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怒り

「そ、そんな…!」

 私は膝立ちのまま、声を震わせた。

 長髪であることを掟としているこの国。髪を失うと「僧侶」になるしかないという。

 国王に掛け合ったり魔法使いを連れてきたりとかなりえらいと思われる近衛隊隊長の「人生」は終わったも同然だ。

 私が真夜中に外へ出たせいで。

 私が、化け物に襲われたせいで。

 私を、かばった、ばかりに。

「ごめんなさい…ごめんなさいっ…!」

 床にぼつぼつと涙が落ちた。泣きたいのは私じゃないのに。

 悔しい。泣くのをやめられない。

「泣くな。兵士の役目は、国民を守ることだ」

 兜を脱ぐ。彼の眉は下がっていた。あきらめの表情だ。

「私たちは国民にしてもらったばかりで。しかもそれは、あなたのおかげで」

 小手も外し、その手が私の頭を包んだ。

「いい。俺は妾腹だ。この身分でここまでやれた。今までができすぎていたのだ」

 いわゆるおめかけさんの子、そういう意味らしい。あとでダンに教えてもらった。

「腕はとりあえず消毒して包帯を巻きましたから」

「ありがとう、ダン。ついでで申し訳ないが、朝が来るまでここにいさせてもらえまいか。兵士でない俺は、もう戦うこともできない。外へは出られん」

 身を起こして私たちの前で正座をする。胸のあたりでバラバラになってしまった彼の黒髪。

「それはもちろん…なんなら上で寝ていただいても」

「いや、ここで。場所があるだけで構わない」

 あきらめの寂しさから、表情が変わった。ひきしまっているが、全てを吹っ切ろう、捨てようとしている顔だった。

 悲しい。

 悲しいけど、なんかモヤモヤする。

 私は、そっと尋ねた。

「あの、こうして兵士をリタイア…辞めてしまう人は他にもいたんですか?」

「ああ。俺の上司も何人か寺院で暮らしている。みな、立派な方々だった」

「強い人ばっかりだったんでしょう?」

「そうだな」目を伏せた。「しかし俺のように油断をして髪を失っている。仕方があるまい」

「油断なんて! 私…わたしが…」


 そうだ。

 よく考えろ。私はなんで、外に出たの?


 ぐっと両こぶしを握り、記憶をたどった。寝る前、私は何をしてた?

「…お菓子…あの、魔術師長がくれたやつ…」

「あれか!」ダンは素早く2階へ上がり、皮の袋を持って戻ってきた。

「姉ちゃん、寝る前にこれ食べてたんです。俺はその時もう歯を磨いてたから」

「これは」ディーズさんは一つ菓子をつまみ匂いを嗅いだ。そして、袋ごと床に投げつける。

「べヴェルめ!」

 床をたたく。こぶしの形がつくほどに。

「呪いがかかっている。これでサギリを操ったのだろう。どちらでも、どちらとも、あいつは殺すつもりだったのだ」

 血管が浮き出るほどの怒りだった。それはやがて悔しさへと変わっていく。

 彼の口から、声が絞り出された。

「俺が…兵士のままであったなら、べヴェルなど叩き斬ってしまえるのに…」

 彼は震えていた。もう一度こぶしをたたきつけようとして、腕を振り上げ、しかし力なく下ろした。

「もう、俺には何もできない」

 彼の怒りとやるせなさが、肩の震えで伝わってきた。


 でも。


 おかしい、変だ。

 申し訳なくて泣いていた私に、別の感情が芽生えていた。

 狙われたのは私たちじゃない気がする。

 だって私たちは異世界から来ただけで魔力も何も持ってないし、あの師長にとって生きようが死のうが関係ないはずだ。

 あいつの狙いは、この人だ。

 私たちを使って、失脚させたんだ。

 この人が、私たちに気をつかってくれたばかりに、

 強くて優しい人なのに…!!

 

 あたしは、立ち上がった。

「ダン、隊長さんのヨロイ全部脱がして。私もやるから」

「え?」

「サギリ…?! うっ、何をする」

 ヨロイってどうやってはずすんだろう。とりあえずつなぎ目を探していたらくすぐってしまったらしい。

「この鎧の下は、普通に服ですよね?いきなりパンツだったりしませんね?」

「もちろんだが…なんなんだ? 俺はここで寝るから、このままで構わん」

 私は、隊長の顔を見た。まっすぐ見た。


「今から、あなたの頭を洗います。そして、髪を切ります」


「なんだって?」

 体がこわばるのでしがみついた。「ダン!早く手伝って!」

「そうか。姉ちゃんようやく仕事できるな!よっしゃ!」

 いくら屈強な兵士でも二人がかりで押さえつけられたらたまらない。肩、胴、腰、脚…ありとあらゆる場所の防具をぽいぽい外す。

「これ以上髪を切る?!何を考えているんだ!」

 ディーズさんの顔が真っ青。少々おもしろい。

 私は鼻息を荒くした。「どうせお坊さんになるなら頭をどうしたっていいじゃないですか! めっちゃくちゃカッコよくしてあげます! そんで、寺院に入る前にあいつ殴ればいいんですよ」

「そんなことをしたら俺は罪に」

「なんでお坊さんだと殴っちゃダメなの? その差は? 髪の毛だけでしょ? そんなのおかしい。この国の人、みんなおかしい! 

 …私は、元いた世界で美容師だったんです。髪を切ったり染めたり、ヘアスタイルを変えて喜んでもらうのが仕事なんです。そういう楽しさ、喜びがないこの国はおかしい。

 そしてあなたが兵士をやめなきゃいけないこの国はおかしいよ!」

 私は彼の肩を持ち上げる。ダンももう一方を持ち上げ、そのままズルズル引っ張ってシャンプー台に座らせた。首にタオルとシャンプー用のケープを巻く。

「あきらめないでほしいんです」

 この世界で初めて動かすシャンプー台の椅子。ゆっくり倒れる様子に彼はおののいている。

「俺は…っ?!」

 タオルを顔にかぶせられ、言葉が途絶えた。

「俺は…俺も…」

 レバーをひねってお湯の温度を確かめる。ぬるめのほうが驚かないだろう。黒髪を濡らしていく。

「湯で頭を洗うなど、何年振りだろうか…」

 そういう文化なのか…大変だな。

 前々からきっちりひっつめているなと思っていたが、びんつけ油のようなものを使っているようだ。これは何回か洗わないと落ちないかも。

「ダン、シャンプーの替え用意して。あと、スタイリングチェアの準備」

 とりあえずシャンプーをいつもの二倍出して全体になじませたんだけど、泡立たない。軽くなじませて一回流す。

 今度はいつもの量を出した。少し泡立つようになったぞ。

「う…なんだこれは」

「気持ちいいんでしょ」

「いや、その…お前の指が細いなと。それから…その」

 あっ。やべ。つい久しぶりだし、手ごわいシャンプーだから思わず身を乗り出してた。

 私のささやかーな胸が乗ってしまったらしい。

「ご、ごめん! 普通はこんなこと、ないから! ところで髪に何の油をつけてるの?」 

「たしか、菜種の油が原料だったと」

「他にもロウとかいろいろ入ってるんでしょうね。ああ、手ごわい」

 しゃべることでほてる顔をごまかす。向こうには見えないけど。

 3回ほど洗って、ようやく「普通の」シャンプーができそうだ。

 さあ、やるぞ。


ちょっとずつ投稿していきます。

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