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ヤケ酒


 あー畜生。やってられねえや。

 俺は王都の堀の前で、酒を飲んでいた。


 そもそも、あいつと会ったのは内乱を起こす前。

 親父とあいつの家は深くつながっていた。まあ、お得意様だ。

 あっちが「あれ欲しい」と言えば親父と俺は必死で買い付けに行き、向こうは足代から何から気前よく金を払ってくれた。

 気持ちのいい旦那様だった。

 しかし半年前から戦が起こり商売どこじゃなくなって、王様に進言しようと貴族も商人も集め始めたんだ。旦那様は気のいい方だったが、息子のアズーは本当に、本当に、いけすかねえ。


 俺は親父から、「商売は笑顔と人柄から」と教わってきた。だから、奴にもそうしたんだ。

 けど、何て言ったと思う。

「私はお前の父に用があるのだ。お前とおしゃべりするつもりはない」

 冷たい目だったな。

 腹が立った。けど、本当にムカついたのは俺が心から笑っていないのを見抜かれたからだ。

 成人して一人前として認められ、一人で行商にも出られるようになり、笑顔と根性で戦ってきた。買い付けも売るのも気前のよさ、心の大きさでやってきたつもりだ。

 だけど、本当は俺はそんなんじゃねえ、って思ってたんだよな。わかってたんだ。

 親父のやり方をまねても、どこか違う。親父のお得意さんと商売しても、払いが違う。

 経験不足、未熟さもあると思っていた。

 でも、少しずつ考え始めていたんだ。俺はどっか、本物じゃねえなと。

 豪快に笑って見せても、なんだか虚しい。仲間が集まってくるから笑っていたけど、馬鹿っぽい。心の奥底ではそう思ってた。

 アズーはそれを全部見抜いてやがったんだ。


 旦那様は、処刑されてしまった。

 俺たちは怒り狂って街で兵士を殴っていったんだが、アズーは動かなかった。絶対に、手を出さなかった。

 俺は臆病者とののしってやったんだ。でも、

「そんなことをしても、人が傷つくだけだ。何も生まない」

 暴動を繰り返した俺は生き残ったけれど、仲間は捕まり、処刑される奴もいた。

 あいつが正しかったんだ。

 俺は何を失うのか予想もしなかった。腹が立って、何も考えられなかった。

 でも飲み込めない。あいつがムカつくから。


 メリクールから戻ってきたアスワドが、あっちに助けを借りたらいいと言い出した。するとアズーはすぐに動いた。

 戦わないあいつは、外へ足を向けた。

 そこから、あいつはとんとん拍子だ。メリクールは魔物が多くて商売できねえ国だったのに、今や二倍の速さで馬車が走り、やべえ力を持つ兵士が何人もいる。

 向こうはホイホイ力を貸してくれる。おまけに鉄と同価値? あのドロドロが? なんなんだよメリクールは。

 そしてアズーは戦が狂言だと見抜き、王子を連れて帰ってきた。

 俺は王子になんか会えねえよ。ただの商人なんだからよ。

 俺はとても小さく、無力だ。

 情けなくて、涙すら出てこない。周りは俺の泣き上戸を笑ってくれるが、この涙もニセモノなんじゃねえかな。



「どうした兄ちゃん」

 爺さんが隣にいた。いつの間に?

 ボロボロの服を着て、俺と同じく酒を飲んでいるようだ。顔が真っ赤だ。

「いやあ、ムシャクシャしてよ」

 堀に、石を投げる。

「あんたレジスタンスじゃろう。でかいから目立つぞ。マントはええのか」

「今は、何もかもどうでもいいんだ」

 爺さんが横に座った。「わしも税金が払えなくてこの通りだ」

「まじかよ。今でも遅くねえ、外に逃げろよ。馬車を用意するよ。他に困ってるやつはいねえのか」

「わしはもういい。生まれ育った街じゃ。このままここで死にとうての」

「そういうのが老人のよくねえとこなんだよ。希望を捨てんな。またすぐに戻れる。レジスタンスが、アズーが…」

 言って、イヤになった。

 『希望』だってさ。あいつが?ふざけんなよ。

 ツンケンして、貴族ぶって人を寄せ付けないで。ヴィオラたちには冷たいし、周りも敬遠してたんだぜ。いつかひとりぼっちになると思っていた。

 ところが、最近じゃナリを変え、性格まで変わって笑うようになって。

 商人仲間があいつを取り囲むようになって。

 ツンケンしてたのは、自分の弱みを隠すためだった? 女が苦手だった?

 あの態度は全部、ウソだったって?

 俺をさんざバカにしていたのもチャラにしろってのか。

──なんなんだよ!

 そうだったんなら、さっさと言ってくれよ。

 わかっていれば俺は…。

 俺はあいつに。


「…あんた、わしより死にそうな顔をしてるな」

 爺さんは言った。

「わしよりずっと若いのにどうした。この老いぼれに話してみんか」

 夕暮れ。堀は夕陽に照らされ、ギラギラ反射する。

 俺は酒をあおった。そして勢いで全部を話しちまった。

 言葉の中にどんだけ『アズー』があったんだろう。

「そうかそうか、つらかったのう。嫌な奴だったんじゃの」

「そうじゃねえんだ。…本当は、ちげーんだよ…」

 あいつはすげえんだ。どんな時も暴力に走らなかった。心底嫌いだけど、正しかった。

 間違っていたのは、俺なのだ。

「本当は、役に立ちたかったんだよ。だけど、俺が…俺はあいつにレットーカンがあって…協力するどころかケンカして、バカにするしかなくて」

 いまだに俺は、あの暴動について謝っていない。

 戦わなければ物事は動かねえ。俺にも一応の考えはあるけど、

 謝った時のあいつの顔を思い浮かべると、ムカついて仕方なかったから。

 実際、暴動を起こしてからは軽く見られているはずだ。そして今、さらに謝りづらい。


 でも、


──そうやって意地を張るのは、「終わらない戦争」と同じじゃないか。


「ほっほ。あんた、見てくれよりプライドが高いんじゃなあ」

 爺さんは立った。俺は首を上げた。

「その揺れる感情、面白いのう。自分の殻を破りなされ。全力でやるがいいよ、本当に、お前さんがしたかったことを」

 しわが寄った指。俺の額に当たった。

 俺は酔いが回って、そのまま倒れてしまった。


 あの爺さん、このまま街にいるんだろうか…。


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