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越える


「うわあああ~!」

 ジャンプしただけで10メートルは浮いた。砂漠とちょっとした草原と、そして王都が見える。

 で、でもどうしよう。このまま落ちたらケガする。

「サギリ落ち着いて。その板なら正しい位置に向ければ着地できるはずですわ」

 そっか。私は靴の裏を地面と平行にする。裏にエルドリスの板がついているのだ。

 ゆっくり落ちて、ふわっと着地する。

 このクセをつけないと大惨事だ。

「板には少しだけ、ほんの少しの風の力を入れたのですが、人の力と合わさると偉いことになりますわね…」

「今思いっきり跳んであれだけ浮いたから、ちょっと跳んだだけでも2~3メートルは」

 飛んだ。着地するまでに時間がなく、何もできなくてコケた。

「サギリ、だいじょうぶ」

 アイギスちゃんが傷を治してくれる。しかしこの高さでも頭からいったら死ぬな。死んだら治療なんかできない。

「コツだなあ。とにかく、足の裏を常にたいらにしないと」

「もし着地がまずくなったらどこかでもう一度跳んでしまうのもアリかもですわね」

「なるほど」

 さっきみたいに高く飛ぶ必要はない。必要なのはディーたちの身体能力に追いつくことだ。それだけ。

 だから、低いジャンプを繰り返してちゃんと着地する練習を繰り返す。

 ジャンプを繰り返しながら走ってみると結構早い。

 で、何回かに一回、こける。

「板に少し丸みをつけると取り回しがきくかもしれないな」ダンが言う。

「ダンもつけた方がいいんじゃなくて?」

「そうだよなあ」

「私もやりたい」

 ダンとアイギスちゃんが飛び始めた。ダンはともかく治療役がヘタこいたら困るなと思ったら、私より使いこなしている。

「私、足に土踏まずがない」

 なるほど、それは逆に利点になってるな。

「何をしているんだ」

 アズー様がアジトから出てきた。今日は部屋にこもっていたらしい。

「遊んでいるなら、仕事をしろ!」

「遊んでないし。それに、洗濯は」

 私は浮きながら指をさした。大きな樽がざばざば音を立てている。

 洗濯板ゴシゴシがしんどいので、洗濯機もどきを作ったのだ。使っていない樽に下だけ穴をあけて栓をし、エルドリスの板を入れて洗濯物を突っ込んで。板には水の魔法が入っていて、ぐるぐる回っている。

 もちろん、細かくした石鹸が入っている。

 10分回るようにしてあるから、止まったら水を抜いて、また回せばいい。脱水は無理だけど、絞ればいいし。

「あれで洗ってるから大丈夫だよ」

「…じゃあ女どもは楽をしているのか」

 楽したっていいじゃん。

「仕事がはかどってるから、今日の夕食は豪華になるよ」

 ヴィオラたちは今まで夕食の仕込みを午前中にできなかった。だからもっとおいしいものが作れるって言ってたよ。

 偉いよね。私なら絶対ゴロゴロする。

「ふうん…」

「あ、ごめん、トイレに来たんだよね。私がジャンプしてたら困るよね」

 トイレには、屋根がない。

「う、うるさいな!」

 真っ赤になるぱっつん。バタンとトイレのドアを閉めた。


 川で手を洗ったアズー様は私に近づいた。「一体なぜ、そのように飛べるのだ」

「魔法の板を足の裏に取り付けてるの。私、ブルトカールの処刑阻止についてったんだけど、逃げるときに盛大に転んじゃってさ。つまり、足手まといだったわけよ。私は戦う力ないしどうしたらいいのかなって考えてたの」

「足手まとい…か」

 やっぱり彼も気にしているんだな。

「王都の塀を超え、走ることができるなら、兵士の目を盗んで王子のもとへ行けるのにと思っている…しかし、当の私に何の力もないからな」

「じゃあ、アズー様もこれやろうよ。アスワドさんに引っ張ってもらえば、なんとかなりそうじゃん!」

「ううむ…」

「俺も、やってます。姉の提案、いいんじゃないですか?」

 私が差し出した板に手を出し、一度指をわきわきさせたが、うなって、掴んだ。

「…やってみる」

 サンダルに取り付けたが、どうもこの人相当に運動神経がないみたい。立った途端に身体が一回転して転んだ。

 あかん、笑ってはならない。こういうのを笑ったら、心が折れる。

「私もコケたから!」

「アズー様、俺も!」

「くっ…確かに手ごたえはある。ま、まず立ってから…」

 小鹿のようにプルプルと立ち上がる。

「足は平らに。もしかして、歩くとき足の裏を斜めにするクセがあるんじゃない?」

「そうだな。内側ばかり底が減る」

 ゆっくり歩く。それでも早歩き程度にはなるので彼は顔を輝かせた。

(あ、ディーがホットケーキ食べたときと似てるな)

