ダン、王子様に会う
「お、遅くなりました…申し訳ありません!」
砂まみれでヨロヨロと、『稲妻のグライン』が戻ってきた。四日も彼を待っていたエルドリスさんは走り出した。
「どうして!どうして連絡をしなかったんですか!」
「あの、通信の板は使ったのですが返信がなく…壊れたのか通じなかったのか…そして砂嵐に遭いさすがに動け…」
「バカっ!」
グラインさんの報告の間にがばりと抱き着く。「バカですわ!どれだけ心配したと思ってたんです! わ、わたくしは…私は、あなたがもしと思って…最悪のことも考え…どれだけ、どれだけ」
倒れたグラインさん。抱き着く美しい彼女の涙をぬぐった。
「そ、そんなに泣いてくださるなんて光栄です」
「バカ…」
彼女は彼の胸に、顔をうずめた。彼は黙ってそれを受け入れる。
「ようやくなのかなあ…」
姉ちゃんはそれを見て難しい顔をしていた。
ちょっと俺にもわからない。二人の関係はあまりにも進みが遅いのだ。
いろいろ落ち着いてからグラインさんの報告を聞いた。
「思った通りだったな」夜になり、アズー様は貸してもらった装備を身に着けた。
「とんでもない奴でしたね」俺も、アーマーをつける。
俺は、今回の報告が無駄になるのではとはうすうす感じていた。それでも、王子には一度会っておかないと。
それぞれディーさんとアスワドさんの馬に乗り、アジトを出た。
「今日は少し風が強いらしい。帰る頃に大風が吹けばラッキーだろうな。足跡が消える」
途中には近衛の人を何人か置いて、もしもの時に備える。
月が二つあると、欠けていても明るい。
「ディーさん、この前っから怒ってますよね」
「何が?」
その声がもう怒ってるんだけど。
「大丈夫ですよ。アズー様は姉ちゃんがいわゆる『初めての人』なんですよ。ディーさんの事も分かってるし」
「俺も、サギリが『初めて』なのだが?」
やっべ、そうだった。
あの訓練の日から、アズー様はことあるごとに姉ちゃんに話しかけてるんだよな。
自分でもその気持ちが何なのかわかってないみたいなんだけど。
姉ちゃんも全然気づいてないし。
「そんなに怒ってると、いざというとき隊長として役目を果たせませんよ」
「わかっている…自分の小ささに参っているのだ」
すげえなあ、姉ちゃん。このイケメンを困らせてる。
姉ちゃんは俺と同じ遺伝子だし、どう考えても美人じゃないんだけど、こっち来てからイケメンにばっかりモテるんだよな。まるで乙女ゲーの主人公だよ。
(まあ人のこと言えないか。ペティは超かわいいしな)
王都の塀。その前に堀もある。王子がいる東宮にもまた塀があるので、何回か飛び越えなきゃいけない。
馬は少し離れた場所に停め、身を潜めて近づいた。
「アズー様、あれ飛べるんですね?」アスワドさんが塀を指さす。
「ああ。何とかなると思う」
「一応手をつなぎますが、踏ん張って下さいよ」
アズー様は俺を見た。俺はうなずいた。
頑張ったもんな。
少し助走をつけて、踏み切る。アズー様は掘ごと、塀を越えた。
引っ張られているのはアスワドさんの方だ。
「おお…すんげえな」
ディーさんがそれを口をパカっと開けて見てる。「まさか、ダンもあんなに飛べるのか?」
「姉ちゃんも、いけるはずですよ」
「なら、俺は手を取らなくていいな」
俺たちも飛び立った。
街に降り立つ。夜だから、人は少ない。でも、兵士は巡回してる。
「やってくるまでにさっさと東宮入っちまおうぜ」
砂レンガの建物が立ち並んでいるけれど、過ぎ去るのは一瞬だった。
やはり東宮周りにも小さな堀があり、それを一気に飛び越える。
(すごいなあ、エルドリスえもんの板)
俺も道具の開発にアドバイスしてるけど、彼女の魔法力はすさまじい。姉ちゃんに力をもらってからさらに加速している。
東宮内は恐ろしく静かだった。芝生があり、池があり、ここだけメリクールみたいな風景になっている。
「アスワドさん、下見をしたと思うんですけど…この中の衛兵は?」
「外で守っているから、ここは手薄だ。街と外を守っていた方が効率もいいんだろうよ。さて、王子を呼びださねーといけないんだが、アズー様、独自の手があるんでしたっけ?」
「ああ」
彼はポケットから小さなゴムのかたまりを出した。王子の寝室に、二回投げる。
特殊な音がした。消しゴムなのかもしれない。
「まだ、寝ている時間ではないと思うが」
しばらくすると、部屋の明かりが大きくなった。窓が開く。
「アズー…?」
高い窓らしい。王子らしき男性の、頭がちらりと見えた。
「勝手口から、入ってくれ」
そしてスッと灯りが消えた。
アズー様が勝手口へ先導する。王子が戸を開けて待っていた。
「よく来た。話はあとだ、ついてきてくれ」
