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リーダーの器


 温泉につかって今日一日の汚れと疲れを落とす。

 私とアイギスちゃんがアジトに戻ると、すでに入浴を済ませていたアズーとダンが近衛の人たちと話をしていた。

「そうですね。アズー殿の背丈ならチゼルの物が合うかと」

「着替えならいくらでも持ってきてますから、お使いください」

「助かる。ありがとう!」

 彼が笑ったので、ディーたちはなんとなく戸惑っている。一日見ない間に態度変わってるもんね。そうだよね。

 そしてアズーはさっさと着替えてきた。

「すごいな、体に張り付く感じ。それでいて嫌な感じがしない」

 スラリとした姿になっている。私は近づいた。

「それね、特に上着なんだけど石でできてるんだよ。信じられないよね」

 服をつまむ貴族さま。「石油だったり石だったり。信じられぬことばかりだ」

「アズー様、お似合いですよ」

「ダン、ありがとう。お世辞でもうれしい」

「そうだね。細っこいけどいいんじゃない?」

「そ、そうか」

 彼は私から目をそらし、頭をかく。

 ほう。いけるな。私はフヒヒと笑った。

「ねえアズー。その恰好だと…髪型が野暮ったいんだよね。私…いじっていい?」

「…え?」

 アズーはぽかんとし、ダンもフヒヒと笑っている。

「ずーっと、そのパッツンが気になってたの。今なら髪濡れてるし、ちょうどいいんだけどね…あとね」

 私は耳打ちした。「賭けてみる?」



「まだカーディナルの人には内緒だし、みんなの髪は切ってるけど力は使ってないの。アスワドさんは何回か私の店に来てるから、なんとなく気づいてるんだけどね」

 貴族の部屋にダンと入った。新聞紙を敷いて椅子に座らせ、銀のクロスをかける。ダンがデスクに鏡を置いた。

 照明が弱いけど、それに長いハサミを輝かせる。

「お前がここにいるのは、その力のせいだったのか。メリクールの国教が変わったと聞いて奇妙だとは思っていたが」

「近衛の人は20人くらい切ってるかな。王様も王子も切ったよ。ただ…ペティちゃんやアイギスちゃんはその力がわかるまで時間かかったし、馬には翼が生えるしでいろいろだから、それは覚悟してね」

「わ…わかった。任せる」

 アズーの髪は長さ的にはショートだが、すべてがパッツンだ。前髪もサイドも後ろも。わりとイケメンなのに、もったいなかったんだよね。

「カーディナルの職人さんってまっすぐにしか切らないんだってね」

「むしろお前が不思議だ。わざと不揃いにしてもボサボサしていない」

 ブロッキングする。さてどうするかな。前髪が思ったより短いんだよね。そっちに合わせるしかない。

 私はハサミを両手で握って祈った。彼なら、力を使いこなせるだろう。戦う力はないから、クリスみたいな力がつくといいんだけど。


 後ろは刈り上げず普通の短さに整える。毛流れはまっすぐだし襟足にクセはない。後で伸びてくるんとすることはないだろう。ディーがそれなんだよね。

 でもサイドは耳をちゃんと出し量を減らしていく。

「仕事が早いな」

「私たちは数をこなしてナンボだからね。もたもたしてたら儲からないの」

「そして、美しい…手だな」

「そっかな。荒れまくってるけど」

 指が触れるから少々赤くなってるらしい。すまんな。

 両サイドを切り終えてトップへ。パッツンの前髪に、ハサミを入れていく。周りとなじむようにするには結構手間だ。

 アズーはここでびっくりしていた。前髪が変わると、顔が変わるからね。

 そんなに短くしなくていいと思ってる。貴族さまだし。でも好感度は上げたいよね。

「どうかな?」

 クロスを外し、バックミラーを広げて後ろを見せる。

「これが…お前の仕事か」

 あちこちを見るアズー。きちんとしたショートレイヤーだ。前髪はざっくりさせて、分け目をなくしている。ワックスで毛先をラフにしているけど、まあ就活受かるよねって感じ。

「前髪を上げてもいい感じになるよ。今回はもともとの前髪が短かったから合わせて全体的に短くしてるけど、アズーはもう少し長くても似合いそう」

「服といい、メリクール人になったみたいだ」

「アズー様、すっげえ男前になってますよ」

 ダンが言うと、そうか?と何度も前髪をいじる。

「…ところで力は」

「あせらない! マジでわからなくて悩むことあるから」

「神のみぞ知るというわけか…それでも、心が軽くなった気がする。感謝する」

 あ、笑った。よく見ると「わりとイケメン」じゃなくて「フツーにイケメン」だな、こいつ。

 私は床を片付け、アズーはダンと部屋を出た。外がさわがしくなる。

「どうしたんですかアズー様! まるで別人だ」

「メリクールの兵士みたいですね」

 私が部屋を出ると、貴族も商人も彼を取り囲んでいる。

「え~。いいじゃん! 見違えたよアズー様」

 ヴィオラもアズーに近づいた。アズーはぐいぐい来るのにひるんでいたが、

「…ヴィオラ、今まで馬鹿にして済まなかったな。私たちによく尽くしてくれた。感謝している」

 お、言えたぞ。

「はあ? 何言ってんの? なんか変なもん食べたの? まあいっか、仲良くしよーよ」

 ドーン、とヴィオラが押して、コケそうになっている。

 私のもとに、アスワドさんがやってきた。「やるじゃねえか」

「なんか…仲良くなっちゃった」

「あの方は突然リーダーになり、必死に虚勢をはっていたからな。ようやくリーダーの器になれたのかもしれねえ」

 アズーに呼ばれ、アスワドさんが離れた。

「王子に会いたい。月が欠けてきたら夜に連れて行ってくれるか。今日サギリたちに不思議な板をもらい、早く動けるようになった。手間はかけさせないつもりだ。そしてディーズ殿にもついていただきたい」

 ディーがこちらを見た。私が手をひらひらさせると、視線を戻した。「わかりました。私も王子にお会いしたい」

「ダンもついてきてくれ」

「そうですね。わかりました」

 アジトの空気が変わっていくのがわかる。ツンケンしたリーダーが突然姿を変えてにこやかになってるんだもの。

 ただ、超不機嫌な空気をまとっている人がいる。

「なんだよそれ、アズー、何カッコつけてんだよ! メリクールの服とか、ズルいぞ!」

 ルーフスがズンズン歩いてきた。アズーは困ったように自分の服に触れる。

「いや…ルーフス。カーディナルの服では動きが不自由ゆえ、貸してもらっただけだ。お前はそのままで動けるし、必要ないと思うんだが」

「はあ?! なんだよそのいい感じの態度! ケンカできねえだろうが!」

 調子を狂わされているみたい。

「あのなあルーフス。おめーはでけーしメリクールの服着たら破けちまうべーよ」

 アスワドさんが彼の肩をたたいた。たしかにそうだな。

 で、実を言うと…もう一人こっそり不機嫌オーラ出している人がいるんだよね。

 私の彼氏である、ディーなんだけど。なんでだろ。

 

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