道を歩いていった。
二人っきりで何も言わずに家路につく。高校生にもなればたいてい家族なんてうっとおしいもんで、会話の無いのも当たり前だ。
その静寂を破ったのはやはり、姉貴だった。
「変態」
「へ?」
いきなりの言葉にびっくりした。なにもいきなり弟に向かって変態はないだろう。そう思いながら姉貴の顔を見るとにやにやしてる。
「図星だって顔してるわよ」
たしかに、16年の人生すべてこの8才上の姉貴に見られているのだ。表情で全部ばれてしまうんだろう。
「堀内君好きなんでしょ?」
言いにくいことを言う人だ。僕が言い出そうとして、もう2年も言えてないことをいきなり言うんだから。
「た、高哉は男だぜ」
「だから?」
そのものずばりをつく。だから、と言われると何も返せない。あたりまえだ。確かに好きなのだから、事実を否定するほど難しいことはない。
「お姉さんは哀しいわ。弟がこんな変態で」
目は笑っている。
「ねーちゃん。ばらしたら、ぶっころすからな」
その瞬間である。ヘッドロックで僕の首は固められてしまった。そして、耳元で姉貴が叫ぶ。
「首しめるわよ」
薄れゆく意識の中で僕はつぶやいた。
「締めてから言うとは…なんてお約束な…」
作業が進もうが進むまいが、日付は進んでいく。文化祭は日に日に近づいてくる。今日も高哉の顔を見つめて一日を無駄に過ごしている余裕はないのだ。
例によって、翌日の放課後も二人っきりだった。音美も今日は取材でもしているのか、来る気配もない。6時を過ぎるとあたりはもうすっかり真っ暗だ。学校中でここだけが電気がついている。文化祭前だというのに、文化部の連中も全然残ってないようだ。
昨日の作業の残り、香取ミサの写真をマックで編集しながら、僕は高哉が編集しているのをじっと見つめていた。
中学に入ってからの腐れ縁だ。もう、4年半にもなる。4年半にもなるといろんなことを知っているはずなのだが、実はよくわかっていない。なにせ聞いても話してくれないのだ。
目鼻立ちは通っているし目も二重だ。スマートで長身な高哉は女子の間でも絶大な人気を誇っているという。運動部の人間ならともかく、このマイナーな新聞部でだ。
当然ながらそれだけの有名人だからいろいろな噂が流れてくる。いわく、「振られた女は100人を下らない」「バレンタインの時には、チョコレートを持ってかえるのに一週間かかった。」
しかしながら、誰かとつきあってるとかそういう話は、全く聞かないのだ。。
確かに、夜は毎日のように僕と居残りをしているし、土日だって、ほとんどいっしょにいる。もしつきあってる娘がいたとしても、こんなのではおもしろくないだろうし、きっとすぐ別れるだろう。
そんなことを考えながら高哉の顔を見つめていた。いや、見つめていたというよりは、ぼんやりと眺めていた、と言った方が正確かもしれない。
ふいに焦点があった。高哉の黒い瞳がこっちを向いている。目があった瞬間に高哉が微笑んだ。
「なんか、顔についてる?」
そういうと、高哉はマウスから手を離し、伸びをした。時計を見ると7時を過ぎている。修正結果はまだ全然できていない。
今日もまたやってしまった。頭の中を鐘が鳴り響いている。呆然としている僕を見ながら高哉はだるそうに言った。
「今日はこれくらいにして、飯食いに行こうぜ」
二人で学校のそばの定食屋に向かう。家に向かうのと同じ海岸へ降りていく道だ。昨日、姉貴に言われたことを思い出しながら僕は高哉の後ろをついて歩いていった。
「好きだ」
そう口に出そうとするが、言い出せない。当たり前だ。男からの告白を受け入れる奴なんてそうはいない。これだけいっしょにいる時間があるのに、そんなことを言ってしまっては失うのは明白だからだ。
しかし、言えないというのもつらい。これが恋の病なのだろうか。いや、男に恋心抱いて悶絶してる男子高校生もないもんだ。やはり、姉貴の言うとおりの変態なのかもしれない。
もっとも、そう悩むことはないのかもしれない。なにせ、新聞部のスクープもほとんど男同士のカップルに関することばっかりだ。亜川さまスキャンダルだって、対象が有名人だっただけで、ゲイのカップルなんてこの学校では、さほど珍しいことではないのだ。まだ決定的瞬間をとらえた訳じゃないが、教師と生徒という鬼畜な関係に及んでいるカップルまでいるのだ。
下を見れば下がいる。そう考えれば、悩むことではないのかもない。
