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真っ赤なプライド


「今まで、申し訳なかった。私は皆のように酒が飲めず、運動も苦手で相撲をとっても無様に転がるだけ。だから、察されぬように遠ざかっていた。しかし、ここを統べるものとして感情の隔たりがあってはならぬと思い…ここですべて明かす。馬鹿にされたくなかっただけなのだ。すまなかった」

 夕食の後、突然アジトのみんなを集めたと思ったらアズーが深々と頭を下げだした。貴族の人は知ってたみたいなんだけど、商人さんたちはいきなり何を? という顔をしている。

 ヴィオラが手をあげた。「じゃあ、女性に話さなかったのも?」

「…女性が…苦手で…」

 真っ赤になる。するとアジトの人がどっと笑った。アズーは覚悟をして目を伏せるが、「じゃあ仕方ねえな」と言われて顔をあげた。

「俺らもあんたのこと何も知らんで自分たちのやり方通してただけだからな。シラけた坊ちゃんだなと思ってたけど、理由があるんなら無理強いはせんよ」

「ところで、酒はどんだけ弱いんだい」

 アズーは両手を組んだりほどいたりした。「その…一杯空けると足腰が立たなくて」

「なあんだ。舐めて真っ赤になる奴だっているんだよ。こっちも気を付けるから、もっと話に加わってくれよ」

「そんなに今酒があるわけでもないしなあ」

「ブドウ液でも飲めばいいさ。あんたと王子の話とか、すごく興味があるんだ。親父さんの思い出話もさ」

 年上の商人たちが、アズーの肩をたたきだした。自分の息子のように思えたのかもしれない。

「お互い見栄とかあるよなあ。すまんなあ、あんたの親父さんがいなくなって、あんたにいろいろ押し付けていたとこもあるよな」

「暴動のこともあったし、こっちも強くは言えなかったしな。頼り切っちゃったな」

 アズーは囲まれつつも、私を見た。

 そして、ゆるりと笑った。

 そうだね。あんたのプライド、大したことなかったんだよ。



 それからのアズーは食事をするにも仕事をするにもアジトのみんなと会話を欠かさず、時々ふざけたことを言って商人さんを笑わせたりもしていた。

 貴族の中でも「治水」や「地形管理」などを任されていた家なので、問われたことにテキパキ答える。

「あの町の温泉もここと同じ水質だから、水として使えるのだが…あなたがおっしゃる場所は硫黄泉。硫黄の濃度は少ないから農業には使えるが、生活に向いていない。観光地にするなら川の水を引く必要があり、商売としては痛し痒しだ」

「例えばビンニーのような雨季のある地方は稲作が可能だが、かといって決して土がいいと言えない。ノバフルームで割り切って稲作をし、輸入の商売をしてもいいし、長期になるが土壌を改良する方法もあるそうだ。それはダンがよく知っているらしい。ノバフルームもまだ開発に時間がかかるし、どちらも長い目が必要になる。ただ、作物の種類の豊富さから考えるに、メリクールは強い」

