炎上の都
グラインさんが王都の前にいた。
「ルーフスで間違いありません。炎は工房のように煙の出ないものです。魔法の炎ですね…」
「彼はやはり城へ向かっているようだな」
「正門から入り、周りを焼きながらゆっくりと進んでいます。私は内部の反乱軍と避難誘導をしましたが…」
「グライン、ありがとう。お前はアジトへ戻り、エルドリス殿から魔法の板をもらってきてくれ。役に立つはずなのだ」
「わかりました。急ぎます」
恐ろしい速さでグラインさんの馬が駆けていった。
「ヒルトはアズー殿をお守りしつつ動け。アズー殿は消火をお願いします。フラットとコンベックスは住民の誘導、コンベックス、建物が延焼しそうな場合、壊してよい」
「はい」
ヒルトはスッとバリアを張ってアズーと街へ入っていった。
「ホロワはできるだけ高い場所へ。お前も気になる建物は壊していい。そしてルーフスを見つけたら連絡、動けぬよう邪魔をしてくれ。チゼルは…氷の風は出せるか?」
「やってみます」
「では消火に回ってくれ。ペティ、俺とサギリで先回りだ」
アイギスちゃんとダンは商人さんたちの馬車で待機することに。中には食べ物がどっさり入っている。
アイギスちゃんの手は、ずっと祈るように握られている。
私たちは王都の門ではなく逆へ向かった。城に近い塀を飛び越えたのだが、あまりの私の身軽さに二人が驚いている。
「すごいです、サギリ!」
「ダンもすごかったが…エルドリス殿の聡明さに恐れ入る」
「走っても早いよ~。もう絶対邪魔しないんだから」
しかし街に入ると暑い。煙はなく苦しくはないんだけど、向こうで空気がゆらゆら揺れているのが見える。
一応洗濯機の板だけ持ってきたのでタップして水を噴き出させる。周りの火は消えた。でも十分制限なんだよな。
「大きな火だと消えないか…」
「その程度では板の意味がないということだな。伝えておこう」
城周辺もあちこち火が回っていて、兵士たちが倒れている。ペティちゃんが彼らをかつぎ、街の中ほどまで連れて行って他の人に引き渡す。
「うわっ」
建物が傾いてきた。が、ポンと爆発した。
高い場所からホロワさんが見張っている。ありがたい。
(どこだ…どこよ、ルーフス)
住民は逃げまどっているがケガをしている人はあまりいない。彼らには手を加えていないようだ。あくまでも、兵士だけ。
だから兵士の倒れている場所が彼の足跡ってことになる。
私はシザーケースを何度も触っていた。いつでも、「その時」が来るように。
自分のしたことには自分で始末をつけるんだ。
遠くで、ざばりと音がした。
すげえ。なにあれ。あれがアズーの力なの?
彼は王都の入り口付近にいるはずなのに、大きな波が見えるよ?
先祖代々の力やばいな。
ディーが顎に手をやる。
「…おかしいな。城の周りに動きがない」
兵士はバタバタ倒れているのに、城に火がついてない。
「ルーフスも私たちに気づいてるんじゃないの?」
街の中に水蒸気が立ち込めてきた。消火が進んでいる証拠。中からヒルトが出てきた。
「あちらはもう大丈夫です。板が配られ、サギリをお守りせよと言われました」
真っ赤な口紅が今日もきれいだ。
「バリア張り続けてつらくないの?」
「ええ、あれから何度も街を回り使っているうちに体力がついてきまして」
それでも汗をぬぐう。暑さなのか、それとも。
「よし、ヒルトがサギリを守れ。ペティは城内へ入ってできるだけ高く登れ。ホロワと同じ動きを」
ペティちゃんはササっと飛んで城の上へあがっていく。レンガを足掛かりにしてはいるけど、すごい速さだ。ブルトカールでもそうやって上がってたんだな。
すると、城の後ろの建物がドン!と爆発した。
「あそこにいるのか?」
三人で走るが、私は気づいた。変だ。
「待って。この建物は黒い煙が上がってる!」
特有のにおい。石油が使われてる。
「これ、おとりだよ。ルーフスが縄とか使って、時間差で発火させてるのかも」
ルーフスも石油のありかを知っていて、使っているんだ。おとりとはいえこの火を無視できない。
でもたしか…この火を消すの、難しいんじゃなかったかな。スマホを出して撮影し、ダンに送った。
『姉ちゃん、それは水を濡らした布をかぶせるんだ。酸素をなくせばいい』
周りを見る。壊れた家に、カーテンがある。
私は板でカーテンを濡らし、引きちぎって火にかぶせた。水をかけ続けると、火がおさまった。
「なんなのですかこれは。厄介な火…」
「ヒルトなら適任かも。バリアを張れば黒い火は消えるよ」
近衛隊は情報を共有した。
「このおとりはルーフスの動きと無関係なのだな? こちらへ消火する者を回そう」
すると、スマホもどきに文字が浮かんだ。
『ルーフスがいました。城の堀に潜って姿を隠していたようです』
ペティちゃんだ。
「よし、ペティとホロワは足止めだ」
私とディーは城の塀づたいにそちらへ走った。あちこちでドン、ドン、と爆発が起こっているけど、ひるまない。
「なんてことしてくれてんのよ…街がめちゃくちゃじゃない!!」
ムカつく!!