変態かどうかの、悩みはまあいいとしよう。回りにはもっと変態がいる訳だし。
問題は高哉にこの想いをどう伝えるか。だ。
なにせ、姉貴が知ってるのだ。本人が気づいてるかもしれない。当然あのめざとい音美が気づいていないわけがない。つくづく、自分が新聞部に所属していることがありがたい。
「おい、大丈夫か」
気がつくと僕は、高哉の腕の中にいた。高哉は心配そうに僕の顔を見つめている。
事情がつかめないまま、ぼんやりしてる僕に高哉は諭すように言った。
「歩くときは、考え事はやめような。」
どうも、考えながら歩いていたら、小石か何かでつまずいてしまったようだ。頭の中がはっきりとし始めるにつれて、手が少しひりひりすることに気づいた。どうも、転んだときにけがをしたみたいだ。指から少しばかり血が出ている。
「血が出てるじゃないか。」
そう言って高哉は僕の手をひきよせた。
突然の行為に僕の指と視線は硬直する。
高哉の赤い舌先が僕の人差し指に触れようとする。触れるかどうかに集中してる神経に不意に吐息が触れる。そしてその指先に高哉の体温が触れる。舌先がなでるように傷を這う。
腕を完全に高哉に預ける。猫の舌のようなざらっとした感覚が傷跡をもてあそぶように動く。目をつぶってその感触だけを感じる。
もてあそばれてあつくなった傷跡に、柔らかな舌の裏が触れる。指先から第2関節の方に、ゆっくりとじらすように舌が僕の指を這う。
「あっ」
思わず吐息をもらしてしまう。高哉は気づいていないようだ。高哉の舌先をずっと見つめ続ける。
高哉の湿りに包まれた指は少し震えている。自分の指のくせに自分の指じゃないみたいだ。
そして、また舌先が指を這う。今度は指先の方へ指先の方へと。気づかれないようにしようとしても、指の震えは止まらない。
それを無視するかのように舌先は指先から離れる。
時間にすれば数秒もたっていなかったのかもしれない。なにせ、急なことで時計も見ていないからわからない。でも、1時間も2時間も二人でそうしていたような感じがした。
「そーだ、バンドエイドあるから、はっといてやろう。」
そういって、高哉は自分の鞄から筆箱をとりだし、中に入ってるバンドエイドを見つけだした。
裏紙をはがし、僕の指に張り付ける。ふと見ると、そこには「高哉の」と書いてある。なんか、予約札を貼られたような感じだ。
その視線に気づいた高哉は、
「変かなぁ」
と言いながら、僕の方を見つめている。
その唇の動きに気を取られつ。目の前が唇だらけだ。10cmも離れていないのかもしれない。二人で動けない。じっと1分位見つめている。
そのときである。急に目の前が見えなくなるほど明るくなった。
「あんたたち道の真ん中で何やってるのよ?」
「ね、ねーちゃん。何故ここに。」
「かわいい弟と、その愛する人のためにご飯を作ってあげたのに、その口振りはないでしょ。」
右手に持った包みを僕に見せるようにしながらそうおどける。そういわれてみると、いい香りがする。ちょうどご飯を食べにいく途中だったし、いいタイミングだ。
「ときに、告白はしたの?さっきはいい雰囲気だったみたいだけど。」
耳元でささやく姉貴に、反論しようと口を開いた。
「てめーで、じゃ...」
そう言いかけた瞬間に、高哉に聞かれるとまずいことに気づいた。しかたなく姉貴の耳元でささやいた。
「いい雰囲気なんだったらじゃまするなよう。」
「ほっといたって何をするようにもみえなかったけど〜」
なんて女だ。とことんじゃまをする気のようだ。許せない。
「ぐ〜〜〜〜」
二人のおなかが申し合わせたかのように同時に鳴った。姉貴の持ってきた包みからはフライのいい香りがする。
「しょうがないわねえ」
そう言いながら姉貴は包みを開いてコロッケを二つ出した。それを手でつかんで一気に口に放り込む。
「ぐ.....」
隣の高哉も青ざめている。
「ね、ねーちゃん。コロッケになにいれたっ。」
「疲れてると思って甘いモノをいれてあげたんだけど。」
「な、なにをかんがえてるんだ...」
あまりのまずさに失神しそうになりながら大事なことを思い出していた。
「まともな料理つくったためしがなかったんだっけ...」
悪魔の料理にも負けずに、高哉は翌日の土曜日も編集作業を続けていた。印刷作業を考えると来週頭が入稿の時期だ。文化祭のパンフはオフセット印刷だから、けっこう入稿が早いのだ。
昨日から高哉の持ち物になった僕の指は、あいもかわらずマウスのボタンを押している。なんだかんだ言いながら編集作業も終わりに近づいている。