「えっ、王子のことか…二人で授業が面倒で抜け出したことが何度もあって…果物を取って食べたりしていたな」

 『息子』として見ていた商人さんたちは、親譲りの知識にビビり散らかしていた。

 ルーフスは黙ってそれを見ていた。

「なんだよ。ちゃんと喋れるじゃねえか。なのに、どうして…」

 私は彼を見上げたが、そのあとの言葉はなかった。



「アズー様、ほんとに変わりましたわよねえ。サギリのおかげもあると思うんですけど、貴族っていうか、ただの男の子って感じがしますわ」

「アズー、たぶんエルドリスと同じくらいだと思うんだけど…」

 私たちは夕食の用意をしていた。アイギスちゃんを加えて、皮むきとかしてる。

「あらそうでしたの。素直な感じがするから、なんとなく」

「ああー、根は素直だよね。ギャップあるよね」

 なんて話をしていたら、エルドリスが手を切ってしまっていた。アイギスちゃんがすぐ治したけど、何でも完璧な彼女が珍しい。

「こういうときもありますのよ? 私のこと、買いかぶりすぎですわ」

 彼女は笑った。

 そして皮むきした野菜をスープに放り込む。エルドリスの板で火を起こし、あとは煮込むだけだ。

「エルドリス、さま?」

 鍋を見つめる彼女に、アイギスちゃんが話しかける。

「え、ええ? アイギス、なあに」

「回す。かき回す」

「そ、そうですわね」

 どうしたんだろ。

 すると、台所にもアズーが入ってきた。「サギリ、ここにいたのか。ああ、もう夕食だな…みな、いつもありがとう」

 アジトの女性は話しかけられるだけでも珍しいのに感謝までされてしまって戸惑ってる。そりゃそうだよね…無視だったんだもんね。

 アズーは台所をじっと見た。「そういえばメリクールの男性は、炊事も手伝うのか…何故だ?」

 ごはんの鍋に向かっているダンとフラットさんを見て言う。

「あのねえ。これはメリクールでは当たり前なの。兵士も当番で食事作るらしいし、男性が料理人なのもザラなの。カーディナルは戒律があるんでしょ? 私にはそっちの方が不思議だよ」

「そうか…すまない、こちらの当たり前に慣れ切っていた」

「なんでそんな戒律があるんだろ。アズーはなんでか知ってる?」

「専門的なことはわからぬが…学生のころ学んだな。たしか男性が外の守りに専念し家族を守るためとか」

「それって、カーディナルがまだ定住してなかった頃の名残ですよね」ダンが鍋を火からおろした。「昔はそれで当然だったと思いますが、定住したとなれば生活と食い違ってくると思いますよ」

「なるほど、カーディナルも定住がなじんで百年は経つ。いつまでも戒律にこだわる必要もないということか」

「男の人がやっちゃいけないこと多いって聞くよ。変えていいんじゃないの?」

「私の一存ではなんとも。今はそれどころではないしな」首を傾ける。「しかしメリクールの男性を見ていると、そちらの方が融通が利いてよいと思うな」

「よし、言ったな!」

 私はアズーにおたまを渡した。「このナベなんだけど、底が焦げ付かないようときどきかき回してくれる?」

「サ、サギリ?」

「言葉だけじゃダメ。手伝ってもらった方が私たちはうれしいの!」

「わ、わかった。えーと…こうか?」

 本当にわかっていないな。鍋の上の方しか回してない。

 私はそのおたまをアズーの手ごと握る。

「鍋の底から腰の力を使ってえぐるべし!」

「あ、ああ…力をかなり使うのだな…というか、サギリ」

「ん?」

「…近い」

 あ、真っ赤だ。私もうっかりしてたわ。これ逆セクハラだ。

「そういえば私に用があったんだっけ?」

「そうだ。私もつい。…ちょっと、いいか?」



 アジトの外へ。温泉側ではなく、恐竜の骨の下だ。

「エルドリス殿も夕食の手伝いをしていたようだが、彼女に変わりはないか?」

「あ!」

 だから外に出たのか。

「そうなの。なんか上の空って感じなの。いつもは完璧美女なのに!」

「ダンもあえてサギリに伝えていないのかもしれないな。今日は三人で石油の実験をしていたのだが…どうも元気がなく」

 じゃあ、一日中あんな感じだったのか。

「ダンはグライン殿がまだ戻っていないからではと言っていたが…二人は恋仲だそうだな」

 ああっ!

 グラインさん、あれから帰ってきてない!

「え、ちょっと待って。あれから…何日経ったっけ? 連絡もない…?」

 指を折る間に、三日と答えが返ってきた。

 グレナデン国境の視察。グラインさんの馬なら一日で行けるって言ってた。往復なら二日。でもまるまる三日経ってる。

 そして今日も夕方。

「ちょ、ちょっと、アズー、だ、だ、大丈夫なの…?」

「サギリが慌ててどうする」

 そうだよね。一番心配でつらいのはエルドリスだ。

 アズーは地面を見た。「グレナデンまでの道はもともと厳しい。この辺りとは砂の質も違うのだ。嵐もひどく、身体を低くして収まるのを待つしかない時もある。しかしうちの商人も同行しているし食糧は十分持っていったはずだから一週間は大丈夫だと彼女に伝えてほしい」