「す、すごいな…ああっ」

 でもやはりすぐ転ぶ。

「大丈夫? アイギスちゃんがいるから傷は治せるけど、慎重に」

 私も偉そうなことは言えないが。

「わかった。私は身体を動かすのが不得手でな…しかし今回はそうも言ってられぬ」

 何度も何度も転んで、貴族さまは砂と草まみれになる。

 私もできるだけ身体を動かし、何が動きにまずいかを確認していく。

 ダンはエルドリスと板について話し合い、アイギスちゃんは治療に備えるため果物を食べだした。

「おーい、お昼だよ。ええ?アズー様?!」

 ヴィオラが呼びに来た頃、私とアズー様はぐしゃぐしゃボロボロになっていた。中に入れなくなったので、お昼をこっちによこしてもらった。

「この服は動きづらいな。メリクールのズボンを一つ貰いたい」

 二人で地面に座ってごはんを食べる。

「そうだよね、その服ほぼワンピースだもんね。城に行くならアーマーもつけた方がいいよ」

「本当に…自分のふがいなさを思い知る」

「なんだよ、素直じゃーん」

 私が笑うと、目をそらした。「お前のそういうところが気に入らない」

 よほどお腹が減ったのだろう、がつがつ食べている。

「お前は頭が悪そうなのに、周りに人がいる。ルーフスもそうだ。笑っているだけで人が寄る。私の周りに人がいるのは、私が単に貴族であり王族とのつながりがあるからだ」

「だってさ、あんたは人の事をバカにするじゃん。私だってむかついてるんだよ」

「…女は…苦手だ」

「そーやって理由をつけて人を避ければ、人が近づかなくなるのも当たり前だよ。そりゃあ私にだって好き嫌いはあるよ。でもさ、私はバカだけどさ、ヴィオラはよく働いてるじゃん。彼女は評価しなよ。それだけで周りも変わるんだよ。ルーフスだって、情に厚くていい奴だよ」

「そうなんだろうが…私は酒が弱い上、見た通りの運動音痴だ。相撲をする彼らの中に入る自信がなかった」

 たしかにルーフス達は体育会系って感じがする。身体でぶつかって、酒で語り合う。それがダメだと、やりにくい部分はあるかもしれない。

「なるほどね~。うちのダンもアズー様みたいなもんだよ。でも仲良くやってるよ?」

 あ、頬に草が。ご飯に落ちそう。私はそれをとろうとした。

 アズー様は途端に真っ赤になり、手をはらう。

「こ、こういうとこなんだ! 女は…。女はそうやってすぐ近づく!」

 耳まで真っ赤だ。なんだ、免疫がないのを隠していただけか。

 なーんだあ。

「あのさ、アズー様って25くらいでしょ? それ、まずいよ」

 うなだれている。

「まあ私のディーも似たようなもんだったらしいけど」

「あの方が?」

「うん。女性が苦手で、私が初カノなんだって。あの人王子じゃん。だからイロイロあったみたいだけど、アズー様も女性が変にくっついてきてやになった系?」

 うなずいた。

「それなら苦手でも仕方ないよね。でもさ、アジトにいる人は違うじゃん。あんたはここの人をまとめなきゃいけないんだよ? 酒もすもうも女性も苦手、それなら嫌味なこと言ってないで正直に苦手だと言えばいいんだよ! あんたが悪いのは、全部隠してるとこだ!」

 びしっと指をさした。

 私は単に、こう言わせたいだけだ。「サギリ様、バカにしてごめんなさい」と。

 ムカついてたからね、マジで。

 アズー様は食べ終わったお皿を持って川に行き、洗った。

 戻ってきて、しばらく黙って、そして重そうな口を開いた。

「…父が処刑され、自動的にリーダーになってしまった。力もないのにここをまとめることになってしまって…もちろん父の遺志を継ぐつもりだが、本当はとても荷が重い。本来は土地勘があり頭の回転が速いアスワドや、大商人の息子であるルーフスの方が向いているはずなのだ。私は、貴族というだけで」

「でもあんた、ダンにはるばる会いに来たし、ちゃんと難民逃がしてるし、お父さんを殺されてるのに兵士を殺さないように徹底してる。しっかりしてんじゃん。王子に会えるカードを持ってるのもあんただけだよ」

 それは悔しいけどわかってる。こいつ、行動力はあるんだよ。

 アズー様は私を見て、上半身をかがめる。

「…お前に言われるとはな」

 よし。

「ねえ、アズー。私にいうことあるんじゃない?」

 私は『様』をあえて取り除いた。

「く…」

「ほらほら。今なら許してあげる」

 私は顎を上げた。アズーは顔を汗まみれにしている。

「す、すまなかった。今までの無礼、許してくれ」

 頭を下げた。よーし。よしよし。

「許す! そんで私も、忘れる!」

「え…?」

「私は謝らせたかっただけだもん。仲良くしよ?」

 私もお皿を洗った。「じゃあ、午後もやるか!」



 エルドリスが少し改良した板を持ってきて、使い勝手はすこぶるよくなった。アズーもばしばし走れるようになり、ダンとアイギスちゃん含めて鬼ごっこをする。

「捕らえたぞ!」

「うわやっべ、アズー様後ろにいたのかよ」

「つぎは、ダンが鬼」

 キャー、と声をあげる。ただの鬼ごっこなのに、装備がアレだから早い早い。草原に隠れたり、そこから突然飛び上がったり、いろんな技が駆使できる。

 なにより、板が体に慣れていく。

 日が暮れてきた。

「訓練は終わりかなあ。ねえ、この川、渡れそうじゃない?」

 私たちが洗い物とトイレに使ってる川。幅は10メートルくらいかな。

「助走をつければ飛べるのだろうか?」

 すっかり砂まみれで貴族もへったくれもないアズー。

「じゃあ4人でいっせーのーせ!」

 川の上をふわりと飛ぶ。

 時間が、止まったような気がした。

 向こう岸に着地すると、みんな転がってはしゃいだ。

「飛んだ飛んだ!」

「俺ら超人じゃん」

「たのしい」

「ハハハ。なんて力だ!」

 笑い声が響いた。この人が笑うなんて。

「楽しかった…こんなに遊んだのはいつぶりだろう…」

 私たちはお互いに顔を見合わせた。

(もしかして、いける…かも?)


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