できあがった写真データの入ったディスクを高哉に渡す。すると、高哉はあっと言う間に原稿に入れてきれいに割り付けてしまうのだ。
夜の9時を過ぎた頃、すべての編集作業が終わった。プリンタで打ち出した仮印刷を僕に渡して高哉は缶ジュースを開けてぐいっと飲んだ。
誤植がないか確認をする。人物とキャプションが食い違っていないか。タイムテーブルに妙なところはないか。
さすがに、高哉にミスはなく、5分ほどですべての校正作業がすんだ。それを見て高哉は僕に缶を一本渡す。
「こ、これビールじゃん。」
「しっ、大声出すなよ。明日は休みだし。今日は特別だから、ちょっとくらい飲めよ。」
高哉は僕に天使のほほえみを投げる。この笑みに誰が逆らえるだろうか。僕は缶を開けて、口を付けた。
苦い。苦い。でも喉を通る感覚がちょっと心地よい。ちょっと、胸がどきどきして、顔が熱くなってきた。
目の前の高哉も少し赤らんでいた。胸の鼓動が伝わってしまうんじゃないかというくらい、すぐそばにいた。
「ほら、こんなにどきどきしてる」
高哉はそう言って僕の手を胸にやった。吸い込まれるような瞳が僕に語りかける。まるでそうせねばならぬかのように、僕は高哉の手を胸に持っていった。
真っ暗な学校で二人っきり、胸を押さえあっている。普通ではありえないような状況。 そして、赤らんだ高哉の唇が僕を誘っているように見えた。
と、そのときである。高哉は腕を僕の背中にやりぐいと引き寄せた。吐息を唇が感じるほどの距離でふたり見つめあう。
「すき」
勇気を出して言おうとした瞬間、僕の唇はふさがれた。暖かい高哉の唇が僕の唇にふれている。そして、高哉は両手で僕を抱きしめた。
腕の力が抜けると、飲みかけの缶ビールは床に転がった。しかし、唇はふさがれていて何も言えない。ただ、時計の音だけがその場を支配していた。
ビールの匂いと高哉の匂いが僕を包み込んだ。高哉の鼓動が唇を通して感じられる。力の抜けた体はずっと高哉にもたれかかっていた。そして、初めて飲んだビールと高哉の温もりが僕を眠りへと誘いでいった。
「痛っ。」
二日酔いの頭痛に起こされた僕は隣を見て驚いた。隣には、高哉が寝息をたてて眠っていたのだ。昨日のことが薄もやのかかった僕の頭に浮かんでくる。
が、何かおかしい。確かに昨日部室で飲んで抱き合ったのは覚えている。その先の記憶が無いのだ。が、しかし、この部屋はどう見ても自分の部屋である。
「ようやく起きたようね」
「あ、ねーちゃん、おはよう。」
「おはようじゃないわよ。」
目はマジだ。どうも本気で怒っているように見える。姉貴は表情を変えずに口を開いた。
「学校であんなことしてっ。私が見つけて連れて帰ったからよかったものの他の先生に見つかったらどうするつもりだったのよ。」
僕は高哉が聞いてないかとはらはらしながら姉貴の説教を受けた。
10分もすると姉貴は気がすんだのか、部屋を出ていった。隣で寝ている高哉を見つめる。
高哉はずっと寝息をたてて寝ていた。いつもの吸い込まれるような瞳も真っ白な瞼に画されていた。端正な顔立ちは寝ているときも全然かわらない。
そっと背中から肩を抱いた。高哉の温もりが伝わってくる。
今なら言える、と思った。
今しか言えない、と思った。
高哉が寝ているとわかっても、口に出すのはやはり勇気がいる。それでも顔を高哉の耳元に近づけた。
「す...」
声にならない。一度離れてみる。そしてもう一度顔を近づける。
「好きだよ。高哉。」
「俺も好きだよ。」
どっきーん。心臓が止まりそうになった。
「お、お、お、起きてたのか。」
「ずっと起きてたぞ。」
顔中が真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかる。
気が動転しているところに、高哉の顔が近づいてきた。そして、唇が押し広げられる。胸の鼓動は止まりそうな所から、いきなりレッドゾーンまであがっていた。そして、また高哉に抱きしめられる。
そのまま時が止まればいい、本気でそう思った。
「今日は、酒に酔わずに言えるぞ。」
「高哉...」
「好きだぜ、高哉」
ずっと続くはずの至福のひとときを邪魔したのは、扉の所に立っている姉貴だった。
「あんたら、こりないわねぇ。」
高哉は隠そうともしない。
そして、僕の甘い学園生活は、全て姉貴の前にさらけ出されたまま始まったのである。