「そっか…」

 本当は気が気じゃなくて伏せっててもいいくらいなのに、仕事をしてたのか。

 もしディーがそんなことになったら、私はみんなに当たり散らしてるかもしれない。

「ん? てかそれはエルドリス本人に言ってくれた方が」

「親友なのだろう? サギリが伝えた方がいいのではと思って…」

 彼は頭をくしゃっとした。また顔が赤い。

 私と二人っきりなのも勇気がいるんだろうに、エルドリスでは大変だもんなあ。

(私は美人じゃないから楽なんだろうな)

「あ、そうだ。このアジト、フツーの人には見つからないってチゼルさんが言ってたんだよ。でもアズーたちは本当にカンだけでここにたどり着けるの?」

 私は一面の砂漠を見渡す。はるか遠くに王都のシルエットが浮かんでいる。

「『カン』…か。一応それも使うが、太陽の位置が目安だな。時間が分かっていれば太陽の動きで方位も分かる」

「夜は?」

「星だな。夜の方が分かりやすい。動かぬ星があるからな」

 北極星みたいなのがあるのか。

「私、この前流星群を見たよ!」

「リューセーグン?」

「星が落ちてくの。たくさん」

「ああ、燃え尽き星のことか。あれは、私たちにとっては『永遠などない』という象徴だな」

 ん、もしかしてカーディナルでは不吉だったりする?

「空の星すら消える、だから命にも永遠はない。燃え尽き星が現れる夜は、家族で先祖を敬うことになっている」

 なるほど、お盆みたいになるのか。

「サギリの国は?」

「願い事が叶うって言われてるの」

「へえ…! それは、いいな」

 ぱっと顔が輝いた。

 あれからやけに表情が豊かになったよなあ。

 だんだん藍色になる空。アズーが見上げる。

「国によって考えが違い、人によって物の見方が違う。なんだろう、私は最近、楽しくて仕方がなくて」

「それはきっと、アズーがみんなに心を開いたからだね。いろんな人と話すと、知ることも増えるんだよ」

「私は…何におびえていたんだろうな…」

 アジトからご飯の匂いが流れてくる。

「そろそろ支度に戻らないとまずいかな」

 私は入口へ向かおうとしたが、砂の中の何かにつまずく。

 うごっ?!

「サギリ!」

 倒れそうになる私を、アズーが抱えた。

 両腕だった。

「今のは化石の一部だろう。あちこちに埋もれているのだ」

 心臓の音、めちゃくちゃ聞こえる。

「大丈夫、アズー?!」

 私はあわてて離れた。「私なんか助けちゃって、死なない?」

「死ぬか! いくら女性が苦手だと言っても…それに」

 彼は手で顔を隠した。「それに、サギリは」

「え?」

「な、なんでもない、なんでもないぞ!」

「いや…アズー…手がすっごい汗」

 私は指さした。アズーの右手から水滴…いや、だんだんとだばだば水が…ってこれ、汗じゃない!

「アズー、これ『力』だよ! あんたの力は、水を出す力だ!」

 砂が水を吸いきれなくて水たまりを作り出した。アズーは井戸みたいになってる自分の手にびっくりしている。

「なんだこの水量は! どうやって止めればいいんだ!」

「わ、わかんない! でも、落ち着けばいいんじゃないかな」

「やってみる」彼は目を閉じた。左手で胸をおさえ、深呼吸をする。

 水が渦を巻いて、彼の手におさまった。二人でほっとする。

「外でよかったよ。カーディナルの人には私の力のことほとんど秘密だから、アズーもこの力をアジトで出さないでね」

「わかった。が…この力は強いな。思い通りに扱うのは時間がかかりそうだ」

 ダウジングで井戸を探し当てたってダンが言ってたっけ。もともと魔力があるんじゃないかって話だったけどそれが強まった感じかな。

 この国だと、すごい力では?

 蹄の音がする。ディーを先頭に近衛隊が戻ってきた。王都の見張りをしていたんだと思う。

 私は大きく手を振った。「みんな、おかえりー!」

 馬をつなぐディーに近づいたんだけど、ディーは小声でただいまと言っただけ。難しい顔をしてアジトに入ってしまった。

──アレ?

「ねえ、ディーになんかあった?」

 ペティちゃんに尋ねたが、首を振った。「いいえ? 王都も普通でしたし」

 あれれ?


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