灯りのない廊下を進み、王子の自室に案内された。
カーテンを引き、灯りも最小限。彼はじゅうたんに座った。
灯りがついていれば豪華なじゅうたんの色や天井の飾りもわかっただろうに。
でも、彼の顔が美しいことはわかる。
濡れ羽色の髪はまっすぐ肩で切りそろえられている。額に添えられた飾りは王族の証なのだろう。
プルーナー王子とタメ張れるイケメンだな…西洋・東洋でタイプが違うだけ、って感じする。肌は浅黒く、彫りが深い。そしてまつ毛も長い。
「今…全く人がいませんでした」
「ああ。でも私は外に出ることはできない。この中では自由だが、籠の鳥だ」
そして王子は座り方をただした。
「そちらの二人はメリクールの方か? 初めまして。私はカーディナル第一王子、アスファルだ。アズーに協力していただき、感謝する」
彼も指で肩のあたりをととっと叩き頭を下げた。
「私はメリクール王国近衛隊隊長、ディーズ・マティックと申します」
「俺…私はダンです。メリクールの者ではありませんが、王国で働いています」
「ディーズ…? そなた、メリクールの王子であろう」
「妾腹ではありますが」
「十分だ。動けて戦える、羨ましい」
美しい目が、遠くなる。「私の地位は、ないも同然だ。父は…よい人なのだが、政治の上手い人間ではない。自分で何も決められない。ラーウースと言って…宰相なのだが、あの者が進言をすると、すぐ言うとおりにしてしまう。私が止めても、ラーウースが手を回し…そして私は閉じ込められた」
俺は切り出した。「本来、ここで貿易の話をするつもりでした。鉄鉱山を捨てられる資源がカーディナルにはあります。しかも豊富に。メリクールが高く買い取り、戦を終えられると思ったのですが」
そして、アズー様が言った。「あの戦、狂言ですね」
王子は肩を落とした。
「そこまで理解していたか。詳細のほどは私に伝わらないが、たまにそのような情報が届く。銀狼軍の全滅など嘘だ。将軍も健在だし、国境にとどまっているのみだという」
グラインさんの報告を思い出す。国境周りに兵士はいくらでもいるけど、話を聞いてみると誰もがこの場所を守れと言われるだけで戦ってなどいない。ただ一日立ち尽くし、槍を振って、食事をしているだけという。
で、皆同じように「国境では争っている」というのだ。
グラインさんは変だなと思い、大きく回って国境の山付近まで見に行ったらしい。でも、戦っている様子などない。グレナデンの兵士は深い赤の鎧が定番で、それがまったく見当たらなかったという。当のカーディナル国境を守る兵士は皆酔っぱらっていたそうだ。
「ラーウースの狙いは、単に、国内の独裁ですね」
アズー様は王子に言った。
「ああ。おそらくラーウースにはグレナデンとのつながりがあり、状況に応じて向こうの軍を動かせるのだろう。時々戦のふりをする。そうして国難をたきつけ、兵士を増やし、金と食糧を独占していく。自分の富を蓄えたところで、何か爆弾を持っているのではないか…私はそう思う。その時、私の命も終わりだ」
なんてこった。
この人はもう、牢屋にいるのと同じじゃないか。
「逃げましょう。王子は私たちと一緒にあるべきです」
アズー様の提案に王子は首を振る。
「その場合、ラーウースはきっと、私が殺されたと嘘をつくだろう。そして、お前たちに罪をかぶせる」
「かまいません。あなたが生きていれば、国は立て直せる」
「そうではない」王子は悲痛な声を上げた。「私は…何もできなかった。何も止められず、国が傾くのを指をくわえてみているだけだ。共犯者なのだ。この国と一緒に滅びなければならない」
「ファル!!」
アズー様は彼の肩を揺らした。「ダメだ。私は…俺は、お前を親友として死なせるわけにいかない。気難しい俺にも分け隔てなく接し、一緒に学んだあの日のことを、俺は忘れていない!」
「アズー…お前は、変わったな。その姿も…性格も」
「部屋に忍び込む合図だって、親友でなければ教えてはもらえなかった。そうだろう。俺はいくらでも罪をかぶる。幸い、メリクールの近衛隊が力を貸してくれる。なんとかなる。信じてくれ」
「王子、メリクールの兵士はすごいですよ。百人力ですから」俺も言った。
ディーさんが王子を抱え、俺たちは東宮、そして王都を飛んで離れた。
「朝になればさすがに気づくだろうなあ」
「王子を守れない国など、もう国ではない」
なんのことなく飛ぶ人たちに、王子はびっくりしていた。
「なんなんだ…これは、魔法なのか」
「アジトに行くと、もっと驚きますよ。とくに姉ちゃんが一番ヤバいかも」
馬に乗り、走った。中継地には一人で馬に乗る近衛兵もいるので、王子を任せた。
そして、俺たちは王子をさらったことになる。