結局住民を巻き込んでいるじゃんか。
「ウオオオ!!」
叫びが聞こえた。堀から上がり、立ち上がるルーフス。
ようやく見つけた。「ルーフス、あんた何してんの! 平和になったら私と商売するって言ったじゃん!」
ペティちゃんのメイスとホロワさんの弓がルーフスを城に入らせまいと前をふさいでいる。
でも、ルーフスはただ動物のように叫んでいる。
こちらに、炎を投げてきた。
「この!」ディーが薙ぎ払う。「サギリ、俺が炎をなんとかする。お前は」
「うん!」
やはりルーフスは様子がおかしい。目が赤く光っている。
誰かに…操られてる?
「うああああっ! アズー! アズー!」
炎がいくつも飛んだ。近づきながらディーがすべて薙ぎ払い、そして私は塀から降りる。
「俺は…おれはああああ!」
「ルーフス!」
上からとびかかり、彼の身体は崩れた。私が上をとり、シザーケースからハサミをとった瞬間。
「ウオオオオ!」
「危ない!」
すんでのところでディーが私を持ち上げた。
ルーフスが全身に炎をまとってしまった。
「なによ、あれ…」
すでに怪物だ。彼が触れたものがみな燃え出した。芝生や、城の壁…
私も焦げ臭かった。服がやられている。少し、やけどもした。
「あんなの、どうしたらいいの!」
ディーがスマホもどきに叫んだ。
「皆、持ち場の鎮火はできているか? もし収まっているなら城へ来てくれ!」
しかし、あちこちでドンドンと爆発が。
「…いや、近衛はあの爆発に対処。アズー殿、来てくれ!」
城が燃えていく。私たちは上へ上へと逃げるしかない。
「サギリ、もしもの話なのだが…私は、あれを斬るかもしれん」
私はぐっと息を飲み込んだ。「うん。覚悟はするよ」
本当はディーの力で、ルーフスは粉々にできているはずなんだ。
こんなに燃えていなかったはずなんだ。
「ルーフス!!」
アズーが走ってきた。城の様子を見て、手をかざす。城の火が大きな波で消えていく。
しかし、ルーフスに変化はない。
「お前…正気ではないな」
彼は塀を越え、つぶやいた。
「アズー…か? アズー…憎い…」
彼の姿を認めたルーフスが、アズーに近寄る。
「お前はすべて…持っている…すべて…すべて…」
そして指をさした。
「お前がうらやましい…妬ましい」
「そんなことをいつも…? いや、思わせたのは私だな。私が、いつまでもお前を遠ざけていたから」
とびかかるルーフス。アズーは水で壁を作る。
水蒸気が立ち込めた。
「私は…いや、俺は! 俺はすぐに笑えて仲間のいるお前が羨ましかった。仲間に囲まれて…好かれて…腕力もある、周りを動かせる。何故私がうらやましいのだ」
「お前は」
「俺は人が苦手で。言葉が下手で。意地を張って、そして冷笑することでごまかすくだらぬ人間だ!」
「ア…ズー…」
「申し訳なかった、ルーフス」アズーは力を止めてしまった。「お前の気が済むなら、燃やしてくれ」
「だ、だめ!」
私は叫んだ。
今のルーフスは正気じゃない。言葉が通じているとはとても思えない!
「だめだよ。あんたは生きなきゃなんねえ。そうですよね、将軍」
その瞬間、美しい身体が宙にひらめいた。
「そうだな」
くるりと空中で一回転し、美しいかかとがルーフスの脳天を突いた。
怪物でもさすがに脳を揺らされたらダメだ。ルーフスは膝から崩れてしまった。
「今だ、サギリ」
私は訳が分からぬまま地面に降り、もう動かないルーフスの髪を一房掴んだ。「キャンセルキャンセルキャンセル!!」と思いながらハサミで切る。まだ、熱かった。
私は手をぱたぱた振りながら見上げた。
「ねえ、…一体どういうことなの。ちゃんと説明して、ヴィオラ」
私とアズーの前に褐色のギャル。
なんだよ、あのかかと落としは。
「てへ、バレちったか☆」
彼女は舌を出した。
ディーは近衛隊にルーフスの確保を伝えた。そして降り立つ。
「その身体能力…ただ者ではありますまい」
するとアスワドさんがすっと出てきてヴィオラの前に立った。
「皆の者、控えよ。この方はカーディナル王国銀狼軍将軍、フィッダ様であるぞ!」
「え?」
「はあ?!」
「アスワド…そんなに仰々しく言うな」
私たちは茫然とした。え、なんか死んだとか生きてるとかよくわかんない…その将軍?
ギャルなのに?
ヴィオラ…いやフィッダ様はポニーテールをわさわさしながら言う。
「んーまあ、そういうことになってる。少し前から素性を隠し、アジトにいたんだ」
「どうして?」
「それはおいおい話すよ。とにかく、この惨状をどうにかしないと」
ビクっ、とルーフスが動いた。
私たちが身構えると、仰向けに転がっていびきをかいた。戻っているみたいだ。
(よかった…)
私はハサミをぎゅっと握りしめた。